第200話 たまには『それ』らしく
次の日の朝、俺達はアージェンティア家の別邸を出て、昨日とは違う道を通って王都を歩いていた。
俺は普段の冒険者時代とあまり変わらない服装ではなく、ガーネットもいつもの少年的な格好ではない。
アビゲイルの強い勧めに折れる形で、二人ともサンダイアル商会から送られた揃いの服に身を包み、周囲の反応を気にしながら歩を進めている。
実際は誰も俺達のことを気にしていないのだろうが、そうと分かっていても意識してしまうのが人情というものだ。
「あんまり緊張してると逆に目立つぞ」
「き、緊張なんかしてねぇし。どこに目ぇ付けてんだ」
ガーネットは帽子の下で表情を制御しようと悪戦苦闘していた。
緩む頬を引き締めようとしているのか、それとも引きつりこわばる顔を解そうとしているのか。
どちらにせよ、これではどこかに行くどころではないので、しばらく周囲を目的もなく散歩してみることにした。
何気ない会話を交わしながら、揃いの格好で連れ立って歩くことに慣れようとする。
俺の方はいつもと違う装いのガーネットに対する戸惑いが大半なので、割とすぐに慣れることができそうだったが、ガーネットの方はしばらく時間が掛かりそうだ。
一昨日、アビゲイルの服を借りたときとは状況が違う。
あれはあえて地味に作られた仕事着で、俺と服装の意匠を揃えているということもなかった。
いや、むしろ逆に考えると、一昨日の経験があったからこそ今日はこの程度で済んでいるのかもしれない。
「そろそろ落ち着いてきたか?」
運河沿いの小道を歩きながら、改めてガーネットの様子を伺ってみる。
「何言ってんだ。最初から落ち着いてるっての。にしてもよ、ここまで目立っても意外と怪しまれねぇもんだな。一昨日といい、こういう変装は効果が高いみてぇだ」
ガーネットは帽子の縁を引っ張って周囲から顔を隠しながら、無遠慮に口の端を吊り上げて笑った。
それはそうだろう。怪しむ怪しまない以前の問題だ。
今の俺達は誰がどう見ても……一昨日の外出のときに輪をかけて、そこら中にいる男女の連れ合いと変わらない装いなのだから。
「慣れてきたみたいで何より。だったら、もう少しそれらしくしてみるか」
「あん? それっぽくって……」
「ほら、こう」
お互いに前を向いて歩きながら、よく分かっていない様子のガーネットの手を握ってみる。
次の瞬間、ガーネットは驚かされた猫のような勢いで横に飛び退き、手を振り切って真っ赤な顔を俺に向けてきた。
機敏すぎる動きに周囲の人間が何事かとこちらを見やる。
「ななな、お前っ……!?」
「せっかくだからそれらしいことを、って思ったんだけど、まずかったか?」
「い、いや、悪かねぇけど……せめてする前に言えっての……んなもん驚くに決まってんだろ……」
ガーネットは握られた手をさすりながら、顔を赤らめたまま睨むような目つきで視線を泳がせている。
あまりの初々しさに、つい頬が緩んでしまいそうになる。
以前にナギとメリッサの間の恋愛の機微を察してみせたことからも分かる通り、恋愛関係についての知識が全くないというわけではないはずだ。
しかしどうやら、知識はあって他人事なら勘も働くが、いざ自分のことになると何をどうしたらいいか分からなくなってしまうらしい。
男所帯の銀翼騎士団で性別を隠して活動していたからか、騎士団長の娘という令嬢と呼ばれてもおかしくない出自ゆえか、それとも純粋に生まれついた性格なのか。
いずれにせよ、こういう不器用な好意を向けられるのは嬉しいものだ。
「それじゃ仕切り直しだ。ガーネット、手を繋いでくれないか?」
「……恥ずかしげもなく言い切りやがって……ああ、くそっ。分かった、オレの負けだ。けど頼むから手加減はしろよ? テメェと違って完全に初心者なんだからな」
「善処するよ」
差し出した手が遠慮気味に握り返される。
その手の小ささと細さを改めて実感しながら、運河沿いの小道を会話もなく歩いていく。
ガーネットは露骨に顔を逸らしたままで一言も喋ろうとしなかったが、手を繋いでいることを嫌がる様子はなかった。
むしろ嫌がるどころか、何かの拍子にうっかり手が離れそうになったときには、自分から俺の手を追いかけて強く握り返してくるくらいだった。
しばらくの間、そのまま散歩気分で運河に沿って歩いていると、知らないうちに王都を囲む城壁の近くにまでやって来ていた。
「凄いな……こんなに大きな水門なんて初めてみたぞ」
目の前の大規模建造物につい驚きの声を漏らす。
王都に隣接する大河から引き込まれた運河は、城壁に設けられた水門を潜る形で都市内へと流れ込んでいる。
高度な技術で構築された水門の下を、大小様々な何隻もの貨物船が通過する様は、まさに圧巻の一言だ。
「……っと。悪い、今はそんな場合じゃなかったな」
うっかり運河と水門に注意を奪われてしまったが、異性を連れて歩いているときの話題としては、あまり望ましいものではないだろう。
しかしガーネットは妙に楽しげな顔で俺の顔を見上げていた。
まるで、俺を見ていることが楽しいのだと言わんばかりに。
「どうかしたか……?」
「いや、別に? うちの騎士連中も、こういう機巧が好きな奴が多かったなって思っただけだ」
繋いでいない方の手で軽く頭をかく。
ただの偏見かもしれないが、大型機巧に興味を示す奴の割合は、確かに女よりも男の方がずっと多いかもしれない。
それがどうしたと言われたらそれまでだが、普段から言動や振る舞いが粗雑で――いわゆる男っぽいという表現がぴったりなガーネットが、そうではない側面を垣間見せる瞬間には、いつも年甲斐もなく心を揺り動かされてしまう。
「上まで登ってみるか? 見張りの奴らは山程いるけど、階段で城壁の上まで行けるようになってるんだ」
「いいな、それ。せっかくだし行ってみようか」
ガーネットの誘いに乗って、水門近くの城壁沿いの階段を登ってみることにする。
階段の入口にも途中にも衛兵が配置されていたが、どうやら観光地としてきちんと開放されているらしく、簡単なチェックだけで上へ通過することができた。
「……あー、くそっ。やっぱコレだと脚とか動かし辛ぇな」
「ほら、もう少しだ」
穿き慣れない長めのスカートに悪戦苦闘するガーネットの手を引いて、城壁上部の一般開放区域へとたどり着く。
――そこから見渡す光景は、まさしく絶景と呼ぶに相応しいものであった。
(記念すべき第200話がデート回という。第100話は敵幹部集合回だったけど)