第214話 戦いから一夜明けて
――その後、俺とガーネットは銀翼騎士団の現場検証と事情聴取に延々と付き合わされることになった。
王都万神殿を後にしてからどのように移動し、どこでどんな戦闘を繰り広げたのか。
戦いの中で何を見て何を聞いたのか。
長らく続いた連続殺人事件の幕切れかもしれないとあってか、行動の再現も証言の聞き取りもとにかく念入りで、全てが終わった頃にはとっくに夜が明けてしまっていた。
必要なことだと分かってはいるが、それでもやはり死闘の直後の徹夜は大変で、俺もガーネットもふらふらになって別邸に帰り着いた。
「お帰りなさいませ。ご事情は団の方から伺っております。入浴の準備も済ませておきましたので、夜までごゆっくりお休みください」
侍女のアビゲイルが玄関先まで俺達を迎えに出て、深々と一礼をする。
普段どおりの落ち着いた態度の下に、柔らかな安堵の感情が見え隠れしている。
「悪いな、心配掛けたみたいだ」
「まったくです。どうせ朝帰りになるのでしたら、もっと色気のある理由にしていただけませんか」
「オメーは毎回毎回一言多いんだよ」
何はともあれ、こうして二人で無事に帰りつくことができたのは喜ばしいことだ。
アビゲイルの勧めに応じて風呂場で丸一日分の汗と汚れを落とし、割り当てられた部屋で体を休めることにする。
眠気を抱えながらベッドに腰を下ろしたところで、ガーネットが扉をノックして部屋の外から話しかけてきた。
「ちょっといいか、白狼の。さっき兄上から連絡があったんで、忘れねぇうちに伝えときたいんだが」
「団長から? 分かった」
返事をするや否や、ガーネットはあっさり扉を開けて部屋に入ってきて、俺の隣に腰を下ろした。
俺の方から部屋を出て話を聞こうと思っていたのだが、向こうにそのつもりがなかったなら仕方がない。
「さすがに昨日の今日なんで、あんま詳しいことまでは分かってねぇみてぇなんだがな。速報ってことで聞いてくれ」
ガーネットはベッドに腰掛けて、肩が触れそうな距離感でカーマインからの連絡の内容を話し始めた。
「今朝までに、オーガスト一座の宿泊場所のガサ入れはほぼ完了。だけど一座が夜の切り裂き魔の犯行に絡んでた証拠は見つかってねぇらしい。兄上の勘だと、一座は隠れ蓑に過ぎなかった可能性が高いみてぇだ」
膨大な人口を抱える王都には、数多くの旅芸人や大道芸人が集まってくるが、全員に自由な活動を許すと収拾がつかなくなってしまう。
このため王都では大道芸人の興行に許可が必要とされているのだが、個人活動よりも団体活動の方が許可を得やすいのだという。
そこで、普段は個人で活動している大道芸人達も、寄り集まって団体を結成するようにしているらしい。
オーガスト一座もその一つであり、アズールとピンキーも臨時加入の芸人として一座に加わっていたと聞いている。
つまるところ、オーガスト一座もまたある意味で被害者に過ぎなかったわけだ。
「とりあえずアズールとピンキーの荷物はきっちり押収して、徹底的に調べ上げてるところらしい。本人達は見つからなかったみてぇだけど、多分どっちも死んで……いや、ぶっ壊れちまってるんだろうな」
「最初にブルーノに両断された人形が、ピンキーに成り代わってた奴だったわけか?」
「多分そうだと思うんだが、確証はないみてぇだ」
ガーネットは困ったような素振りで金色の髪を軽く掻いた。
「前に偽物のアズールと出くわしたとき、あいつらは姉妹だけど素顔は似てなくて、化粧で見た目を近付けてるって言ってたろ? あれ、アズールの方に合わせる形で調整してたらしい」
「……もしかして、最初の人形がピンキーかどうか分からないのか?」
「今んとこは断言できねぇ。一座の一人が化粧してないピンキーを一度だけ見たらしいんだが、普段の顔と全然違うってことだけ覚えてて、どんな顔かは忘れちまったらしい」
これまでに得た情報を統合すると、夜の切り裂き魔の正体と目される二体の殺戮人形は、旅芸人姉妹の本物のアズールとピンキーに奇術のトリック用の人形として購入されたようだ。
その際に奇術で使いやすいよう姉妹に似せた顔を与えられ、姉妹が王都に入城した後で二人を殺して成り代わり、何食わぬ顔で活動していたのである。
こうした経緯のため、あの二体は『本物の姉妹と同じ顔をしている』という制約だけは覆すことができなかったわけだ。
「けどまぁ、十中八九あいつがピンキーで間違いねぇとは思うぜ。すっきりしねぇ感はあるけど、腰据えて調べりゃいずれハッキリするだろ」
そう言って、ガーネットは遠慮のない大あくびをした。
まるで昼下がりの猫のようだと思いつつ、依然として眠気の消えない頭で思いを巡らせる。
犯人らしき者達は討ち果たされた。
恐らくこれで連続殺人には終止符が打たれるのだろう。
しかし、事件が完全に解決したわけではない。
冒険者達が襲われた理由はまだ判明しておらず、あの人形達を送り込んだ首謀者がいることも容易に想像できる。
銀翼騎士団にとってはここからが捜査の本番であるに違いない。
「一応聞いてみるけど、犯行の動機なんかはまだ全然分かってないんだよな」
「当ったり前だろ。こっからだ、こっから……ふあっ……」
「……ミスリル絡みの件もまだまだってとこか」
「だな……ま、尻尾は掴めそうなんだし、兄上達を信じて待つさ。アガート・ラムじゃなかったとしても、密売組織って時点でオレの敵だしな」
夜の切り裂き魔の凶器がミスリル製の刃物であり、その入手経路が前々からミスリルを不正に卸していた鍛冶屋であるという推測は、ガーネットにとってこの事件において最も注目せざるを得ない要素のはずだ。
だからこそ昨夜も捜査に参加することを熱望したのだし、このままそちらの捜査に移ってしまってもおかしくないと感じていた。
けれどガーネットは、信じて待つと言った。
「いいのか? あっちの捜査に合流して、自分の手で追い詰めたいんじゃないかと思ってたんだが」
「バーカ。んなことしねぇよ。心配すんなって……」
「心配なんか……っと」
不意にガーネットが俺の肩に頭を傾け、体重を預けるようにしてもたれかかってきたかと思うと、そのまま穏やかな寝息を立て始めた。
まったく、今のはどう解釈すればいいのやら。
肩に心地よい重さと暖かさと柔らかさを感じつつ、俺の方も押し寄せる眠気に勝てなくなってくる。
そうして気が付いた頃には、二人してベッドに倒れ込んで、深い夢の中へと転がり落ちていたのだった。
章エピローグはもうちょっと続きます。




