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第203話 裏路地に流れる鮮血

 運河周辺に広がる倉庫街。


 輸送船から降ろした積荷を保管するという役割のため、昼間は賑やかだが夜になると不気味に静まり返る地区。


 それを横切るように伸びた裏道の奥から、濃厚な血の臭いが漂っている。


 冒険者として生きてきた十五年間の経験が、俺を腐臭と血の臭いに敏感にさせていた。


 この手の臭気がする場所の近くには、人を死に至らしめる原因が存在する可能性が高いからだ。


 迷宮であれば罠の類。

 自然環境を内包するダンジョンであれば人食いの魔獣。

 そして町中であれば何らかの事故か――殺人だ。


 ガーネットも騎士として同じ考えに至ったらしく、俺達は同時に思考回路を切り替えて最大限の警戒を裏路地へ向けていた。


「……どうする、ガーネット」

「どうもこうもねぇよ。一番近い騎士団の詰所に行って……」


 だがその直後に起きた出来事によって、そんな悠長にしていられる状況ではなくなってしまう。


「…………う……うわああああああっ!」


 裏道に響き渡る悲鳴。

 転びながらも駆け寄ってくる必死の足音。


 とっさに剣をガーネットに渡そうとしたが、それよりも先に走ってくる人物の正体に気がついた。


「コリン! どうした、何があったんだ!」

「ルッ、ルルル、ルークさん! ひ、人が斬られて、こここ、殺されて……!」


 その直後、剣がぶつかり合う甲高い金属音が鳴り響いた。


 ガーネットと視線を交わし、お互いに頷きあって次の行動を即座に決定する。


「俺達が様子を見てくる。お前は騎士を呼んできてくれ」

「はっ、はいい!」


 完全に混乱しきったコリンに明確な指示を出す。

 こういうとき、人間は自分の判断で動くことができなくなるものだ。


 コリンを送り出し、すぐさまガーネットに剣を鞘ごと投げ渡して裏道へ駆け込む。


 二回三回と散発的に鳴り響く剣戟の音。

 一歩進むごとに濃厚になっていく血の臭い。


 発生源は倉庫街の只中の十字路――それを右手に曲がった先か。


 曲がり角の手前で急停止して、まずは何が起こっているのかを確かめる。


 そこにいたのは抜き身の剣を手にした三人の男と、物言わぬ二つの死体であった。


 生きた三人は手前の二人と奥側の一人に分かれて睨み合い、互いに隙を伺っているようだった。


「……ありゃ銀翼の騎士だな」

「三人共か?」

「いや、手前の二人だ。もう一人の方は……どっかで見たことあるような……」

「まさか、あいつ……」


 奥の男がゆっくりと数歩前に間合いを詰め、姿形がよく見えるようになる。


 血塗れの剣をだらりと下げ、やつれた顔にぎらつく瞳を輝かせた剣士。


「ブルーノ、なのか」


 俺がそう呟いたのとほぼ同時に、ブルーノは不敵な笑いを浮かべ、二人の騎士に挑発的な言葉を投げかけた。


「おいおい()めてくれよ。こいつらをぶった斬ったのは正当防衛なんだぜ?」


 剣を構えもせずに腕をぶらりと垂らし、全く焦りを感じさせない余裕の態度を見せているが、それでいて隙らしい隙は全くない。


 病で肉体が衰えても、勘と技術は鈍っていないということが、あの姿を目の当たりにしただけで明白に伝わってくる。


「あんたらも見てただろ? こいつらが先に襲いかかってきたところをな。俺のことをしつこく見張ってたんだから、見てなかったとは言わせねぇぜ」

「事情は詰所で聞くと言った。その剣を証拠として引き渡せとも。指示に従わないのであれば制圧せざるをえん」


 この短いやり取りだけでも、おおよその経緯を察することはできた。


 殺された二人と何らかの原因で揉め事を起こし、向こうから襲いかかってきたことを理由に切り伏せ、それを目撃した騎士に剣を捨てるよう要求されている――これがブルーノの主張だ。


 しかし都合よく騎士が居合わせていたのは、最初からブルーノが警戒され尾行を受けていたからだとしか思えない。


 そして騎士達の反応を見る限り、尾行されていた理由は刃傷沙汰を警戒されたからだろう。だが……。


「……あいつ、どうして剣を渡さないんだ……」


 理解できないのはそこだ。


 たとえどんな事情があったにせよ、人を殺めた現場を騎士に目撃された時点で、指示通りに証拠を提出して判断を委ねるのが最善手のはずだ。


 意味もなく反抗したところでメリットはないし、ましてや剣戟で抵抗したら正当防衛の主張すら怪しくなってしまう。


「もう一度だけ勧告する。三つ子岩のブルーノ。剣を渡して我らに同行せよ。指示に従わないのであれば武力をもって制圧する」

「はぁ……どうしてもこの剣を調べたいってわけか。しょうがねぇなぁ。もう一つの選択肢を選ぶしかないじゃねぇか」


 ブルーノは左手で髪をかきあげ、そして禍々しい笑みを浮かべた。


「バラバラ死体が四つに増えりゃ解決だ。今度はどこの誰かも分からねぇくらいに刻んでやるよ」

「貴様……!」


 構えを取る二人の騎士に、ブルーノが猛烈な速度で踏み込んで斬りかかる。


 剣と剣が激突した瞬間、耳を疑うほどの轟音が裏路地に響き渡った。


 ブルーノと二人の騎士はその勢いのままに刃を振るい、目にも留まらぬ速度で斬り結び合う。


 病に倒れたとは思えない剣撃――ブルーノを知らない奴ならそう思ったかもしれない。


「……ブルーノの奴、やっぱり()()()()()()

「あれで弱ってるって? 銀翼(うち)の騎士が弱いとか言うんじゃねぇだろうな」

「まさか。容疑者として生け捕りにしようとしてるからだろ。今のブルーノなら、二人がかりで本気で殺しにかかればすぐに終わるはずだ」

「全盛期ならこれでも勝てたってか。冗談きついぜ」


 ガーネットが物陰から様子を窺いながら苦笑を漏らす。


 俺はその仮説を否定しようとは思わなかった。

 充分に可能性のある結果だからだ。


 やがて二人がかりの連撃に押し切られたブルーノが、手傷を負いつつ後方へと飛び退いた。


 右腕が深々と斬り裂かれて大量に出血しており、常識的に考えれば戦闘続行は不可能かと思われたが、その傷は瞬く間に塞がって出血も停止してしまった。


「【自己再生】スキルだ。あいつの強さの源の一つだったんだが……それでも病には勝てなかったんだな」


 ブルーノは俺達の存在に気付くことなく、仕切り直しだとばかりに剣を構え直した。


 このまま隠れ続けるべきか、騎士達に手を貸すべきかをガーネットに相談しようと思った矢先――裏路地の奥で予想もしなかった異変が起こる。


「ははは! 甘い甘い! この程度で俺を――」


 再び騎士達に斬りかかろうとするブルーノ。

 その背後で白刃が(きら)めく。


 噴水のような鮮血がブルーノの首筋から噴出し、倉庫の壁を目も眩むような鮮血で染め上げる。


 ブルーノが倒れ込んだその後ろには、フードで顔を隠した黒尽くめの人影が佇んでいた。

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