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第198話 サンダイアルの届け物

 ガーネットの提案を受け、アージェンティア家の別邸へと戻ることにする。


 侍女のアビゲイルには、またもや日没前に帰ってきたことを呆れられてしまったが、今日は買い物のために歩き回って疲れたので、早く休息を取りたいという気持ちが強かったのだ。


 リビングで一休みしてから夕食を取り、一日の汗を洗い流してからゆっくり寛ぐ体勢に入る。


 国王陛下が王都に戻るのは二日後の夜であり、やっておきたかったことは土産物の購入も含めて全て終わらせた。


 これで予定通り、明日一日と明後日の日中を丸ごと空けることができた。


 どこに行って何をするのか決めておくべきだろうか。

 アビゲイルにお勧めの場所を教えてもらうのもいいかもしれない。


 そんなことを考えていると、玄関の方で来客の気配がして、アビゲイルが応対に向かっていった。


 しばらくしてから戻ってきたアビゲイルは、両手で大きな袋を抱えていた。


「……何だそれ」

「サンダイアル商会からのお荷物です。代金は配送料も含めて既に受け取っているとのことでした。ガーネット様はご存知ありませんか?」

「いいや、全く」


 ガーネットは訝しげに首を傾げているが、俺には荷物の中身の心当たりがあった。


「思ったより早かったな。まさか今日中に届くなんて」

「あん? 白狼の、お前の荷物か?」

「まぁ、ちょっとな」


 ガーネット達も興味ありげに視線を送ってきている状態で、しっかりと梱包された袋を開封する。


 袋の中身は数着の衣服だ。それも俺が着るにはサイズもデザインも不釣り合いな。


 ドロテア会長の迅速で確実な仕事ぶりに感謝と感嘆を覚えつつ、その服をあるべきところへと手渡す。


「ほら、ガーネット」

「……え?」


 完全に不意を打たれた様子で、ガーネットは押し付けられるがままに服を受け取った。


「今日サンダイアル商会に行っただろ。そのときに『アルマとガーネットに似合う服が欲しい』ってドロテア会長に相談したんだ。後でグリーンホロウに届けて貰えればって思ってたけど、その日のうちに届くなんて凄いよな」

「お、お前……! オレがいねぇところでそんなこと話してやがったのか!」


 ガーネットは怒りとも困惑ともつかない顔で大声を上げたが、服はしっかり抱えたままで投げ捨てたりはしなかった。


「さすがです、ルーク様。このご厚意を無下にするわけにはいきませんよ。さぁさぁ、こちらへ」

「ちょ、おい! 押すなって!」


 明らかに上機嫌になったアビゲイルが、ガーネットの背中を押して別の部屋へと姿を消した。


 一人だけ部屋に残されて、しばらく待ち続ける。


 やがてアビゲイルに連れられて戻ってきたガーネットを見て、俺は呼吸をするのも忘れそうになってしまった。


 夜会で着用していたパーティ用の衣装とも、昨日着ていた()()用の侍女服ともまるで違う、日常の中で違和感なく着飾って街を歩くための外出着。


 過剰な露出はなく、過剰な装飾もなく、ごく自然に着用者を彩る服。


 しかしそれは、(たと)えるならば宝石を支える土台の指輪のようなもの。


 さながら貴金属の指輪に輝く柘榴石(ガーネット)のように、ガーネットという少女の顔貌(かおかたち)が洒落た服に包まれて映えていた。


「何か言え……やっぱ何も言うな。何言われてもヤバい予感しかしねぇ」

「……嫌なのか? せっかく何を言おうか考えてたのに」

「嫌じゃねぇから嫌なんだよ……ああくそ、ぜんっぜん調子出ねぇ……」


 そんなやり取りを交わしていると、いつの間にかこの場を離れていたアビゲイルが、玄関からもう一つの袋を抱えて戻ってきた。


「一度に持ちきれなかったので後回しにしていましたが、実はまだ荷物がありまして」

「マジかよおい、何着送りつけてきやがったんだ」


 ガーネットは露骨にたじろいだ様子で顔を歪めた。


 少女的な可愛らしい服装で、普段通りの荒っぽい喋りと表情をするものだから、ギャップがとにかく凄いことになっている。


 それがむしろ良いと感じてしまうあたり、俺も大概にのぼせ上がってしまっているのかもしれない。


「こちらにはドロテア様からのお手紙が添えられております。僭越ながら私がお読み上げいたしましょうか」

「頼めるか?」

「承りました。定型文の挨拶は省略いたします。では……」


 アビゲイルは咳払いでもするような仕草をしてから、普段よりもよく通る声でドロテア会長の手紙を読み上げ始めた。


「……さて、注文いただいた通りガーネット卿とアルマ嬢にお似合いと思われるお召し物を発送させていただきましたが、どうしても気がかりなことがございます。それはご兄妹の隣りにあるルーク殿の装いが不調和を生んでしまうのではという懸念です……」

「ん……?」


 何やら流れが変わってしまう予感がした。

 この前振りはまさか……。


「……つきましては、誠に勝手ではありますが、ご兄妹に見繕わせていただいたお召し物と(こころよ)く調和する衣服をお贈りします。私共の自主的な行いでありますので、代金等はいただきません。ご兄妹と外出なされる際にお召しいただければ幸甚の至りです……」


 ドロテアのいい笑顔が頭に思い浮かぶ。


 しまった、完全にしてやられた。

 想定外の事態に思考が追いつかない。


 ガーネットに服を送るためにドロテアに相談を持ちかけた裏で、ドロテアはガーネット――あるいはアルマの隣を歩くに相応しい格好を俺にさせようと計画していたのだ。


 そして当然というべきか、ガーネットが悪童のような笑みをにんまりと浮かべて俺の肩に手を置いた。


「よかったな、お前の服だとよ。当然オレにも見せてくれるんだろ? オレだけ着せ替え人形なんて不公平だしな」

「僭越ながら私もドロテア様に賛同いたします。見るからに冒険者崩れな格好でお嬢様の隣を歩かれるのは、少々不釣り合いなのではと愚考しておりました」


 二人がかりの圧力が左右から俺を挟み込む。


 どうやら逃げ場はなさそうだ。

 無駄な抵抗を諦めて、俺は着替えのために別の部屋へと移動した。


「……洒落(しゃれ)てる服だってのは分かるけど、こんなの似合うのか?」


 あえて言葉で表現するなら、垢抜けているとか洒脱(しゃだつ)だとか、あるいは瀟洒(しょうしゃ)だとか言われるような服である。


 野暮ったさがなくシンプルに洗練されていて、嫌味な派手さもなく適度に見栄えも良い。


 しかし俺にとって、服といえば頑丈さと動きやすさと長持ちのしやすさに重点を置き、実用性一辺倒で選ぶ代物であった。


 そんな自分に、果たしてこの手の服が似合うものかどうか。

 先日の夜会服のときもあまりの似合わなさに苦笑したというのに。


「けどまぁ……着ないわけにはいかないよな」


 不安を抱えたまま着替えを済ませ、意を決して二人のところへ戻る。


 ガーネットとアビゲイルは揃って目を丸くすると、色々な角度から遠慮なくまじまじと眺めてきた。


「へぇ……! けっこういいじゃねぇか!」

「細身というのが長所となっているようですね。さすがはサンダイアル商会の見立て……侮れません」


 肯定的な反応を貰えているのは有り難いが、どうしても嬉しさより気恥ずかしさが強くなってしまう。


 そんな内心を見透かしたかのように、ガーネットはにやりと不敵に笑って――服装の雰囲気もあって普段よりも可愛らしく見えたが――動揺する俺の顔を覗き込んできた。


「これで少しはオレの気持ちが分かったか? ちなみにオレはお前の気持ちが分かったぜ。こいつは他人事なら楽しいな!」

「男の着せ替えなんか楽しくもないだろ……」


 正直、どちらの気持ちに関しても否定のしようがなかったので、苦しい言い逃れだと理解しつつ話をそらそうとしてみる。


 しかしそんな抵抗をガーネットの余裕ごと叩き潰す横槍が、アビゲイルという別働隊から繰り出された。


「お二人とも大変お似合いです。並んで歩けば見事に調和する色使い……この選択をした方はその道の匠ですね。誰が見ても恋人同士であると一目で理解することでしょう」

「んなぁっ……!?」


 ガーネットが変な声を上げて硬直する。


 その間にもアビゲイルは、立て板に水といった勢いですらすらと語り続けた。


「明日は揃いの服でお出かけなさいますように。是非ともそうすべきです。このアビゲイル、他の服を根こそぎ洗濯して選択肢をなくすことも(いと)いません」

「なっ、おま、こいっ……!」


 まともに怒ることもできていないガーネットの隣で、俺は何も言えずに天井を見上げていることしかできなかった。

本日は書籍版「【修復】スキルが万能チート化したので、武器屋でも開こうかと思います」の発売日です。

皆様の応援でここまで来ることができました。本当にありがとうございます。

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