第224話 大事な人を紹介します
「やっぱり! 本当にルークなのね! まぁすっかり大きくなって! 若い頃のお父さんにそっくり!」
「そりゃあ背も伸びるよ。村を出たときはまだ十五だったんだからさ」
母さんは山菜が入っている籠を放り出して駆け寄ってきて、今にも泣き出しそうな笑顔で俺の顔をぺたぺたと触りだした。
「病気はしてなかった? ご飯はちゃんと食べてた?」
「大丈夫だって。ほら、健康そのものだろ」
少なくとも今は、と心の中で付け加える。
十五年も冒険者をやっていたら金がなくて食うに困る時期も普通にあったし、少し前の『奈落の千年回廊』の件を教えたら卒倒してしまいかねない。
なにせ、母さんは俺が森で軽い怪我をしただけで取り乱してしまう人なのだから。
「辛くなったらいつでも帰っておいでと言ったのに、まさか十五年も帰ってこないなんてね……便りがないのは元気な証拠っていうけど、お父さんもお母さんもずっと心配してたのよ?」
「……ごめん。説得も聞かずに飛び出したくせに、ずっと大した功績も上げられなくってさ。どんな顔して帰ればいいのか分からなかったんだ」
「いいのよ……ちゃんと元気に帰ってきてくれたんだから。これからは村でゆっくり暮らしましょう?」
「ああ、いや、そうじゃなくって」
どうやら母さんは、俺が夢を諦めて故郷に帰ってきたと思っているらしい。
詳しい説明を後回しにしてしまった俺も悪いが、それは大きな勘違いだ。
「まだ村に帰るつもりはないんだ。冒険者としての成功はできなかったけど、別の仕事でかなり評価されるようになってさ。そのことを報告したかったのと、後は……」
俺が後ろにいるガーネットの方に視線を向けると、それで初めて母さんはガーネットの存在に気が付いたらしく、あらあらと声を漏らしながらそちらへ歩み寄った。
ガーネットは柄にもなく緊張した様子で、後退りしそうになるのをどうにか堪えている。
「ええと、この子はどなた?」
「話せば長くなるんだけど、彼女には俺の仕事を手伝ってもらってるんだ」
オレはあえて、ガーネットの性別を明確にする表現を選んだ。
驚きに表情を崩すガーネット。
母さんも見た目との食い違いにびっくりしたようだったが、すぐに自分なりの解釈で納得したようだった。
「そうよね、旅をするならそうした方が安全かもしれないわね」
「いや、安全のために男装してるわけじゃなくって……ていうか白狼の! いきなりんなこと言うんじゃねぇよ!」
「このために来たんじゃなかったのか?」
「……そうだけど。あんだろ色々……心の準備とか」
頬を赤らめて言葉を濁すガーネットを見て、母さんは何かを察した顔で口元へ手をやった。
「あら? ひょっとして……えっ、ルーク、本当なの?」
「そうなんだ。実は……」
「まぁまぁまぁ! ルークにこんな大きな子供がいたなんて! お母さん似なのかしら?」
「……いやいや、違う違う」
とんでもない勘違いをされてしまったのですぐさま否定する。
確かに父さんや母さんの世代なら十代で所帯を持つことも珍しくなかったし、十五や十六で親になることすらあったらしいから、俺とガーネットの年齢差の親子というのもあり得る話だ。
けれどこの誤解は今すぐ解かなければ、さすがに後で大変なことになってしまう。
「えっ? 違うの?」
「何と言うか、その……改まってこんな話をするのは気恥ずかしいんだけどさ。ほら、あれだよ……その一歩前の段階というか……」
予定ではもっときっぱり歯切れよく報告するつもりだったのだが、実際に話そうとしたらなかなか言葉が出てこなくて、どうにも不格好な伝え方になってしまう。
伯爵の夜会に乗り込んで、前騎士団長かつガーネットの父親のレンブラントと対峙したときには、こんなことにはならなかったというのに。
森の片隅の小さな村で、一介の村長の妻かつ俺の母親に報告する方が何倍も緊張するだなんて、レンブラントに知られたら心底呆れられてしまいそうだ。
けれど、ぐだぐだのまま終わらせることだけはしたくない。
一旦言葉を切って呼吸を整え、気持ちを落ち着け、覚悟を固め直してから口を開く。
遠回しな言い方はやめだ。こんなところで気恥ずかしさに負けて誤魔化すなんて、格好悪いことこの上ない。
「この子とは結婚を前提に付き合っているんだ。向こうの親からは、婚約を認めるのはもっと出世してからだって言われてるんだけど。それでも父さんと母さんには報告しておきたかったんだ」
アージェンティア家の繁栄のためにガーネットの婚約者を探そうとしていたレンブラントの試みに割り込み、陛下の御意志で騎士団を任せられる予定の俺こそがと豪語したのだ。
ならばここで誤魔化す理由はない。誤魔化してはいけない。
そんな真似をするのは無責任だ。
母さんは突然のことに理解が追いついていない様子で、ぽかんと口を開けて押し黙ったまま、確認を求めるようにガーネットの方へ視線を動かした。
――ガーネットは真っ赤になった顔を片手で覆って俯き、囁くのと変わらないくらいに小さな声で俺の発言を肯定した。
「あの、えっと……はい。この間、そういうことになりました……ありがたいことに……」
いつもの無遠慮で力強い振る舞いはどこへやら。
ガーネットはまるで借りてきた猫のように大人しくなっていて、すっかりこの場の流れに押し流されてしまっていた。
そんなガーネットの反応を見ているとつい口元が緩んでしまうが、今はもっと優先すべきことがある。
「他にも凄い驚くような報告があるんだけど、今日は父さんも村にいるかな。あまり長居できないから、どこかに出張してるようならまた日を改めて……ってことになるんだけど」
「……まぁ、まぁ! 本当なの!? こんなに可愛い娘さんとお付き合いしてるなんて! お父さんが知ったら腰を抜かすんじゃないかしら!」
母さんは喜色満面にガーネットのところへ駆け寄り、言葉の限りを尽くしてガーネットの愛らしさを褒めまくった。
正直あまり語彙は豊富じゃなかったが、それだけに適当なお世辞じゃないことが伝わってくる。
ガーネットは純粋な善意と喜びを否定できず、かといって褒め言葉の数々を真っ向から受け入れることもできないまま、母さんの勢いに赤面して困り果てていたのだった。




