第208話 夜道を行く馬車の中で
ブルーノとの会話から間もなく、銀翼騎士団の護送馬車が到着し、ブルーノと人形の残骸を乗せて走り去っていく。
それと同時にやってきた馬車から、洒脱な服装をした金髪の若い騎士が降りてきた。
俺達にとってはすっかり顔馴染みになった男、銀翼騎士団長のカーマインだ。
「げっ、兄上……」
「やぁアルマ。事情は聞かせてもらったよ。デートの最中なのに災難だったね」
「そういうんじゃねーっての!」
ガーネットは他の騎士に聞こえない程度の声量で、本気ともからかいともつかないカーマインの言葉に言い返している。
実の兄妹というだけあって、ガーネットの対応にもなかなか遠慮がない。
同僚の騎士とは違って素性を隠す必要がないのも大きそうだ。
「さて、ルーク君。今夜は団の馬車で送らせてもらうよ。その間に色々と話を聞かせてもらえたら嬉しいんだけどな」
「しなくていいからな!」
「酷いなぁ。夜会にも参加できなかったんだから、話くらい聞かせてくれてもいいじゃないか」
ガーネットとカーマインのやり取りを苦笑して眺めつつ、カーマインが乗ってきた馬車に相乗りさせてもらうことにする。
四人掛けの頑丈な馬車に俺とガーネットが隣り合って座り、その前の席にカーマインが腰を下ろす。
馬車が大した振動もなく走り出したところで、カーマインが改めて口を開く。
「本当に良かったよ。これなら一番いい形で丸く収まりそうだ」
それは先ほどまでの茶化すような口調とはまるで違う、優しい声色をしていた。
「事件の話か?」
「まさか。君達のことに決まってるじゃないか」
むっと押し黙るガーネット。
カーマインはそんな妹に慈しむような眼差しを向けている。
「……ルーク君。知っての通り、こう見えてもガーネットは繊細な子だ。傍にいて支えてやってくれないか」
「はい、任せてください」
以前カーマインが休暇の名目でグリーンホロウを訪れたときのことを思い出す。
あのとき、カーマインはとにかくガーネットの心情を気にかけていた。
幼い頃に母を失って以来、身内の前ですら滅多に笑わなくなった少女――そんな彼女が俺の前では屈託のない笑みを浮かべているのだと、カーマインは言っていた。
そして、母親に続いて俺まで喪うようなことがあれば、今度こそ心が壊れてしまうかもしれないと。
にもかかわらず、俺はグリーンホロウの地下に広がる『魔王城領域』における魔王ガンダルフとの戦いで、危うくガーネットの目の前で命を落とす瀬戸際に立たされてしまった。
もうあんな真似をするわけにはいかない。
俺はその覚悟も込め、カーマインの顔を真っ直ぐに見据えて返事をした。
「ありがとう。ガーネットもなるべくルーク君に迷惑は掛けないように。甘えて困らせるくらいならいいけどね」
「んなこと誰がするか。ったく……ん?」
ガーネットは窓縁に頬杖を突いて暗い窓の外を見やっていたが、不意に怪訝そうな顔で眉をひそめた。
「おい、何か道が違わねぇか。うちの別邸とは方向が逆だろ」
「えっ? そうなのか?」
俺は王都についての土地勘がなく、外も暗くなっているので全く分からなかったが、ほぼ地元といえるガーネットが言うならそうなのだろう。
説明を求めるためにカーマインの方へ視線を戻すと、カーマインは俺が何か言うよりも先に、騎士団長らしい真剣な表情で話題を切り替えてきた。
「確認が遅くなったことを謝罪するよ。ルーク君、君にお願いしたいことがある。夜の切り裂き魔事件に関わる大事なお願いだ」
「ちょっと待った、兄上。陛下が戻られるまで、白狼のには協力要請はできなかったんじゃないのか」
「この状況で丸一日も間を空けるわけにはいかないだろう。陛下のお叱りは覚悟の上だ。僕の責任で横紙破りをさせてもらうことにしたよ」
一体どんな事情があるのかは知らないが、どうやら本来なら俺に協力を要請するのはよろしくないことだったらしい。
事件解決のためにカーマインが無理を押し通そうとしていることが伝わってきたので、俺もその覚悟に応えることにした。
「……詳しく聞かせてもらえますか」
「ありがとう。もちろん聞いた後で拒否してくれても構わない。その場合はすぐにうちの別邸へ進路を変えさせる」
カーマインはそう前置いた上で、俺に対する協力要請について、その前提となる情報から順番に語り始めた。
「恐らく君は夜の切り裂き魔事件について最小限の情報しか知らないだろうから、そこから説明させてくれ。ガーネットもあまり詳しく教えていないんだろう?」
「オレはその事件の担当じゃねぇからな。それに護衛任務は継続してるんだから、下手に伝えて首を突っ込まれても困るだろ」
「うん、銀翼の騎士として正しい対応だ。足りない情報は僕が補おう」
――カーマイン曰く、夜の切り裂き魔の犠牲者は様々な理由から、実際の半分程度しか公開されていないらしい。
第一の事件は、身元も分からないほどにバラバラにされた死体が二つ。
当初は一人分の死体と誤認され、二人だったと判明した後も公表はされていない。
第二の事件は現役Aランク冒険者が犠牲となったが、この時点では連続殺人とは思われていなかった。
ロイとの会話で出てきた『犠牲者の一人がAランク冒険者だったので、結構大きな話題になった』というのはこの事件のことだ。
第三の事件の犠牲者は、冒険者ギルドの要職に就いていた元Aランク冒険者。
これはギルドからの要請で事件が伏せられていたらしく、俺も驚かずにはいられなかった。
第四と第五の事件はかなり前に引退した元Aランク冒険者が殺された。
元冒険者だと判明したのは報道が広まってからだったので、ギルドも事件そのものは隠蔽できず、元冒険者というのを秘密にするのが関の山だったらしい。
「そして、つい先日まで未発表だった第六の事件。発生から何日かは情報公開を控えていたんだが、さすがに死体の目撃者が多くて隠しきれなくてね。今日の新聞にも載っていたと思うんだけど……知らなかったって顔だね」
「ええ、まぁ……昨日今日とやることが多くて、あんまり落ち着けてませんでしたから」
具体的にどうして忙しかったのかは言わないことにする。
暗いニュースが載っていそうな紙面に目を通したくない心境だったというのは、素面で言える理由ではなかった。
「第六の事件は前々から模倣犯が疑われていて、血染めの刃のブルーノが自供したことで確信に至った。後は第一の事件の犠牲者の身元さえ分かれば、犠牲者の共通点を確定させることができるかもしれない」
「現役か引退済みかの違いはあれど、全員Aランク冒険者ですね」
「その通り。もちろん、それ以外の共通点も全力で調べ上げているところだ。例えば受けた依頼だとか、潜ったことのあるダンジョンだとかね」
「……そいつはまた大変そうな……」
想定される作業量の膨大さに、部外者ながら同情の念を禁じ得ない。
複数の冒険者――それもAランクに上り詰めるほどのベテランの膨大な依頼受諾記録やダンジョン挑戦申請を根こそぎ集め、それらを参照し合って共通点を見出すなんて、想像するだけで目眩がしそうになる。
「同情ありがとう。任せてある部下は後でしっかり労ってやりたいよ。それはともかく、君にお願いしたい作業なのだけれど……」
馬車がどこか大きな建物の敷地内に入り、そこで停車する。
そこは俺にも見覚えがある場所――王都万神殿の正面入口であった。
「王都万神殿に魔法的な手段で保管されている、第一の事件の犠牲者二名の亡骸。君にはそれらを【修復】してもらいたい。せめて顔だけでも分かれば、いくらでも調べようがあるからね」




