第190話 銀翼騎士団の一幕
今回の更新は視点を変えて「一方その頃」的な内容となっております。
――銀翼騎士団本部、騎士団長執務室。
「以上が本日の報告となります」
「ご苦労さま。今日も事件解決というわけにはいかなかったな」
カーマインは配下の騎士であるブラッドフォード卿からの報告を聞き届け、執務机の椅子から立ち上がった。
「とりあえず情報を整理しようか。協力してくれ」
壁に掛けてあった大きなコルクボードに、書類を一枚ずつピンで留めていく。
これらの書類の内容は、夜の切り裂き魔による犯行と目される事件の捜査情報を、各事件ごとに個別にまとめ上げたものだ。
所属騎士が保有する特殊なスキルによる調査結果も含まれており、名実共に現時点の最新情報といえるだろう。
「まずは第一の事件。死体の損壊が酷く個人特定には至らなかったものの、少なくとも若い女だ。発見当初は犠牲者一名と思われたが、後に二人分の死体が混在していたと判明。ほとんどぶつ切りだったわけだな」
書類には絵図は添付されていないが、綴られた箇条書きの文章だけでも、遺体の凄惨さを察するには余りある。
「判明直後に一般への情報公開が停止されたことで、世間では今のところ犠牲者一名の事件だと思われている……はずだね?」
「はい。亡骸は王都万神殿において、魔法的保存処理が施されております」
「神殿長からは『迷惑だからさっさと引き上げて埋葬しろ』ってうるさく言われてるんだが、悪いけど身元が判明するまでは我慢してもらわないとな」
カーマインはさほど悪いとは思っていなさそうな態度で、次の書類へと視線を移した。
「第二の事件は現役Aランク冒険者が殺された。この時点では先の殺人と別件だと思われていて、死体の損壊も前ほど酷くはなかった。それでもバラバラだけどね」
「後に切断面をスキルで再分析した結果、第一の事件と同じ凶器で解体されたことが判明しています」
「第三の事件の被害者は元Aランクの引退冒険者。冒険者ギルドの要職に就いていたことから、ギルド側の要請で情報公開を差し止めた」
これ以降の書類には、記述に『機密』の一言が多く添えられるようになってくる。
「第四と第五の事件の被害者も元Aランクだが、こちらは二十年以上前に引退して民間人になっていたので、冒険者だと判明するまでタイムラグがあった」
「元冒険者であることはギルドの要請で非公開となっております」
「ああ。だけど殺人があった事実を伏せるには遅すぎて、都民の間で夜の切り裂き魔の異名が流行し始めたわけだ」
第一の事件――犠牲者二名。身元不明。当初は犠牲者一名と誤発表され、表向きにはまだ訂正されていない。遺体は以降の事件と比べて過剰に損壊している。
第二の事件――犠牲者一名。現役Aランク冒険者。
第三の事件――犠牲者一名。引退Aランク冒険者。ギルド要職。ギルドからの要請により事件の公表は先送り。
第四の事件――犠牲者一名。引退Aランク冒険者。二十年以上前の引退者。表向きには一般人が被害に遭ったと発表されている。
第五の事件――犠牲者一名。引退Aランク冒険者。犠牲者は第四の事件と同様の立場。世間に公表された中で最新の事件。
公開された事件は四件。公開された犠牲者は四名。
非公開の事件は一件。非公開の犠牲者は二名。
殺害された冒険者および元冒険者のうち、その事実が公表されているのは現役の一名のみ。
他の二名は一般人として発表され、残る一名は事件そのものが伏せられている。
これが世間で夜の切り裂き魔と称される連続殺人事件の全貌だ。
「各事件の共通点は使用された凶器。切断面の状態がどれも酷似していることから、同一犯による一連の事件であると推測されたわけだ」
世間が無責任に『ナイトリッパー』と騒ぎ立てているのとはわけが違う。
連続殺人として捜査が進められているのには、当然ながら相応の根拠が存在するのだ。
「とまぁ、これで終わっていたらAランク冒険者を狙った犯行で間違いなかったんだろうが、第六の事件でまたややこしくなってしまった」
カーマインはコルクボードを軽くノックするように叩き、六番目の書類を吐き捨てるように読み上げた。
「今のところ未公表の第六の事件。発生は第五の事件の直後。犠牲者は冒険者とは縁もゆかりもない男女二名。しかも凶器が違うときた」
浮かびかかっていた法則性を破壊する異質な事件。
無論、これが連続殺人の一環であると考えられているのには根拠がある。
「普通に考えれば第六は模倣犯だ。何せ凶器が違うんだからな。もちろん、第五の事件で凶器がダメになったから新調した可能性もあるんだが……そんなことよりもっと無視できない共通点があった」
コルクボードの空いた場所に大きめの紙を貼り付け、ペンでそこに記述を書き加えていく。
「スキルによる解析結果を信用するなら、六つの事件で使われた二種類の凶器は、どちらにもミスリルが用いられていた」
カーマインはコルクボードの下部に付けられたトレーにペンを投げ、大仰なジェスチャーで腕を広げて眉をひそめた。
「なぁ、ブラッドフォード。こいつを安易に偶然で片付けていいと思うか?」
「いいえ。むしろ『偶然である』と扱う方に根拠が必要でしょう」
「ああそうだ。凶器にミスリルが用いられていた事実は公表していなかった。模倣犯がたまたまそんな凶器を選んだっていうのなら、その証拠が必要になってくるレベルだ」
偶然であることは否定しきれないが、安易に偶然とみなして片付けることはできない――二種類の凶器の両方にミスリルが絡んでいたという事実は、それほどまでに大きかった。
他の金属ならまだしも、ミスリルは流通が厳しく制限された希少金属なのだから。
「かといって、模倣犯である可能性を完全に捨て去ってしまうには早すぎる。どこかで情報が漏洩したとか、真犯人と面識があって凶器を知っている奴が模倣犯っていう線もあるからな」
カーマインはそのまま執務机の椅子にどっかりと座り込み、背もたれに体重を預けて天井を仰いだ。
「まったく……これじゃいつまで経っても家に帰れそうにないな。せっかく可愛い妹とその想い人が王都に来てるっていうのに、会えずに終わるんじゃやってられないな」