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第225話 変わるもの、変わらぬもの

「それで、父さんは村にいるのかな」


 いつまで経っても話が先に進みそうになかったので、もう一度さっきと同じ質問を繰り返す。


 すると母さんはやっとガーネットから視線を外し、俺の方に向き直った。


「お父さんは隣村の会議に出席してるの。夜までには帰ってくると思うんだけど……そうだ! せっかくだから村の皆にも挨拶してきたらどう? 今夜は泊まっていくんでしょう?」

「そうだな……お前はそれでいいか?」


 この時間だと今から村を出たとしても、次の集落に着く頃には日が沈んでしまっている。


 あえて立ち寄ると決めた時点で一泊することは確定だったが、念のためガーネットの同意も確認しておくことにする。


 ただ泊まるだけならともかく、村を歩き回るならなおさらだ。


「ちょ、ちょっと待った!」


 ガーネットは何故か慌てて馬車の中に戻ると、車窓のカーテンを全て閉めてしまった。


 中で一体何をしているのか、馬車が妙に揺れたり軋んだりを繰り返す。


 やがて遠慮気味に扉を開けて出てきたガーネットは、さっきまでの少年的な格好ではなく、王都で仕入れた少女的な服装に着替えていた。


 王都で着ていた簡素なドレスのような服ではなく、この村やグリーンホロウで普通に過ごしやすいようにという条件で、サンダイアル商会に見繕ってもらった服だった。


「歩き回るんなら、やっぱりこうかなって……妙な誤解とか受けたら面倒だろ?」


 ガーネットは後頭部で纏めていた髪を下ろしながら、気恥ずかしさに揺られながら俺の様子を窺っている。


 俺が反応を言葉にするよりも先に、母さんが胸の前でぎゅっと手を握って声を上げた。


「まぁ! やっぱり可愛い子は何を着ても似合うわ!」

「母さん、それくらいにしておいてやってくれよ。あいつ褒められ慣れてないんだからさ」

「あら……?」

「それじゃ、しばらく二人で村を歩いてみようかな。夜までには家に行くよ。引っ越しとかはしてないよな」

「もちろんよ。お泊りの準備、しておきますからね」


 このままだとガーネットが保ちそうになかったので、ひとまず母さんと別れて二人で歩くことにする。


 ――やはり村の風景は十五年前とあまり変わっていない。


 しかし全く変化がないというわけではなく、確かに変化している部分もあった。


 昔から古かった建物がより一層古くなっていたり、逆に補修されて新しくなっていたり、空き地だった記憶がある場所に家が建っていたり。


「前はここが空き地になっててさ。友達とよく遊んだりしたな」

「へぇ。子供の頃のお前とか想像できねぇな」

「誰だって昔は子供だろ。何が不思議なんだよ」


 ガーネットと雑談を交わしながら歩いていると、道端で遊んでいた子供達が手を止めて、不審な相手を見る眼差しを向けてきた。


 無理もない反応だ。あの子供達は俺が村を出た後に生まれたのだろうし、こんなに小さな村では住民全員が顔見知りのようなもの。


 今の子供達にとって、俺は見覚えのない余所者でしかないのだ。


 建物よりも風景よりも容易に移り変わるのは、ここで暮らしている人達だ。


 十五年は決して短い年月ではない。


 俺が見知っていた老人達の多くは既に天寿を迎えただろうし、十五年の間に生まれた子供達は俺の存在を知る機会すらない。


 そうでなくとも、王国の交通網の整備によって別の土地へ移住した人も増えたはずだし、逆に移住してきた人だっているはずである。


 母さんが一目で俺に気が付いたのは肉親だから。

 いっそ、ここは故郷ではなく初めて訪れた土地だと思った方がいいかもしれない――なんてことを考え始めた直後、懐かしい声が不意に投げかけられた。


「お、おい! そこのあんた! もしかしてルークか!?」


 振り返ると、さっきの子供達の保護者らしき男が目を見開いてこちらを見やっていた。


「お前……ひょっとしてジョーイか」

「やっぱりそうか! いやぁ、懐かしいな! 冒険者は辞めて戻ってきたのか?」

「いや、今回は久し振りに近況報告をしに来ただけだよ。そっちは……親父さんの仕事を継いだみたいだな」

「おう! 村の神殿の管理人って奴だ!」


 ジョーイはガーネットに話したばかりの、村の空き地で遊んでいた友人の一人だった。


 村人達が信仰している神様の祭壇を集めた共用神殿の管理人の息子で、神官然とした服装を見ての通り、親からその仕事を引き継いでいるらしかった。


「白狼の、知り合いか?」


 ガーネットが何気ない態度でそう尋ねると、俺と同時にジョーイもそちらに顔を向けたので、ガーネットは面食らったように眉をひそめた。


 どうしてジョーイも反応したのか分かっていない様子だったが、理由は単純明快だ。


「こいつも村の外だと『白狼の森のジョーイ』だぞ。同じ村の出身なんだから呼び名も同じに決まってるだろ」

「あっ……! そうだったな……あっちだとお前しか『白狼の』がいねぇからうっかりしてたぜ……」

「村の中でそんな呼び方したら全員が振り返るんじゃないか?」


 それはそれで面白そうなので一度見てみたかったが、今までどおりの呼び方では不都合なのは間違いない。


「……おい、ルーク。この子ってひょっとして……つーか『近況報告』ってまさか! そーいうことかよおい!」

「ははは。悪いけどそういうことだな」

「抜け駆けかテメェ! ランスもエリックも所帯持ちだから俺の一人負けかこんちくしょう!」


 ジョーイは年甲斐もなく――まるで十代の頃のように声を荒げながら、俺の肩を掴んで思いっきり揺さぶってきた。


 もちろん悪意の籠もった怒りなどではない。

 かつてと同じ、気のおけない関係だったからこその本音の投げつけ合いだ。


「しかもテメーなぁ……どーみてもその辺の田舎娘じゃねーよなぁおい……どこで引っ掛けて来やがったんだよ、下すぞ神罰……」

「お前の方が神罰下されそうな顔してるぞ。というか俺が神なら今すぐ処してる」


 懐かしいやり取りに興じる俺達を、年若い子供達が不思議そうに見上げている。


「せんせー、その人だれー?」

「ああ、先生の友達で、村長さんの息子さんのルークだよ。ずっと村の外で仕事をしていたんだけど、久し振りに里帰りしに来たんだ」


 すぐにジョーイは立ち振舞いを切り替えて、神殿の管理人として相応しい態度で子供達に事情を説明した。


 やっぱりこいつも十五年間で大人になったんだなと思わずには――


「そしてあっちがルークの嫁さんだ。羨ましいよな。帰りにルークがかっこ悪く足を挫くようにお祈りしような」

「おいこら聖職者。いたいけな子供に邪悪な思想を吹き込むんじゃない」


 ――訂正。あまり昔と変わっていないかもしれない。

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