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第217話 銀翼騎士団による捜査報告 後編

「Aランクダンジョン『奈落の千年回廊』――壁面がミスリルによって構成され、その最奥が魔王ガンダルフの領土たる『魔王城領域』に直結した迷宮。五名のAランク冒険者は、全員共通してこのダンジョンを探索した経歴の持ち主だったのです」


 大臣達の息を呑む気配が国王アルフレッドの席にまで伝わってくる。


 ほんの少し前まで『魔王城領域』において繰り広げられていた、黄金牙騎士団と魔王ガンダルフ率いる魔王軍の戦争を知らぬ者など、この会議の場にいるはずもない。


 あの頃は戦況の推移が頻繁に議題となり、大臣達の誰も彼もが毎日のように気を揉んでいて、魔王討伐の一報が入ったときの喝采ぶりは凄まじいものがあった。


 そもそも、一介の平民を新設騎士団の騎士団長に抜擢するという無茶が通ったのも、魔王を討ち果たした者の一人だったというのが大きい。


 これほどまでに恐れられた存在が、王都を騒がせた連続猟奇殺人と関係しているかもしれないと言われて、容易く聞き流されるわけがなかった。


「ガンダルフの軍勢がこの王都に刺客を送り込んだというのか? だがそれはおかしかろう」


 軍務に携わる大臣の一人が、比較的落ち着いた態度で異を唱える。


「勇者ファルコンが『魔王城領域』に到達した頃には、既に何人も犠牲者が出た後だったのだぞ。その時点ではまだ、魔王ガンダルフは地上に干渉していなかったはずではないか」

「き、貴様はガンダルフの恐ろしさを知らんから、そんなことが言えるのだ!」


 別の大臣が椅子を蹴って立ち上がり、震える声で言い争いの姿勢を見せた。


「かつてあのダークエルフは地上に侵攻し、瞬く間に国一つを滅ぼした! 私の故郷の隣国だ! 狡猾で残虐で……おぞましい所業の数々……! 奴なら王都にも刺客を差し向けかねん!」

「だが征服直後に本拠地を地下の別勢力に攻撃され、地上を放棄して撤収したうえに敗北した。魔王ガンダルフは確かに警戒すべき存在だが、全知でもなければ全能でもない。過剰に恐れては判断を誤るぞ」

「し、しかしだな……」

「二人ともまずは落ち着け。報告の途中だろう」


 なおも食い下がろうとしたところで、国王アルフレッドの呆れ返った声が割って入る。


 両方の大臣が口を閉ざしたのを確かめてから、アルフレッドは改めて騎士団長のカーマインに議論の矛先を向けた。


「とは言ったものの、俺も今回の事件にガンダルフが絡んでいるとは思えん。もっと詳しい説明を頼めるか」

「もちろんです。私も夜の切り裂き魔(ナイトリッパー)は魔王ガンダルフの刺客ではないと考えています」


 先ほど興奮して声を荒げた大臣からの視線を浴びながら、カーマインは冷静に言葉を続けた。


「最大の理由は技術格差です。確かにガンダルフの軍勢は、マッドゴーレムの遠隔操作などの面で我ら人間の魔法技術を凌駕していました。しかしあの程度では、人間同様に思考する自律人形にはまだまだ程遠いでしょう」


 魔法担当の大臣が無言で何度も頷いて同意を示す。


「ガンダルフが戦力化していたゴーレムも、あくまで発掘品を改造したものに過ぎません。魔王軍の技術ではあの人形は作製不可能というのが、我ら銀翼騎士団の推測です」

「では、果たしてどこの誰が送り込んだと考えているのだ? 話の流れからすると、未確認の勢力の仕業だと言いたいわけではないのだろう」


 アルフレッドが最も本質的な問いを投げかけ、大臣達が返答を聞き逃すまいと身を乗り出す。


 カーマインはその重圧を平然と受け流し、淡々と説明を続行した。


「『奈落の千年回廊』との地理的関連。ガンダルフの軍勢を凌駕する技術。両方に該当すると思われる既知の勢力……即ち、数十年前にガンダルフを打ち破り、かの魔王に『真なる敵』と言わしめた、もう一つの地下勢力です」


 その瞬間、大会議室が水を打ったように静まり返った。


 魔王軍の『真なる敵』――かつて魔王ガンダルフは自身がそう呼称する勢力に敗北し、本来の地下領土を追われて『魔王城領域』へと逃れたという。


 ガンダルフの地上侵攻計画も、人間を改造した竜人を大量生産して『真なる敵』に抗う戦力を整える下準備に過ぎなかった。


 そのような集団が王国に人知れず害を()していたのだとすれば、大臣達が恐れ(おのの)くのも当然の事態である。


「し、しかし、迷宮までの道は魔王ガンダルフに閉ざされていたのだろう? どうやって刺客を地上に送り込んだのだ」


 ガンダルフを激しく恐れていた大臣が、困惑した様子で疑問を口にする。


「地上への道は他にもあるということでしょう。かつて魔王が地上に侵攻したときのルートも迷宮とは別でしたから」

「む……むぅ。迷宮の前後を魔王軍とギルドに塞がれ、内部の様子を窺えなかっただけのことか……」

「仮に『真なる敵』が地上でミスリルの不法流通に関わっているなら、余計な注目を集めないためにも、強硬手段は最後まで取っておきたかったでしょうからね」


 それは裏を返せば、今回の事件は『最後の手段を決断するほどに()()()()証拠』なのかもしれないということだ。


「しかし安易に断言することはできません。犠牲者達が『奈落の千年回廊』を探索したことを理由に狙われたのだとしたら、普通に考えると犯行が()()()()のです」


 カーマインはおもむろに足を踏み出し、円卓を囲む大臣達の後ろをゆっくりと歩き始めた。


「彼らが例の迷宮を探索した時期は、過去数十年間に広く分散しています。にもかかわらず、最近になっていきなり()()()()()()()()()()刺客を送り込んだ……」

「ふむ。それらしい理由を挙げてみるなら、長らく封印でもされていたか、あるいは冒険者に探索されていたことを今更把握した……といったところか」

「恐らく両方ではないかと思われます」


 アルフレッドと言葉を交わしながらも、カーマインは一歩に一秒掛けるほどの緩慢さで歩き続けている。


「『真なる敵』にはあの迷宮を探られたくない理由があった。しかし意図的な妨害かはともかく、魔王のせいで迷宮の様子を把握できなくなっていた。ところが最近になって事情が変わり、複数の冒険者が迷宮を探索していたと知った……」


 そしてカーマインは、とある大臣の後ろで足を止めた。


「キングスウェル公爵閣下。ブルーノを含めた五人の冒険者は、全員が()()()()()()()()()()『奈落の千年回廊』の調査に同行していたようなのです」


 当事者を除く全出席者の視線が一点に注がれる。


 しかしキングスウェル公爵は慌てる素振りを一切見せず、しかしカーマインの発言を(あざけ)りも否定もせず、普段と変わらぬ態度で受け止めていた。


「かの迷宮で行方知れずとなった我が兄が、紆余曲折を経て『真なる敵』に情報を与え、彼らはそれを手がかりに標的を見定めたと? ありえぬ話ではないが、そういうことならもっと早く教えてくれても良かっただろう」

「申し訳ありません。ギルドの膨大な資料を分析するのに手間取りまして」


 カーマインも叱責や追求をするような素振りは全く感じさせず、純然たる事実の報告として話し続けている。


「兄君が消息を断ったのは第一の事件よりも前のことでしたね。雇われた冒険者全てが狙われたわけではありませんが、単に狙われる前に事件が終結したか、あるいは探索成果の内容次第だったということでしょう」

「妥当な推論だ。愚兄が引き起こした不始末であるなら慚愧に堪えんよ」


 大会議場の空気が張り詰める中、国王のアルフレッドが大臣達の総意を代表して口を開く。


「ありがとう、カーマイン卿。その可能性を念頭に置いて方策を練るとしよう。それとキングスウェル公、確か兄君に関する資料の大半は、まだ貴殿が保有しているのだったな」

「喜んで提供させていただきますとも。しかし、ご存知の通り極めて膨大ですので、一度に全てをというわけにはいきませんが」


 これでひとまず、この場における銀翼騎士団団長の役割は終わった。


 国王と大臣達が必要とする情報を提供するために招集されたのであり、特定の貴族の関与を疑うことは求められていない。


 たとえそのように聞こえる文言があったとしても、あくまで真相に関する推測がそう聞こえてしまっただけだ――少なくとも建前の上では。


 カーマインは役目を終えて大会議室から退出しようとし、扉を閉じる前に振り返って深く頭を下げる。


 そのとき、ほんの一瞬だけではあったが、キングスウェル公爵の鋭い眼差しと視線が交錯した。


「失礼いたします」


 短い言葉で挨拶を済ませ、カーマインは口元に不敵な笑みをうっすらと浮かべながら、大会議室の扉を閉じたのだった。

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