第216話 銀翼騎士団による捜査報告 前編
白狼の森のルークとの面会が終わってすぐに、国王アルフレッドは王宮の大会議室へと向かった。
大会議室には出入り口が二ヶ所設けられ、一つは臣下が利用する正面入口であり、もう一つは国王専用となっている。
アルフレッドはその専用入口から大会議室に入り、円形の大テーブルの椅子に腰を下ろした。
「待たせたな。始めようか」
円卓を囲む面々は王宮において何らかの役職を持つ貴族達。
そして、アルフレッドの対面で背筋を正して立っている青年――銀翼騎士団団長、カーマイン・アージェンティア。
「さっそくだが夜の切り裂き魔に関する最新の報告を聞かせてくれ。昨日の夜までに分かっていた事柄は不要だ。既に書面で把握しているからな」
今夜の会議の一つ目の議題は、数ヶ月に渡って王都を騒がせた夜の切り裂き魔事件の進展に関してである。
容疑者の監視強化で沈静化したかに思えた連続殺人だったが、最近になって六件目の殺人が発生したうえ、これまでの推測を覆しうる要素が見出された……というところまでは移動中に報告を受けている。
しかし白狼の森のルークの協力もあって、たった一晩で状況が事件解決へと傾いたという。
「畏まりました。それではまず、昨夜から継続している捜査の途中経過を報告をさせていただきます」
――銀翼騎士団所属の調査員と交戦した三つ子岩のブルーノは、昨晩の二名の殺害と夜の切り裂き魔第六の事件の犯行は認めるも、それ以前の連続殺人への関与は今も強く否定。
また、自身が関与した死亡者合計四名の二件の事件について、口封じのために襲撃を仕掛けてきた刺客を返り討ちにした正当防衛であると主張。
ブルーノの証言を元に、殺害されたミスリル加工師のビルの店舗と工房を捜索したところ、ミスリルの不法流通を疑わせる資料とミスリル製凶器の仕様書を発見。
被害者の傷口と照合したところ、第一から第五の事件はそれらの仕様書の凶器と、第六の事件はブルーノが所有していたミスリル製の剣と一致していることが確認された――
「また、白狼の森のルークの協力により、長らく身元不明だった第一の事件の犠牲者二名が、嫌疑者リストにも名を連ねていた旅芸人姉妹であったと判明しました」
――これにより、昨日まで活動していた姉妹は何者かが成りすました存在であると断定。
それが夜の切り裂き魔事件の真犯人ではないかとの疑いから、姉妹が所属していた一座への強制捜査を実施した。
他の所属員が事件に関与した様子は今のところ見受けられないものの、姉妹が夜の切り裂き魔であると推察するに足る証拠と証言の確保には成功した――
「これらの調査と並行して、回収された二体の自動人形の残骸の解析も進めております」
――二体の人形が内蔵していた刃物の形状は、第五までの事件の凶器とほぼ一致。
そして白狼の森のルークの証言から、この人形が旅芸人の姉妹に成り代わっていたことと、魔法による外部からの操作ではなく自律動作であることがほぼ確定した――
「これが現在までに判明している情報の概要です。以上の結果から、当騎士団では事の真相を次のように推測しました」
カーマインは持ち込んだ資料を後ろ手に持ち、円卓を挟んで反対側に座すアルフレッドをまっすぐに見据えたまま、落ち着いた声色で説明を終えた。
昨晩からずっと捜査に追われているはずなのだが、その疲労を微塵も感じさせない振る舞いだ。
「Aランク冒険者の殺害を計画した黒幕は、以前から加工師のビルとミスリルの違法取引をしていたのでしょう。そして計画を遂行するにあたり、王都へ向かう旅芸人に自動人形をそれと教えず売却。入城手続きをやり過ごした上で、違法取引の弱みを使ってビルに凶器を作成させ、旅芸人を殺害して成り代わり、殺害計画を遂行した――というものです」
大臣達の間にどよめきが起こる。
カーマインが提示した推測は論理的ではあったものの、専門知識を持つ者にとってはにわかには信じがたい内容だったのだ。
どよめきが静まりかけたのを見計らったかのように、大臣達が誰からともなく質疑を持ちかける。
「殺害された冒険者が狙われた理由は分からんのか? 冒険者ギルドからの突き上げが激しくてかなわんのだが」
まずは冒険者ギルドとの折衝を担当に含む大臣が口を開く。
「人間と区別できない振る舞いをする自動人形だと? そんなものは技術的に不可能だ。向こう千年は実現できまい」
次に魔法と魔道具関連を統括する大臣が否定意見を述べる。
「しかしだな、犠牲者の何人かはとっくの昔に引退していたのだろう? どうして今更になって、現役冒険者と一括りに狙われたのやら」
この発言は教育関連の大臣のものだ。
事件とまったく関係ない分野を担う大臣であり、あくまで素朴な疑問を口にしただけだろう。
カーマインはそれらの疑問を受け止めてから、落ち着き払った態度で回答した。
「推測でよろしければお答えします。殺害された冒険者はいずれも長いキャリアを持つベテランでしたので、非常に多くの共通点がありました」
ここで初めて、カーマインは後ろ手に掴んでいた資料の束を胸の前に持ってきた。
「例えば、ブルーノを含む五名が共通して探索したことのあるAランクダンジョンと限定しても、その数は十ヶ所近くになります。更にブルーノが狙われた理由を『ビルに対する脅迫』と考えて例外とすると、共通探索Aランクダンジョンは軽く二十を越えます」
資料のページをめくる音だけが大会議室に響く。
誰も彼もが息を呑んで、カーマインの次の言葉を待っているのだ。
「そのため、凶行の標的となった理由を見出すことは困難を極めましたが、十ヶ所近い共通点の中に一際目を引くものがありました」
カーマインは資料から顔を上げ、円卓を囲む貴族の面々に視線を巡らせ、そして正面の国王アルフレッドに改めて向き直った。
「Aランクダンジョン『奈落の千年回廊』――壁面がミスリルによって構成され、その最奥が魔王ガンダルフの領土たる『魔王城領域』に直結した迷宮。五名のAランク冒険者は、全員共通してこのダンジョンを探索した経歴の持ち主だったのです」
このパートは一回で終わらせる予定でしたが、想定より長くなりそうなので分割とします。
恐らくこのパートの後編と、ルーク視点のもう1パートで第五章の完結となります。




