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第211話 暗い町を駆ける

「よっしゃ……!」


 捜査に同行する許可を受け、ガーネットは今の自分の格好も忘れて拳を握り締めた。


 これでは着替えを指示されたのも当然だ。

 完全にスイッチが切り替わってしまっていて、服装に合わせた振る舞いができなくなっている。


 とりあえず別邸までの移動手段として、万神殿を警護する騎士団から、二人乗りができる体格の馬を一頭借りることにする。


 小柄なガーネットが前に、相対的に大柄な俺が後ろに座って馬を走らせようとした矢先、魔力で編み上げられた半透明の鳥がガーネットの肩に止まろうとした。


「うわっ! 何だこれ!」

「精霊獣? この造形、まさかあいつの……」

「万が一の連絡用にそれを付けておく! 扱い方は分かるかい!」


 カーマインが出発寸前の馬車の窓から顔を出し、俺達に向かって声を張り上げる。


「はい! 知り合いに使い手がいます!」

「それは良かった! 集合場所はガーネットに伝えてある! また後で合流しよう!」


 銀翼騎士団の馬車が走り出したのと同時に、俺達も二人乗りの騎馬で夜の王都を疾走する。


 手綱を握るのはガーネットだ。

 馬に(またが)ることすら不似合いな服装で、見事な手綱さばきで馬を操り、万神殿からアージェンティア家の別邸までの最短ルートを駆け抜けていく。


 その間に俺は、交戦するかもしれない『敵』の能力を想定(シミュレート)していた。


 倉庫街でブルーノと銀翼の騎士を襲った人形――あれが夜の切り裂き魔(ナイトリッパー)の凶器であるのなら、想定される手段は大きく分けて三種類存在する。


 一つ目は文字通りの遠隔操作。


 専門家である黒魔法使いのノワールから聞いた話だと、魔力波を四方八方に飛ばして命令を送る手法と、目に見えない魔力的な経路を構築してピンポイントで命令する手法があるという。


 双方に長所と短所、あるいは得手不得手が存在するため、用途に合わせた手法を選んで使うのだそうだ。


 ちなみに前者は、かつて魔王軍に寝返った白魔法使いのブランが、地上に送り込んだマッドゴーレムを地下の『魔王城領域』から操ってみせたのと同系統の能力である。


 もちろんあれは魔王軍の独自技術あってこそ。

 普通の人間が自力で操るのなら、操作可能な距離はさすがにあれほど広くはならないらしい。


「なぁ、ガーネット。前に聞いた、遠隔操作スキルの魔力波を逆探知する装置って奴、あの倉庫街も効果範囲に収めてあるのか?」

「当然だろ。うちの騎士団も真っ先にチェックしてるだろうから、人形を遠隔操作してた線は薄いと思うぜ」

「魔力的な経路を構築するとかいうやり方なら?」

「そっちも逆探知の対象だ。この天下の王都じゃ、誰にも気付かれずに遠隔操作するなんざできねぇよ。術者はあの近くにいたはずなんだ」


 二つ目は、ガーネットが言ったような近距離からの操作。


 これにも複数の種類があり、代表的なのは魔力をピンポイントで照射する手法と、魔力の糸を操り人形(マリオネット)のように繋げて操る手法とのことだ。


 遠距離からの操作と比較すると、術者が戦闘に巻き込まれるリスクはあるが、その代わり消費魔力が少なく操作の精度も向上するらしい。


「……ブルーノが人形を両断したときのこと、思い返してみたんだが……やっぱりギリギリ間に合ってたはずなんだ」

「間に合ってた? 何が」

「右目の分解……『叡智の右眼』の発動だ」


 ガーネットの左肩を掴んで馬に揺られながら、右目に片手を持っていく。


「完全に効果が出たのは人形が両断された直後だったけど、魔法の残滓が一瞬で消え失せたりはしないだろ。魔力を直接送り込んでるにせよ、魔力の糸で操ってるにせよ、その名残りくらいは見えるはずだと思うんだ」

「オレに言われても分かんねぇよ。見えてんのはお前だけなんだからな」


 もっともなことを指摘してから、ガーネットは真剣な声色で発言を続けた。


「けど、お前がおかしいと感じたんなら、やっぱり何かおかしかったんだとは思うぜ。その『右眼』って、理屈やら何やら丸ごとすっ飛ばした代物なんだろ?」

「多分な。だけどそうなると、誰かが操作していたんじゃなくて、自律的に動いていた可能性も……」


 三つ目の手段は、ゴーレムに代表される自律動作だ。


 術者がリアルタイムで制御するのではなく、予め組み込んだ命令と魔力リソースによって自動的に行動させるのである。


「だったらゴーレムみてぇに単純で鈍重な動きが関の山だろ。あんな戦闘技術なんざ発揮できるわけがねぇ」

「まぁ……現実的に考えたらそうなるよな」


 俺の仮説はガーネットに正論で真っ向から否定されてしまった。


 これに関してはガーネットの言うとおりである。

 古代文明の遺産とも言われる、ダンジョンに眠るゴーレムの数々ですら、単純な動きで単純な命令をこなすことしかできないのだ。


 現代の魔法使いが生み出すゴーレムも、未だにその水準を越えるには至っていない。


 結局、専門家でもない俺がいくら頭を捻ったところで、犯人があの人形を操っていた手段を解き明かすことはできそうもない。


 そうこうしているうちに、俺達を乗せた馬は別邸までの最短経路を邁進(まいしん)し、民家から離れた人気(ひとけ)のない区域に差し掛かった。


 光源はまばらな街灯と頭上に輝く月だけ。


 その月の光がほんの一瞬だけ何かによって遮られ、視界が瞬間的に薄暗くなる。


 ――俺達が行動を起こしたのはほぼ同時だった。


 どちらからともなく互いの体を掴み、横へ転がるように馬から飛び降りる。


 まさにその瞬間、光り輝く刃が無人の馬上を掠め過ぎ、石畳の路面に深々と突き刺さった。


「くっ、やっぱりか!」

「白狼の! 街灯の上だ!」


 痛みを堪えながら身を起こし、最も近い場所にある街灯を見上げる。


 そこに佇んでいたのは、あの人形と同じ衣服に身を包んだ、黒尽くめの人影であった。


「騎士団じゃなくて俺達を追ってきやがったか! ご苦労なこった!」


 ガーネットが素早く剣を抜き放つ。


 俺も即座に小鳥の精霊獣を呼び寄せ、現状を伝える言葉を吹き込んでから解き放った。


「……白狼の。あいつも人形か? それとも本体か?」

「待ってろ、今確かめる」


 右目に手をかざして【分解】を発動させようとした直後、人影が街灯を蹴って一直線に飛び掛かってきた。


 激突し火花を散らす二振りのミスリルの刃。


 人影はガーネットの剣を片手持ちの短剣で防ぎ、もう一方の手に握った短剣を首筋めがけて振り抜いた。


「ちっ!」


 ガーネットは身を反らしてそれを避け、同時にスカートをはためかせて蹴りを繰り出し、人影を道の反対まで突き飛ばした。


 たった二、三秒の閃光のような攻防。


 その間に俺の右目は形を失い、青く燃え(たぎ)る炎のような魔力の塊へと姿を変え、黒尽くめの人影の姿を真正面から捕捉していた。

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