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第245話 リピーティング・クロスボウ

 ――王都からグリーンホロウに戻ってしばらくの間、俺達はさしたるトラブルもなく普段どおりの日常を過ごすことができた。


 トラヴィスとセオドアによる深層領域探索計画は、地下に潜む脅威が想定以上だったことを踏まえて練り直しとなり、まだ再開の連絡は届いていない。


 一方、俺の本業である武器屋稼業は順調そのものだ。


 状況に大きな変化はないものの、大した問題も起こっておらず、まさに経営が安定した状態だと言えるだろう。


 そんな少しばかり弛緩した空気感の中で普段どおりに仕事をしていると、アレクシアが大きめの包みを抱えて楽しげに話しかけてきた。


「ルーク君、お待たせしました。ご注文の品が仕上がりましたよ」

「もしかして前に頼んでた武器か? 随分早いじゃないか」

「はい。と言っても、問題があってお蔵入りになってたものを、いい機会だと思ってノワールの協力を得て作り直しただけなんですけど」


 アレクシアは包みを解いて一台のクロスボウをカウンターに置いた。


 見た目は普通のクロスボウと変わらない……ように見えたが、本体の上に長方形のケースのようなものが追加されている。


「リピーティング・クロスボウ。いわゆる連射式ですね。本来はノータイムで連射できるわけじゃなくって、一発ごとにコッキングレバーを引く必要があったんですけど、そこを魔道具の導入で自動化したんです」

「凄いじゃないか。どうしてお蔵入りになったりしたんだ」

「実はですね、内部機構がめちゃくちゃぶっ壊れやすいんですよね、これ。それはもう笑うしかないくらいに」


 素直な称賛を送った直後に、それはもういい笑顔で感心を台無しにされてしまう。


「普通のリピーティング・クロスボウの時点で壊れやすくて整備性も良くなかったのに、自動化の影響で更に酷いことになりまして。これはもう使い物にならないなと」

「何でそんなものを今更……ああ、なるほど。()()()()()()()()()()からか」


 納得したと返事をすると、アレクシアは我が意を得たりとばかりに満面の笑みで頷いた。


「他の人達の【修復】でも対応できないかと試してはみたんですが、練度不足と機構の複雑さが相まって、自動装填機能に問題が生じるくらいの歪みが生じてしまうんです。でもルーク君の規格外の【修復】ならきっと問題ないでしょう」


 ……これは信頼されていると思うべきなのだろうか。

 それとも欠陥への対処を丸投げされていると考えるべきなのだろうか。


 多分アレクシアのことだから、本音は純粋に前者だが無自覚に後者の打算も混ざっているといったところかもしれない。


「リピーティング・クロスボウね……確かにこれなら腕力に関係なく戦えそうだな」


 クロスボウを手に取って色々な角度から眺め、同時に【解析】も発動させて内部機構を確かめる。


「うわっ、本当に複雑だな。しかも中の部品が凄く薄いんじゃないか。そりゃ連射してるうちに壊れもするだろ」

「仕方ないんですよ。部品強度を高めようと思ったら大型化待ったなしで、重量もかなりのものになってしまったんです」


 アレクシアは額に手を当ててオーバーな仕草で首を横に振った。


「正確には順番が逆で、大きくて重たいのが最初に作ったバージョンワン、今ルーク君が持っているのが強度を犠牲に小型軽量化を施したバージョンツーです。最終的にどちらもボツになりましたけど、ルーク君に使っていただくならやはりこちらかなと」


 なるほど、間違いなく正しい判断である。


 俺の筋力は見た目の通りで、瞬間的恒常的を問わずスキルによる底上げが一切ない。


 筋力が装填速度を決定する手動装填よりも自動装填が向き、大型で重量が(かさ)むよりも故障率を【修復】で補える小型軽量の方が向いている。


「とはいえ、故障しやすさ以外にも欠点がないわけではないんです。自動装填機構の限界による張力低下……まぁ、端的に言って物理的な威力は低いですね」

「お前の大型弩弓(スコーピオン)もレバーで自動装填してるけど、かなり威力が高くないか?」

「あれは大型化で威力を増大させて、持ち運びは【重量軽減】で対処してるだけですよ。大きさが同じなら、一発ずつ力尽くで(つる)を引くスタイルの方が強力です。引ければですけど」


 アレクシアの話は専門的だが割と分かりやすい。


 機巧という、専門家以外は基本的な原理すら理解できない最新技術を扱っているにもかかわらず――あるいは、だからこそ一般人に分かりやすく解説するテクニックが身についたのだろうか。


 子供の頃に実家の村役場が、当時まだ希少だった機巧式時計を仕入れたときは、あれがどんな仕組みで動いているのか全く見当も付かず、壊してしまいやしないかと近付くのすら怖かった。


 十五年振りに故郷へ帰ったばかりだからか、不意にそんな記憶が蘇ってくる。


「威力の底上げには呪装弾を使いましょう。カートリッジ一つに六本まで入るので、普通の矢弾と風属性の加速弾と、後は火属性の爆発弾のカートリッジを一つずつ……っと、この辺はルーク君の判断にお任せした方がいいですね」


 アレクシアは三種類の長方形のカートリッジをテーブルに並べてから、追加で別のカートリッジを一つ置いた。


「ついでにこちら、ノワール発案の新型呪装弾です」


 我が事のように微笑みながら、アレクシアはカートリッジから新型呪装弾だという矢弾を一本抜き取ってみせた。


 それは矢の先端部分に(やじり)が付いておらず、代わりに親指ほどの長さと太さの紙の包みが取り付けられていた。


「従来の呪装弾は、クロスボウの矢に呪符を組み合わせたものです。単に巻き付けただけのタイプと、ルーク君の【融合】で簡単に外れないようにしたタイプがありますけど、性能自体は変わってませんでした」

「それとは……見た目からしてぜんぜん違うな。元々の『矢』としての機能を切り捨てて、対象に突き刺すんじゃなくて『命中時に魔法効果を叩き込む』ことに特化している……のか?」

「大正解っ!」


 アレクシアがびしっと俺の胸元を指差す。


「いわゆる発想の転換ですね。矢弾の威力を呪符で嵩上げするんじゃなくて、呪符十枚分の破壊力を矢で遠くまで投射するんだと考えた再設計です。武器の専門家じゃないノワールならではの発想でしょうか」


 説明を聞いているうちに、こいつは使い出がありそうだという確信が少しずつ高まっていく。


 ささやかな後方支援程度でも構わない――ガーネットが戦っている間、傷を癒やすとき以外に守られる一方ではいたくない――そんな悪あがきのような願いを実現する力になってくれる予感がした。


「サイズが増したせいでカートリッジに三本しか入らないんですが、性能を考えれば十分でしょう。それとですね……この子の副産物として新武器のアイディアがいくつか浮かんだので……予算、いただけませんか!」


 アレクシアは口の端を上げながら、書類の束を俺の手元にずいっと押し付けてきた。


 ひょっとしてこいつ、さっきからずっとにこやかだったのは、この予算要求をするタイミングを今か今かと待ち構えていたからだったのか。


「……しょうがないな。新製品開発ってことでいくらか出してみるか」

「やった!」


 腕にぐっと力を込めて喜びを露わにするアレクシア。


 まさかこの俺が予算だの何だのを配分する立場になるなんて、少し前は想像もできなかった。


 これも武器屋らしい仕事の楽しみの一つというのだろうか。

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