第240話 恋する乙女と大人の責任
トラヴィスとの対面を終えてすぐに、俺は支部内で待たせていたガーネットとレイラのところに戻った。
場所は裏庭。周囲に人の姿が見当たらないのは確認済み。
目的はもちろん、トラヴィスから預かった伝言をレイラに伝えることだ。
過去の経験から若い女に接するのが恐ろしくなっていること。
いずれ改善したいと考えてはいるが、見ず知らずの少女をそのために利用したくはないと思っていること。
だからレイラから想われても応えられないということ――トラヴィスには荷が勝ちすぎるのだと、全てを正直に語って聞かせる。
きっと悲しむのだろうと思っていたのだが、意外にもレイラの反応は穏やかで、むしろ喜ばしい知らせを聞いたときのようなものであった。
「力強いだけでなく心優しい方でもいらっしゃるのですね……顔も名前も知らないような女を気遣ってくださるなんて……」
「何でオメーは『惚れ直しました』みてぇな反応してやがんだよ。こういうのってフラれたとかいう状況じゃねぇのか?」
「いいえ! そんなことはありません!」
訝しげなガーネットに対して、レイラは強い否定の言葉を返した。
「トラヴィス様のお考えは理解いたしました。無理を申し上げるわけにはいきませんが、しかし諦めるには早すぎると思っています」
「はぁ? どう考えても取り付く島もないって奴だろ」
「あの方は見ず知らずの相手に負担を掛けられないとおっしゃっているのですから、少しずつ信頼を勝ち得ていけばいいのです」
確かに理屈の上ではそうかもしれない。
あいつが嫌がっているのは、自分が引きずっている過去の精算に見知らぬ少女を巻き込んでしまうことだ。
これまで若い女との接触を避けてきたために、巻き込んでもいいと思える相手がいなかったから解決が望めなかっただけで、もしも親しい異性がいれば状況は全く違っていただろう。
……まぁ、トラヴィスが自力でそんな相手を作れるわけがないので、レイラのように自分から近付いてくれる奇特な奴が必要不可欠だったのだろうけど。
「ルーク様! お願いがあります!」
レイラは唖然とするガーネットから俺の方に矛先を変えた。
「もしもトラヴィス様から探索の協力要請があったなら、私もその一員として参加させていただきたいのです!」
「探索に? それはつまり、冒険者になるってことか?」
「いえ、冒険者登録はおそらく一族の許可を得られないでしょう。なのでノワール殿と同じように、ホワイトウルフ商店の一員として参加させていただけませんか」
レイラの実家であるハインドマン家は、国王陛下の近衛兵たる竜王騎士団を構成する一族の一つだ。
彼女も末席とはいえ一族の人間であるため、行動には様々な制約が掛けられてしまうのだろう。
「本当に大丈夫なのか? 実家の許可とかそういう話じゃなくて、体力とか能力とかそっちの問題だ。危険な探索についていけないようなら許可はできないぞ」
間違いなくレイラは本気なのだろう。
しかし、いや、だからこそ俺も安易に首を縦に振ることはできない。
「何となくトラヴィスみたいな物言いになるんだが、俺にしてみれば他所様の娘さんを預かってる立場なわけだ。トラヴィスに近付きたいってだけで探索に加わるのは看過できないな」
例えばサクラやアレクシアは現役の冒険者であり、戦闘技能もあるから何の問題もない。
ノワールは冒険者ではないが、勇者パーティの一員として難関ダンジョンに挑めるだけの能力はあるし、何より危険に身を投じる覚悟もできている。
しかし、仮にシルヴィアやエリカが『魔王城領域』の探索をしたいと言い出したら、俺は全力で反対するだろう。
魔王戦争のときに二人が『魔王城領域』で活動していたのは、グリーンホロウ総出で騎士団を支援していたからこその特例である。
あんな風に安全圏で後方支援をするだけならまだしも、どんな危険が潜んでいるか分からない領域に足を踏み入れるのはとても許可できない。
「お前が言ってるのは、安全な場所でトラヴィスの探索をサポートするっていう意味じゃなくて、すぐ近くで行動したいってことだろう? そういうことなら……」
「ご安心ください。私も騎士の一族の娘。肉体的な頑健さを保証するスキルは備えています」
レイラは真剣そのものな顔で胸に手を置き、力強く宣言した。
「もちろん、最前線で活躍なさっている方々には遠く及ばないかもしれません。ですがルーク様やトラヴィス様を安心させられるだけの自信はあります」
「……そのスキルっていうのは体力を増やすようなものなのか? それとも、物理的に体を頑丈にするものか?」
「両方ともです。人間を傷つけることに関する才能がなかったので、騎士として育てられることはありませんでしたが、それ以外の騎士に求められるスキルは幾つか身に付けています」
トラヴィスがあんな風に思い悩むようになった原因は、スキルで強化された己の肉体を制御しきれず、不可抗力とはいえ身近な少女を傷つけてしまったことだ。
ならば――酷く単純な発想ではあるが――肉体的に頑丈な女性であれば、あいつも多少は安心して接することができるのかもしれない。
「不安でしたら遠慮なく確かめてください。この場で証明してみせます」
「確かめるったって……」
赤い瞳が鋭く細められる。
レイラは本気だ。Aランク冒険者の探索に同行できることを示したがっている。
渋る俺に言っても首を縦に振らないと察したのか、レイラは要求の対象をガーネットへと切り替えた。
「ガーネット殿。お願いします」
「……しゃーねーな」
「お、おいっ! ガーネット!」
俺が止める暇もなく、ガーネットは強化された脚力で大きく飛び退き、充分な助走距離を確保して身を低く沈めた。
「惚れた男について行けるって証明してぇんだろ? だったらやってやるしかねぇよな!」
「はい! 全力で来てください!」
――獰猛な、しかし爽やかさすら感じる笑みを浮かべ、ガーネットは弩弓から放たれた矢弾の如き速度で一直線に突っ込んできた。
事前に防御の構えを取っていたレイラの体に、ガーネットの鋭い蹴りが叩き込まれる。
紙切れのように吹き飛ぶレイラ。
俺の動体視力がその姿を追いかけたときには既に、レイラは支部の外壁に叩き付けられていた。
「……馬、馬鹿野郎! 何やってんだお前ら!」
大慌てでレイラに駆け寄って負傷を【修復】しようとする。
しかしレイラはその前に自力で立ち上がり、震える膝に手を突いて顔を上げ、口の端に血を滲ませながら笑ってみせた。
「ほら……大丈夫でしょう……?」
「まったく、無茶苦茶すぎるぞ、お前ら……騎士ってのはこういうのが普通なのか?」
あまりにも力技過ぎる『証明』を見せつけられ、呆れたというべきか圧倒されたというべきか、とにかく否定のしようがなくなってしまう。
「……分かった。トラヴィスに協力するときはお前もメンバーに加えるよ」
「……っ! ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべるレイラ。
その表情はまさしく恋する乙女そのものだった――口元に血を滲ませていることを除いては。
女子力(物理)×2。




