第196話 夕暮れまでのショッピング
ガーネットは俺の返答に満足したように頷いて、軽やかに踵を返した。
「ならよし! 晩飯まではまだ時間があるし、もうちょっと王都を見て回るか!」
「次に行きたい場所は……そうだな、土産物を買える場所は近くにありそうか?」
「店の連中に買って帰るんだな。だったらマーケットの……いや、あそこはどっちかというと普段の買い物向けだ。土産となると……」
腕組みをしてしばらく考え込んでから、俺に振り返りつつ小首を傾げる。
「やっぱ適当な食いもんとかで済ますのも味気ねぇか」
「さすがに身近な奴らにはちゃんと選びたいな」
「店の連中か?」
「それにシルヴィアとサクラと……」
思い浮かぶ相手を指折り数える。
知人全員に一人一人土産を選ぶには時間が足りないが、昔から世話になっている人達やホワイトウルフ商店の面々には、それぞれに合ったものを贈りたいところだ。
「だよな。んじゃ、片っ端から良さそうな店を回ってみようぜ」
というわけで、次の目的地は様々な専門店が建ち並ぶ商業エリアになった。
万神殿からは少々距離があるものの、武器屋に防具屋と各種道具屋、更には魔法使いを初めとした様々な専門職向けの店舗が数多く軒を連ねている。
他にも大陸各地から集められた珍しい品や高級品を扱う店も存在し、ただ見て回るだけでも退屈しそうになかった。
ただし王都の住人が毎日のように購入する食料品や雑貨類を扱う店は、このエリアにはほとんど存在していないらしい。
そういった商品は別の区域、一般に市場と呼ばれる大通りで取り扱われているそうだ。
こちらの方が万神殿に近いので、ガーネットは買い物ができる場所と聞かれて最初にマーケットを思い出したというわけである。
「んじゃ、日が暮れる前に揃えちまうか」
さっそく二人でグリーンホロウの皆への土産物を探し始める。
――シルヴィアには有名所の紅茶を……と思ったけれど、あくまでシルヴィアは食堂で出す商品としての紅茶に拘っていて、しかし俺達が買って帰ることができる量では高が知れている。
やはりここは、王都ブランドの調理器具辺りにしておいて、春の若葉亭の皆で飲んで欲しいという体裁で茶葉も渡すことにしよう。
――サクラは何を欲しがるだろうかと少し悩んだが、その答えは戦士気質の友人同士であるガーネットが知っていた。
何でも、東方地域では一般的だが西方地域では手に入れにくい食材を恋しく思っているらしい。
そういった外国の商品もここなら取り扱っている。
グリーンホロウでは売られていないことを考慮すれば、土産物として最適かもしれない。
――ノワールには魔法使いの専門店で買おうと決めていたが、生憎と俺もガーネットもこの分野については詳しくなかった。
とりあえず、ノワールが商品の製造に必要と言ってサンダイアル商会に発注した備品を思い返し、それに含まれない品物の中から、使いみちの多そうなものを選ぶことにする。
結果、候補に上がったのは呪紋や魔法文字の記入に使うペンであった。
専門店の店主も、ペンは消耗品だから頻繁に買い換えが要ると説明していたので、相応の価格帯の本体と予備のペン先をセットで購入することにした。
せっかくなのでインクも買って帰ろうかと思ったが、それは店主に止められた。
曰く、インクは刻み込みたい内容に応じて変えるものなので、素人が適当に購入しても使い道があるかどうか分からないのだそうだ。
――そんな具合に調子よく買い物を進めていく。
エリカ、アレクシア、レイラに支店のスタッフ達。
よく世話になっている冒険者のナギとメリッサやトラヴィス達、ギルドハウスのマリーダとマルコムに、支部長のフローレンスと娘のリサ。
ガーネットと一緒になって、ああでもないこうでもないと土産物を見繕うのは意外と楽しく、最終的にはお互いに笑い合いながら品物を揃えていった。
「……っと。さすがに買いすぎたな」
二人して両手に品物を抱えたまま、夕暮れの商業街をのんびりと歩く。
「ひとまずアージェンティアの別邸に置かせてもらうとして、後は……グリーンホロウまで持って帰るだけでも大変そうだ」
「だったら先に配送しちまおうぜ。相応に金は掛かるけど苦労して運ぶよりはマシだろ」
「ああそうか、大陸中から物が集まってるってことは、逆に大陸の隅々まで物を運べるってことなんだよな」
ウェストランドの各地から物や人が集まる物流網。
それを支える馬車や船が片道で終わるはずなどなく、必ず王都と地方を往復する形を取る。
地方から何かを運んできて収入を得た馬車が、地方まで運びたいものを積んで王都を出て更に収入を得るというのは、極めて効率的で現実的な発想だ。
復路を銅貨一枚の収入もなく空荷で帰るなんてもったいない。
門外漢の俺ですらそう思うのだから、本職であれば尚更だろう。
「じゃあ、荷物だけは先にグリーンホロウまで送ってもらうか。もしかしたら俺達より先に土産だけ届くかもな」
「いいんじゃねぇか? まぁ、この日より後に届けてくれって指定はできるんだがな。逆は無理だけど」
話が決まったなら後は行動するだけだ。
商業街の片隅に開設された運送業者の事務所を訪れ、グリーンホロウ宛ての荷物の配送受け付けを済ませる。
倉庫への積み込みが終わるまで待っているように言われたので、玄関横の椅子で一休みしていると、見覚えのある少年が小包を片手に事務所へやってきた。
「すいません、これの配送お願いします! あっ、ミスリル使ってるアクセサリーなんで気をつけてくださいよ、ほんと!」
「……あれってもしかして」
俺の記憶に間違いがなければ、あの少年はミスリル加工師のクレイグの息子だ。
少年は手続きを終えて振り返り、そして俺の顔を見て目を丸くした。
「あれっ!? あんた、じゃなくて……あなた、ホワイトウルフ商店の!」
「確か、コリンだったかな? クレイグさんの息子の」
「はい! 凄いな、俺なんかのこと覚えててくれたんですか」
「記憶力の良さはこいつの自慢だからな」
隣に座ったガーネットが親指で俺のことを指差す。
実際にそのとおりではあるのだが、ガーネットに言われると何だかむず痒くなってしまう。
「ひょっとして向こうの荷物がルークさんの? 凄い量ですね……」
「地元への土産物だよ。ちょっとばかり買い過ぎたから送ってもらうことにしたんだ」
「お土産ですか。そうだ、この辺で買い物したんなら、武器屋にも寄ったりしました?」
答えは否だ。
自分の店も武器屋なのに、土産物として武器を買って帰るのはさすがにないだろうと考えて、その手の店には立ち寄っていなかった。
首を横に振ってその旨を伝えると、コリンは内緒話でもするように声を潜めた。
「近くにミスリル取り扱ってる武器屋があるんですけど、ホワイトウルフ商店のこと一方的にライバル視してるみたいなんですよ。せっかくだから敵情視察でもしてみたらどうですか?」