第227話 十五年越しの祝宴
「お帰りなさい、ルーク!」
「なんてこった! 本当に可愛い子連れてるぞ!」
「凄い出世したって噂、本当なの?」
「ようやく主役の登場だな。これでやっと酒が開けられるぜ」
「何しに来たんだい、あんた。まずはルークちゃんの歓迎が先だよ」
玄関先まで迎えに出た母さんを皮切りに、十五年振りの懐かしい顔触れが賑やかに騒ぎ立てる。
両親の兄弟姉妹や従兄弟達。
更に両親の従兄弟とその子供に――自分との関係性を数え上げることすら面倒になるくらい、とにかく大勢だ。
集会場も兼ねた広いリビングには二十人を優に越える人数が集まっている。
手前にいるのは俺と直接面識のある大人達。
その奥には俺が村を出た頃にはまだ幼かった面々や、あの後に生まれたと思しき子供達。
次から次に話しかけてくる大人達とは対象的に、子供達は俺よりもテーブルの料理に興味津々で、食事を始めてもいいという合図を心待ちにしているようだった。
彼らの立場にいた昔の自分が不思議と懐かしくなってくる。
「……皆、久し振り。しばらく帰らないうちに色んな事があり過ぎて、一体どれから話したらいいのやら」
「焦らなくても、ちょっとずつでいいのよ。ほら、座って座って」
母さんに促されてガーネットと椅子に座ったところで、俺はこの場にとある人物がいないことに気が付いた。
「やっぱり父さんはいないか。そんな気はしてたけど」
「ごめんね、ルーク。ウォーリーに隣村まで呼びに行ってもらったんだけど、あの人ったら仕事が残ってるから間に合わないだなんて……」
「気にしなくていいって。父さんからは歓迎されなくても仕方ないって思ってたからさ」
自虐でも非難でもなく本当にそう考えている。
お前には無理だと断言する父さんの反対を押し切って村を出て、結局はその言葉の通り冒険者の最底辺から抜け出すことができず、気まずさと下らない自尊心から十五年も生存報告すら寄越さなかったのだから。
その間ずっと母さんを心配させていたことを思えば、出合い頭にぶん殴られようと、歓迎などしてやるかとそっぽを向かれようと、とても文句は言えなかった。
「じゃあ、まずは……」
早く話を聞きたくて仕方がないといった様子の皆を前に、十五年間の思い出を語り始める。
――まずは冒険者として経験した印象深い出来事の数々。
これだけでも話の種がたくさんありすぎて、全部を喋っていたら一晩では終わりそうになかったので、とっておきをよりすぐって語って聞かせることにする。
この話題に一番よく食いついてきたのは、大人よりもむしろ子供達の方だった。
俺自身が主役の冒険譚には程遠く、冒険者界隈で見聞きした事件だとか、他の冒険者と一緒に冒険したときの思い出話ばかりだったが、それでも子供達は無邪気に目を輝かせている。
やはりかつての自分を……冒険者時代の陛下の武勇伝に憧れを募らせた子供の頃の俺を思い出さずにはいられない。
陛下と自分を同一視するなんて畏れ多いにも程があるけれど。
――そして子供達を休ませる時間になってから、今度は冒険者を休業してからの出来事を語ることにする。
勇者ファルコンと『奈落の千年回廊』に関する顛末。
グリーンホロウ・タウンで開店した武器屋の話題。
ミスリルの取扱許可を得たことや、国王陛下に謁見したこと、黄金牙騎士団と魔王軍の戦争に協力したことも話したが、最初はみんな半信半疑でにわかには信じられないようだった。
俺だってみんなの立場なら同じ反応をしたに違いない。
ちょうど手元にあった封書を見せたり、ガーネットが銀翼騎士団のアージェンティア家の人間である証拠を見せてくれたりしたことで信じてもらえたが、それはそれで大盛り上がりの原因になってしまった。
村一番の出世頭だの何だのと話がどんどん大きくなって、もはや何のための宴会だか分からなくなってしまいそうだ。
特に母さんの喜びようといったら、今日まで何も教えずにいたことを本当に申し訳なく感じるほどだった。
――だがもちろん、全てを正直に明かしたわけじゃない。
身内であっても軽々しく明かすべきではないことはきちんと伏せ、伝えていい事柄だけを選んで話している。
具体的には新騎士団の設立の件もそうだ。
これはまだ王宮で検討と調整が続けられている案件なので、正式な発表があるまでは秘密にしておく必要がある。
既にこの件を知っている人物と語り合うなら別だが、母さんを含めた故郷の人達に打ち明けられるのは、もう少し後になってからだ。
――当然というべきか、これまでのことを語ったのは俺だけではない。
俺がいない十五年間に村で起こった事件も片っ端から教えてもらった。
もっとも変化の少ない田舎の話だから、話題のほとんどは住民に関する事柄だ。
誰が誰と結婚しただとか、誰々が都会に出ただとか。
あの子供は誰と誰の子だとか、どこかの祖父母が亡くなっただとか。
中には俺の兄弟姉妹の話題もあり、色んな事情で今は全員村から離れていたので、今夜の宴会には参加できなかったのだと伝えられた。
もちろん俺みたいに強引な理由ではなく、勉強のためだとか仕事の修行だとか、父さんと母さんも賛同したまっとうな理由だ。
母さんは申し訳なさそうにしていたが、こればっかりは事前に連絡を入れられなかった俺が悪い。
――俺が懐かしい顔触れを相手に十五年分の積もる話を語り合っている間、ガーネットもガーネットで大変なことになっていた。
俺の話よりも俺が連れてきた美少女に興味津々な女性陣が、少女の服装をして『アルマ・アージェンティア』と名乗ったガーネットを、全力で可愛がったり質問攻めにしているのだ。
遠回しに女性陣と表現したが、半分以上はいわゆる『田舎のおばちゃん』だ。
ガーネットは彼女達の遠慮のなさと世話焼きっぷりに圧倒され、目を回しそうになりながら頑張って応対し続けていた。
というか、俺との関係がどこまで進んだとか聞くんじゃない。
その質問はどっちに聞いてもノーコメントだ。
やがて夜が更けたあたりで宴会も終わりを迎え、ほとんどの親戚が帰っていった後で、母さんと何人かの親戚が後片付けを済ませていく。
俺とガーネットは来客扱いということでゆっくり休むように言われ、沸かしておいた風呂で疲れを癒やすように勧められた。
「いいのか? オレから入っちまって」
「こういうのは客が先に済ませるもんだろ」
「んじゃ、遠慮なく」
一人しか入れないような風呂場にガーネットを送り出し、俺は体に残った酒気を追い出すために水でも飲もうと、何気なくリビングへと足を運んだ。
宴会も片付けも終わり無人となったリビング――あるいは集会場。
そこでは一人の男が大きなテーブルの椅子に腰を下ろしていた。
俺を二十年ほど老いさせた程度の容貌をした、表情からも厳格さを滲み出させた男。
「――父さん」
「久しいな、ルーク」
その声は十五年前と変わらず、感情の起伏を意図的に抑えたような響きを帯びていた。
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