第218話 一時の幕引きは穏やかに
アルフレッド陛下との二度目の謁見を終えた翌朝。
早朝の人気のない高級住宅街で、馬車にグリーンホロウまでの帰り道の荷物を積む俺達のところへ、ロイがわざわざ見送りのためだけにやって来た。
「おはようございます、ルークさん。もうグリーンホロウに戻られると聞いたので、せめて見送りくらいはと思いまして」
「急な出張だったからな。用事が済んだらできるだけ早く帰らないと」
今回の王都訪問は本当に唐突な決定であった。
ガーネットに関する事情を教えていない連中にしてみれば、店長がいきなり王都行きを決定したうえにその翌日に出発してしまい、店長と古株の店員を欠いた状態で営業する羽目になったのだ。
現在は『日時計の森』のホロウボトム支店があるので、グリーンホロウの本店を訪れる客は適正数になっているし、支店から一日に一人くらいは応援を呼べるだけの冗長性は用意している。
なので店が回らないということはないが、それでも迷惑を掛けてしまったことに変わりはない。
既に送った土産物で埋め合わせが足りなければ、他にも何か考えた方がいいだろう。
「そうだ、一昨日はありがとうな。最高のタイミングの援護だったぞ。あれがなきゃ危ないとこだった」
「いえ、そんな。俺は要請を受けてすぐに精霊獣を送っただけですよ。ルークさんの判断が早かったんです」
お互いに妙な謙遜を交わす傍らで、ガーネットが食料の入った袋を抱えて呆れた視線を向けてきた。
「それはいいから荷物運べよな」
「おっと、悪い悪い」
「俺も手伝います」
手数が三人に増えたことで、荷物の積み込みがあっという間に進んでいく。
その作業が一通り終わり、一息つけるようになったところでロイに何気ない雑談を持ちかけてみる。
「にしても、まさかお前の仕事が銀翼からの依頼だったとはな」
「ギルドの奉仕義務で受けた依頼ですね。こちらこそ、ルークさんが銀翼騎士団と深い関係だったなんて知りませんでしたよ」
かつて俺がグリーンホロウのために高ランク冒険者達を呼び寄せたとき、ロイにはどうしても外せない仕事があるという理由で断られ、数日前に再会したときにもまだその仕事を続けていた。
まさかその依頼が、王都を騒がせた夜の切り裂き魔事件の捜査協力だったなんて、精霊獣を目にするまでは思いもしなかった。
しかし後になって考えてみれば、何十体もの精霊獣を同時使役して偵察できるロイのスキルは、複数の犯人候補を並行して見張るにはぴったりだ。
相変わらずギルドの人材選別は大したものである。
「団長殿から事情を伺ったのは昨日だったんですけど、本当に驚きましたよ。この邸宅も騎士団長の別邸なんでしょう? だったら最初から事情を説明しても良かったかもしれませんね」
ロイは俺が数日ほど滞在していたアージェンティアの別邸を見上げ、しみじみとそう漏らした。
確かに何だかんだで銀翼騎士団とは良好な関係が続いているが、それでも部外者であることに変わりはない――少なくとも今のところは。
騎士団からの依頼内容を許可なく俺に漏らすのは、さすがに止めておいたほうがいいだろう。
「銀翼と言えば。聞きましたよルークさん!」
急にロイが俺の前に回り込み、正面から両手でがっしりと肩を掴んできた。
「ルークさんの彼女って銀翼のお嬢様だったんですね!」
「……あー、確かにお嬢様といえばそうなるな」
「普段は人前に出ない深窓の令嬢らしくて、直接会った人はあまりいないそうですけど、それはもう凄い美少女らしいって評判みたいです!」
美少女な深窓の令嬢とやらが目と鼻の先にいるわけだが、ロイはその事実に露程も気付かず、自分好みのお嬢様を頭の中に思い浮かべているようだった。
「俺も現場に駆けつけてたら、ひょっとしたら会えてたかもしれなかったんですよね。いやぁ、惜しいことをしました。それで実際のところ、どんな子なんですか?」
「ええと、なんつーか……」
何と返答するべきか迷ってガーネットに横目で視線を向けてみるが、ガーネットはこちらに背中を向けていて、話に混ざるつもりがないという意志を露骨に示していた。
返事は自分で考えろということか。そういうことなら仕方がない。
「……その子はここにいるガーネットの妹だから、背格好や顔立ちはよく似てるよ。双子だからな」
「ああ、なるほど……想像しやすいですね」
ロイはこれだけでも充分に納得できた様子だったが、まだ足りていない気がする。
こいつの理解ではなく、背中を向けながらも聞き耳を立てているあいつに聞かせるための言葉が。
「それに、本当に良い奴だよ。本人がいないから遠慮なく言えるけど、あいつがいなくなったら間違いなく人生灰色だな」
言うまでもないことだが、こいつは大袈裟な表現なんかじゃない。
ガーネットが『家族会議』の名目で王都に帰ったその日、俺は自分でもびっくりするくらいに調子を崩してしまった。
あいつがいつも隣にいることが当然になっていて、返事がないのに声を掛けてしまうことを何度もやらかしてしまった。
しかもガーネットの本当の帰省目的が『婚約者探し』だと知ったときの動揺ぶりといったら、我ながら冷静になって思い返すと笑えてくるほどだった。
「むぅ、ルークさんがそこまで言うほどですか。本当に相当ですね」
「独り身に慣れてるくせにってか?」
「そ、そこまでは言ってませんけど!? 羨ましいなって思っただけですって!」
冗談交じりにロイを焦らせながらガーネットに目をやると、今すぐにでも割って入って蹴りつけたいと思っているのが、背中越しにもひしひしと伝わってきた。
これはもう、二人きりになった後で仕返しされるのは覚悟した方がいいかもしれない。
そんなことを考えるだけで、不思議と口元に笑みが溢れるのだった。
「……そうだ、ルークさん。ギルドへの奉仕義務もそろそろ終わりそうですから、今度こそグリーンホロウにお邪魔しますよ」
「お前が来てくれるなら心強いな。ダンジョンの探索もまだまだこれからだからさ」
「期待してください。声を掛けてもらったときに応えられなかった分、しっかり貢献してみせますよ」
話の方向性が切り替わったところで、邸宅の玄関の扉が開いてアビゲイルが姿を見せた。
「ガーネット様、こちらは当家からの手土産です。ホワイトウルフ商店の方々にお渡しください」
「おっ、悪ぃな」
「常日頃からガーネット様がお世話になっている方々ですから。それともう一つ……」
アビゲイルはおもむろにガーネットの傍に身を寄せると、至って真面目な態度でズレたことを言い出した。
「先ほどのロイ様のお話、偶然ながら耳に挟ませていただきました。その発想はなかったと目に鱗です」
「あん? 何かあったか?」
「グリーンホロウにお邪魔して貢献……! 一介の使用人には思いもよらない発想です……! かくなる上は私も旦那様にお暇をいただいて……!」
「おいやめろ。あと百獣平原の。後で覚えとけよこんちくしょう」
「ええっ! 俺っ!?」
三人が騒がしく何だかんだと言い合っている様子を、俺は馬車にもたれかかって笑いながら眺めていた。
緩やかな雰囲気での大騒ぎ。不意に巻き込まれた事件の幕引きとしては上々だ。
事件の全てが明らかになったわけではなく、想像もできない真相が隠れている予感もするが、今はまだそんなことを思い悩むときではない。
これまでの姿とはすっかり変わり果てた――しかし比較もできないくらいに深まったガーネットとの絆を胸に抱えたまま、明るい気持ちでグリーンホロウへの帰路につくだけだ。
第五章は今回で完結となります。応援ありがとうございました。
第六章も頑張って更新していきたいと思います。
それとコミカライズ版の第1話③が更新されました。
連載版の第5話半ばあたりまでの内容となっています。
https://twitter.com/manga_park/status/1134112479016083456




