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第215話 二度目の謁見

 その日の夕方、俺は王宮からの使者に呼び出されて、アルフレッド陛下の執務室へと出頭することになった。


 王宮を訪れるのはこれで二回目だが、緊張の度合いは前回の比ではなく、廊下を数歩進むごとに呼吸を整えずにはいられなかった。


 やはり一番大きな違いは、国王陛下がおられるかどうかだろう。


 王宮で働く人々も、前回の訪問時よりも格段に気を引き締めて仕事に臨んでいるように見える。


「(いよいよ、だな……)」


 竜王騎士団の近衛騎士に先導されながら、王宮を奥へ奥へと進んでいく。


 ガーネットはメインホールで待機しているように指示されたので、陛下のところには俺一人で――厳密には近衛騎士の監視付きだが――向かうことになっている。


 初めて謁見したときと同じだ。

 あのときもガーネットとフェリックスの付き添いは途中までで、陛下には俺だけで謁見することになった。


 けれどやはり、移動中の天幕とウェストランド王国の中枢たる王宮という場所の違いからか、今回の方が遥かに緊張の度合いが強い気がした。


「(遂に陛下の決定を伝えられるわけだけど……まさか自分がこんなことになるだなんてな。去年の自分に教えたら腰を抜かしそうだ)」


 先日は『新騎士団の設立とそれに伴う騎士叙勲を了承する』という意志を伝えるためにやって来て、その旨を担当大臣のキングスウェル公爵に伝達した。


 あのときは陛下が不在だったので一時預かりとなり、そして今日、正式に陛下の決定を伝えられることになるのだ。


「白狼の森のルーク。ここが陛下の執務室だ。粗相のないように気をつけろ」


 緊張で呼吸すら忘れそうになりながら、近衛騎士が開けた扉を潜って執務室に足を踏み入れる。


 王宮で最も豪華なのではと思えるほどの内装の部屋の中心に、精緻な細工が施された机が鎮座している。


 そして、机に積み上げられた書類の山の向こうに、獅子のような威厳を放つ人物が座していた。


「久しいな、白狼の森のルーク」

「お久し振りです、アルフレッド陛下」


 挨拶の定型句だけはどうにか滞りなく絞り出す。


「キングスウェル公爵から話は聞いている。しかも夜の切り裂き魔(ナイトリッパー)事件の解決にも一役買ったそうだな」

「あれは……半ば成り行きのようなものでしたから」

「謙遜するな。偶然だろうと何だろうと、功績には正しく報いねばならんものだ」


 陛下は執務机の椅子に大柄な体を収めたまま、立派に整えられた顎髭(あごひげ)を指で撫でた。


 髭というよりも獅子の(たてがみ)の一部なのではと錯覚しそうになってしまう。


 俺の後ろで直立不動の姿勢を保っていた近衛騎士が、落ち着き払った態度で口を開く。


「陛下。会議の時間が迫っております」

「おっと、すまんすまん。さっそくだが、白狼の森のルークよ。本題に入らせてもらうぞ。事件解決の報奨の話はまた次の機会だ」


 渇いた喉に生唾を無理やり流し込む。


 こんなに緊張したのは一体いつ以来だろう。

 単に何が何だか分からなかったからかもしれないが、最初の謁見のときですらこれほどではなかった。


 不思議なことだが――ガーネットを追って夜会に乗り込んだときも、緊張と呼べるような感情は覚えていなかった。


 それ以上に焦りと不安、そしてガーネットを発見してからは安堵の感情が圧倒的に強く、緊張で足が竦むどころか自然と前へ前へと足が進んでいたのだった。


「黄金牙騎士団と銀翼騎士団、二つの上級騎士団が一人の人材を奪い合って対立することは、俺としても看過できるものではなかった」


 陛下のよく通る声が執務室に響き渡る。


「近衛騎士団の竜王に任せるという案も容易には進まず、結局は貴様に重大な決断を迫ることになってしまった。それについては悪いことをしたと思っている」

「……もったいないお言葉です」

「して、新騎士団の設立および、白狼の森のルークの騎士叙勲と騎士団長就任……この案を受け入れてもらえるということだったな。どちらも前例のない話だが、俺の政治ではまぁよくあることだ」


 そして陛下は執務机の引き出しから、壮麗な装飾が施された封書を取り出し、収められていた書類を開いた。


 誰がどう見ても重要極まりない情報が記されているであろう紙片。こちらからは内容を透かし見ることすらできない。


「騎士叙勲をするにあたって、貴様にはいくつか与えねばならんものがある」


 陛下の口元にはどこか楽しげな笑みが浮かんでいた。


 まるで、これから告げるモノを俺に与えることが嬉しくてしょうがないかのように。


「まずは家名だ。騎士になるのだから当然だな。家臣達の間では、騎士団名と一致させるのが良いだろうという案が出ているが、貴様は何か希望があるか?」

「希望だなんてそんな……お与えいただくだけで身に余ると申しますか……」


 辛うじて平静を保ってはいたが、今にも緊張が精神的な許容範囲を越えてしまいそうだった。


「もう一つ、騎士である以上は領地も必要だ」

「や、やはり領地もなのですね……」

「こちらは直轄領から分け与えることになるゆえ、すまんが家名ほど希望を聞いてやることはできん。こちらが選定した候補の中から選ぶ程度の……どうした、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「いえ……あまりの光栄に目眩がしただけです」


 騎士は貴族と同様、一般人には許されていない『家名』を持ち、自らの領地を保有している。


 一般人が馴染み深い表現を使うなら、これは『報酬の現物先払い』に近い。


 普通なら働いた報酬として現金を得るが、騎士は予め領地として土地を与えられ、そこから得られる収入を自分達の生活や騎士団における活動費に充てるのだ。


「貴様も騎士となり騎士団を率いる以上、当然の義務として公務の一端を担ってもらわねばならん。もちろん貴様にできる役割を割り振るが、その資金を得るための領地は必要不可欠だろう」


 頭では充分に理解し、納得もしていたつもりだった。

 しかしいざそれが現実のものになると、なかなか冷静には受け止められなくなってしまう。


「あまり気負うな。今日のところは通達だけだ。詳細はここから詰めていくところだからな」

「は、はいっ」

「ところで、差し支えなければ答えてもらいたいのだが。提案を受けるつもりになった理由は、やはりレンブラントの娘か」


 ――レンブラントの娘。即ちアルマ・アージェンティアでありガーネット・アージェンティア。


 当然というべきか、この前の夜会の件は陛下の耳にも入っていたらしい。


 ガーネットの存在が話題に登った途端、頭の中をガチガチに固めていた緊張が嘘のように溶け落ちて、体があっという間に軽くなった。


 自然と口元に微笑が浮かび、そのまま陛下への返答を言葉にする。


「ええ、陛下。()()()()()という奴です」

「ははははは! 俺と同じだな! 大いに結構! ならば騎士になる程度のことを躊躇うはずがない!」


 初めて謁見をしたあの日、陛下は自分が国王になった経緯を教えてくれた。


 先王が後継者を求め、要求するアーティファクトを持ってきた者に娘と王位を与えると宣言したとき、陛下は身分を知らずに想い合っていたその姫のために王位を得ると決意した。


 まさか俺も同じようなことをするなんて、そのときは夢にも思っていなかったのだが――いざそんな状況が目の前に現れると、自分でも驚くほどにあっさりと覚悟が決まってしまうものだ。


「その話をもっと詳しく聞きたいところだが……」

「陛下、お時間です」

「……すまんな、会議に出席せねばならん」


 アルフレッド陛下は残念そうに首を横に振って、大きな体を執務机から立ち上がらせた。


「騎士団を率いるのであれば、俺とこうして顔を合わせることも増えるだろう。そのときに思う存分語り合おうではないか」

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