第189話 サンダイアル商会本部 後編
「さてと、商売の話は手早く終わらせて本題に入るとしようじゃないか」
まず初めに取り掛かったのは、以前に依頼しておいた各種素材の調達状況の確認だった。
ノワールが作る魔道具。
エリカが作るポーション。
アレクシアが作る機巧。
彼女達は自分のスキルをフル活用した新製品の開発を希望しており、そのために必要な素材の調達をサンダイアル商会に頼んであった。
グリーンホロウとその周辺だけでは素材調達に限界がある。
――高品質な魔道具を作ろうと思えば紙やインクですら特殊なものを要求されるが、そういったものは大きな都市など魔法使いが多い土地でしか流通していないらしい。
紙とインクを専用のものに変えるだけで、性能を軽く数割増しにすることができるとノワールは言っていた。
もっとも、価格も同じくらいの比率で上がってしまうらしいのだが。
――ポーションの場合は、最寄りダンジョンの『日時計の森』である程度は確保できるので魔道具よりはマシだが、あの森に生育していない薬草も数多く存在する。
ウォールナット・タウンにあるエリカの実家では、他の地域でしか採れない薬草も仕入れていたそうだが、今は材料が調達できていない状況が続いている。
せっかくの知識が活かしきれないのはもったいないので、色々な素材を仕入れて欲しいというのがエリカの訴えだった。
――機巧に関しては前の二つよりも問題が深刻だ。
金属製の機巧部品を大量生産できる環境自体、王国全体を見渡しても限られた都市にしか存在していない。
更に部品だけではなく、作業に必要な道具にも同じことが言える。
そもそも機巧技術は、群雄割拠の戦乱の時代に一部の国が実用化に成功し、軍事力すら左右しうる秘中の秘の国家機密として扱われていたものだ。
他の地域が機巧を手に入れるには、たとえそれがねじ巻き時計一つであったとしても、外貨獲得のために輸出された少数の高額商品を買い求めるしかなかったのだ。
大陸の統一が進む過程で機巧技師や機巧技術が各地に拡散し、それらを司る神々への信仰も広まったが、まだまだ普及する途上にあると言わざるを得ない。
「(アレクシアの奴、騙し騙しで頑張ってたみたいだしな)」
グリーンホロウに持ち込んだ少数の部品や道具を使い回し、壊れたものは俺に【修復】させ、新しい部品が必要なら伝手で何とかするか地元の金物屋に無理を言って作ってもらう――これはさすがに雇用主として何とかしなければ。
しかもアレクシアの技術は、ホワイトウルフ商店の商品だけでなく、グリーンホロウのインフラ整備にも一役買っている。
なので機巧関連の調達については町からも補助金が出ることになっているのだが……。
「魔道具と薬草の素材はおおよそ集まってるよ。もうじき輸送を始めようかってところだね。だけど機巧関連の方はもうちょっと待っておくれ」
「ですよね」
「総額で大金貨十枚を超える発注だからねぇ。機巧ってのは死ぬほど便利だが死ぬほど金食い虫だ。まぁ、投資した分だけ生活は便利になるんだがね」
この額がどれくらいかというと、ホワイトウルフ商店で普段から販売しているミスリルの長剣換算で百本分で、俺が最初に作ってサクラがドラゴンを切った剣を売った価格と同じである。
庶民の一家族が小金貨一枚で一ヶ月不自由なく暮らしていけるとされるので、その基準でいうと八年から九年分の生活費に相当する。
黄金牙騎士団からの受注がそれくらいの額になることはあったが、戦争中の騎士団並みの額の取引を一個人が希望したという時点で、色々と桁が違うと言わざるを得ない。
「しかもこの発注リスト……こりゃあもう、グリーンホロウのインフラ整備を受注したようなもんじゃないのかい?」
「実質的にそうかもしれませんね。町からの依頼に応じた機材も発注してるみたいですから」
そんなこんなで仕事絡みの状況確認が進められ、必要な情報のやり取りが一通り完了する。
ドロテアは役目を終えた書類を脇に除け、テーブルに両肘を突いて顔の前で手を組んだ。
「さてと。それじゃあ本題に入ろうじゃないか」
「夜会の話をすればいいんですよね。だけど銀翼騎士団やアージェンティア家の内部事情にも関わりますから、詳しい経緯はお話できませんよ」
どこから話をすればいいのかと考えてはみたものの、結論は『どこからも話すことができそうにない』というものだった。
まず第一に、ガーネットとアルマが同一人物であることには触れられない。
ガーネットはこの事実を身内くらいしか知らないと言っていた。
ならば念のため、ドロテアも把握していないと考えるべきだ。
もしかしたら父親辺りから知らされたとか、商会の情報収集能力で把握した可能性もないわけではないが、用心のために言及自体を避けたほうがいいだろう。
となると、俺が王都に来た詳しい経緯も説明しづらい。
一連の経緯の説明にガーネットを絡めないのは困難である。
「嘘をつくつもりはありません。半端な嘘はぼろが出るだけですからね。その上で、言えないことは言わない――それでもよろしければ」
「結構。ふふ……ちゃんと配慮ができてるじゃないか。自慢げにぺらぺら喋るようなら、逆にどやしつけてたところだったよ」
物騒なことを言われながら、一昨日の夜会で俺とアルマ、そして彼女の父親であるレンブラントの間であったやり取りをかいつまんで説明する。
経緯は教えられないが、夜会までにアルマから想いを寄せられる関係になっていたこと。
俺もそれを悪しからず思いながらも、様々な立場の違いから気付かない振りをしていたのだが、そんな折にアルマが夜会で結婚相手を見繕うように命じられたことを知り、大急ぎで王都へ駆けつけたこと。
そして、アージェンティア家の栄達のため優れた家柄との婚姻を臨むレンブラントに、国王陛下から提案された新騎士団設立の提案を飲み、俺自身がアルマに相応しい立場になると宣言したこと。
ああ――こんなことを自分の口から他人に説明するなんて、赤面モノにも程がある。
ガーネットが部屋の外で待機したのは大正解だ。
俺ですらこう感じてしまうのだから、あいつが耐えられるわけがない。
「ははは。娘に悪い虫が付いてたと知ったレンブラント卿の面、生で拝んでおきたかったよ。それにしても、まさかうちのシルヴィアより先に、あのアルマ嬢が良い男を見つけるとはねぇ。世の中どうなるか分からないもんだ」
「アルマのことをよく知っているんですか?」
「銀翼とは長く取引してると言っただろう。レンブラント卿とは前妻が存命だった頃からの付き合いさ」
ドロテアは椅子の背もたれに身を預け、高価な革を軋ませた。
「あんた自身が地位を上げるってのはいい判断だ。騎士団長クラスの有望株が求婚してきたんなら、あの男は躊躇なく娘を送り出すだろうさ」
「……レンブラント卿は戦乱の時代の価値観を引きずっているから気をつけろ、と前に言われましたが、意外と話が分かる人なんでしょうか」
「まだまだ序の口さ。あの男が危険視された一番の理由はね、過去の敵対関係を未だに捨てきれていないからだよ」
口元は笑みを作っていたが、眼差しは笑っていなかった。
「当時としてはちっとも珍しいことじゃないが、あの男は周辺国に強い敵愾心を抱いて戦争に明け暮れていた。そこを宿敵もろともアルフレッド陛下にぶっ飛ばされて従わされたわけだが、敵意の炎はあの男の胸中で燃え続けているのさ」
「同じ王に仕える他の騎士団のことを、味方だとは考えていないということですね」
「かつて戦ってた連中限定だがね。黄金牙あたりが典型例だ。そうじゃない連中とはむしろ関係を強化しようと躍起になってるよ」
確かにそれは、陛下が大陸をほぼ支配下に置いた今となっては、危険な考えの持ち主だと見なされても仕方がない。
「死ぬまで何もせずに終わるかもしれないし、とんでもない問題を引き起こすかもしれない。アージェンティア家と縁を結ぶっていうなら……」
「覚悟の上です」
「……いい返事だ。シルヴィアにも、仕事だけじゃなくて色恋沙汰にも興味を持って欲しいもんだよ。あたしが現役のうちに曾孫の顔が見たいんだがねぇ」
ドロテアは優しく微笑みながら席を立つ。
「さてと、そろそろ時間だ。面白い話を聞かせてくれてありがとうよ」
そしてドロテアは歩き出そうとし、不意に足を止めた。
「最後に一つ。あたしはレンブラント卿とは本当に古い付き合いだ。影も形もなかったはずの息子がひょっこり姿を現す前からね」
「まさか……いえ、やはりあなたも……」
「あたしは何にも知らないよ。四人目の息子がいたっていうなら、本当にいたんだろうさ。けどこれだけは言わせておくれ……大事にしておやり。あの子達には愛してくれる人が必要だからね」
「……当然です。アルマもガーネットも、全部ひっくるめて大切にします。そのためにここまで来たんですから」
俺の返答を聞いて、ドロテアは満足げに頷いた。
応接室を後にしようするドロテアの背中に、今度は俺が言葉を投げかける。
「こちらからも最後に一つ。できるだけ早く都合していただきたいものがあるんです。仕事とは無関係なもので恐縮なんですが」
ドロテアは扉に手を掛けたまま振り返り、不敵な笑みを返してきた。
「任せときな。とびきり上等な代物を用意してやるよ」
コミカライズの情報が公開されました。
白泉社アプリ『マンガPark』にて5月17日より連載開始となります。
その他詳細は本ページ内のリンクから確認できます。