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第23話 急転直下の再会劇

 そうこうしているうちに、小休止を取り始めてから数分が経ち、森の向こうが急激に静かになった。


「……どうやら討伐できたみたいだな」

「マジか!? くそっ、やり返せずに終わっちまった!」


 ガーネットは俺の肩から手を離し、真剣な顔でそちらの方を見やった。


 まかり間違っても、三人がドラゴンに倒されたわけではないはずだ。


 もしもそうだとしたら、勝利の咆哮が響き渡っているか、あるいは大空に飛び立つドラゴンの姿が見えるはずだ。


 ドラゴンという魔物の生態からして、そのどちらにもならないケースはほとんどないと聞いている。


 理由までは知らない。

 そういうものだという経験則が冒険者の間にあるだけだ。


「これなら脱出するより合流した方がよさそうだな。立てるか、ガーネット」


 先に立ち上がってガーネットに手を差し出す。


 ガーネットは少しムッとした様子だったが、素直に俺の手を握り返して身を起こした。


 そして、万全ではないガーネットの歩調に合わせながら、ドラゴンが出現した草原へと引き返していく。


「はぁ、ふぅ……」


 ガーネットの足取りはまだまだ覚束ない。

 無理をさせたら倒れてしまいそうだ。


 背負ってやろうか? という提案をする気は起こらなかった。

 怒って余計に動こうとしてしまうに決まっている。逆効果だ。


 俺の【修復】スキルでは失った血液を生み出すことはできない。


 より正確に言えば、【修復】するための補填素材の候補が思いつかないのだ。


 他人の血液を素材にしたとしても、普通に血液を移し入れた場合と同じ、致命的な反応が出てしまう可能性を否定しきれなかった。


「おい、白狼の。なんか喋ってくれ。話してた方が気が楽だ」

「何かって言われてもな……じゃあ念の為の確認なんだが、素顔と性別はどこまで秘密にしてるんだ? このままフェリックスやサクラと合流しても平気なのか?」


 ガーネットが被っていたフルフェイスの兜は、ドラゴンに吹き飛ばされたきり回収されていない。


 というか、どこに飛んでいったのかも分からないままだ。


 もしも他人に素顔を見せることすら避けなければならないなら、この状態で合流するわけにはいかなくなってしまう。


「心配すんなよ。騎士団の幹部連中には(ツラ)くらい見せてる。後はサクラって奴が誓約書どおりに黙ってりゃ済む話だ」

「調査中に得た情報を許可なく他言しない……か。多少こじつけ臭いけど当てはまりそうだ」


 そもそもの調査対象である俺も同じ条件を背負っている。


 だが、たとえそうでなかったとしても、ガーネットの秘密を喋るつもりはない。


「けど多分、フェリックスとブラッドフォードは、オレが女だってことは知らないはずだ。うちの騎士団は古臭ぇしきたりが多くてさ。団員は男だけってことになってるんだ。時代遅れだろ?」

「今どき女騎士も珍しくないって聞いたことはあるな。冒険者もそうだけど」


 男女の身体能力差はスキル次第で割と簡単に埋まってしまう。

 その好例がサクラだ。あいつは俺なんか及びもつかない身体能力を身に付けている。


 勇者ファルコンのパーティも、四人中三人が女だった。

 ファルコンが女好きなのも影響しているが、三人とも勇者パーティの一員として相応しい能力を持っていた。


 にも拘わらず、男子限定女子禁制を敷いているのであれば、よほど『昔ながらの伝統』を重んじている組織なのだろう。


「だからまぁ……バレたら色々と面倒なんだよ。カーマイン団長の『弟』ってことで無理を通してるとこはあるけど、それだって限界はあるしな」

「了解。他言無用だな」


 なるほど。ガーネットが秘密にしたがっているのは『性別を隠している理由』ではなく『そうまでして銀翼騎士団の一員でありたい理由』だというわけか。


 理由はかなり気になっているが、俺から尋ねたりはしない。


 そういう約束で信頼を得たようなものなのだから。


「……ガーネット?」


 何故か急にガーネットの足音が聞こえなくなったので、まさか倒れちゃいないだろうかと焦って振り返る。


 ガーネットはちゃんと二本の足で立っていたが、視線は俺ではなく見当違いの方に向けられていた。


「なぁ、白狼の……お前にもアレ、見えるよな? オレの目がおかしくなったわけじゃねぇよな……?」

「アレ……? ……なっ! う、嘘だろ……?」


 視線の先にあったのは、第五階層から第四階層まで続く断崖絶壁。


 往路でガーネットが『面白い地形』と称した、森の中にそびえ立つ岩の壁だ。


 本来なら、この断崖には大量の(つた)で構成された天然の緑のカーテンが垂れ下がっているのだが、どういうわけかその一部がごっそりとちぎれ落ちていた。


 そして露わになった絶壁の岩肌には――巨大な横穴が開いていた。


「やっぱりオレの見間違いじゃねぇんだな。あんな大穴、一体いつのまにブチ抜かれたんだよ」

「……いや、多分あれは元からあったんだ。大量の蔦で覆い隠されていて、今の今まで誰も気が付かなかっただけで……」


 ドラゴンの死体という資源が現れる以前は、第五階層に足を踏み入れる冒険者はあまりいなかったと聞いている。


 理由は難易度ではなく収穫物の問題だ。


 このダンジョンで採れる薬草の九割以上は第四階層以前で採集できる。


 第五階層まで降りるメリットはあまりなく、この大穴を発見しうる機会そのものがほとんどなかったはずだ。


「なぁ、白狼の。オレ、けっこう嫌な想像しちまったんだけど」

「奇遇だな。俺も嫌な予感がしてるとこだ」

「一ヶ月前とついさっき現れたドラゴンってさ……」

「……この大穴から出てきたんだろうな。どうりでギルドが把握できなかったはずだ」


 最初の一体は体格も大きくなく、何より一体だけしか出てこなかった。


 恐らく、絶壁に垂れ下がった蔦を文字通りカーテンのように除けて出てきたので、大穴は隠されたままになっていたのだと推測できる。


 対して今日現れたドラゴンは、体格が巨大で十体前後のワイバーンを引き連れていた。


 巨体と大群が無理矢理通過したものだから、緑のカーテンを構成する蔦が大量にちぎれてしまい、こうして大穴が露わになったのだろう。


「とにかくギルドに報告が必要だな……」


 そのとき、絶壁が軽く振動したかと思うと、穴の下側から金属の扉のようなものがせり上がってきて、大穴を封鎖してしまった。


「お、おい! 何だよあれ!」

「迷宮ではよくある仕掛けだ。あんなに大規模なのは珍しいけどな。にしても、こいつはまさか……ドラゴンの出現までダンジョントラップの一環ってことか?」


 あれがただの大穴なら、俺が登ってきた階段のように、ドラゴンが棲むどこかのダンジョンに繋がっていたのでは、とも考えられた。


 だがあんな仕掛けがある以上、ただ繋がっているだけでなく、ドラゴンの出入りを管理しようという意図があるのは明白だ。


 だとしたら、そのトラップを発動させたスイッチは――


「まさか――」

「白狼の! あれ見ろ! 穴の真下の地面! 誰か倒れてるぞ!」

「何だって!?」


 ガーネットが言う通り、そこには見知らぬ誰かがぐったりと横たわっていた。


「大丈夫か! 悪い、ガーネット! ここで待っててくれ!」

「おう! 行って来い!」


 崖下へ繋がる斜面を大急ぎで駆け下りて、改めてその黒尽くめの人物に声を掛ける。


 俺の声で意識を取り戻したのか、黒尽くめの人間は力なく顔を上げた。


 長い黒髪の女だ。

 体格は華奢で、戦う訓練を積んでいるようには思えない。


 長い前髪で隠されたその顔は――


「まさか……ノワールか?」

「え……」


 ――俺にとって忘れられない顔だった。


 黒魔法使いのノワール。勇者ファルコンのパーティメンバーの一人。


 根暗な性格で自己主張が弱く、他のメンバーのように俺にキツく当たることはなかったが、そもそも俺に関わってくること自体がほとんどなかった――そういう奴だ。


「どうしてお前がこんなところにいるんだ? 勇者はどうした。未帰還ってどういうことだ!」

「え……あ……う……うわあああん!」


 ノワールはいきなり泣き叫び、俺の胸に顔を突っ込んで泣きじゃくり始めた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「頼むから落ち着けって。勇者はどうなったんだ。ジュリアとブランもいないのか?」

「――み、みんなは、ダンジョンの――」


 重要なことを言いかけたその瞬間、突如としてノワールの体がまるで落雷でも浴びたかのように激しく震えた。


「あああああっ!」

「お、おい! ノワール!」


 脱力して俺にしなだれかかるノワール。

 死んではいないようだったが、完全に気を失ってしまっていた。


 勇者パーティの未帰還――その秘密を知るはずの張本人を抱えたまま、俺はただ途方に暮れることしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ルークなら兎も角、サクラには誓約書って意味ないような? サクラ、誓約書に名前書きました?
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