第188話 サンダイアル商会本部 前編
クレイグとの充実した対談を終え、俺達は宝飾店を辞して次の目的地に向かうことにした。
――サンダイアル商会本部。
シルヴィアの祖母である日時計の森のドロテアが経営する、王国中の様々な商品を取り扱う総合商会だ。
その仕事内容は多種多様。
売れそうな商品を見つけて買い手を探したり、依頼された商品や材料を探して買ってきたり、働き手や働き場所の仲介、新規開店用の土地探しまで請け負うという。
騎士団すらも物資調達に利用する大商会の本部は、大きく立派な建物ではあるものの、例によって外見ではそれと分からない造りをしていた。
「ここの通りには商会やら何やらの本部が集まってんだ。運河で物資を運んでる運送業だとか、売られ始めたばっかりの印刷機を山程揃えた印刷業だとか、商売の規模がでっかい連中ばかりだな」
「例によって、あくまで全体を統括する本部だから、ここで商売をやってるわけじゃないってことか」
王国全域……とまではいかないとしても、広範囲を活動域として商売をするなら、組織全体を統括する専門の『頭』が必要になるのは自明の理だろう。
規模が小さい組織ならともかく、大組織の統率役に統率以外の仕事をさせるのは非効率的だ。
というか、やることが多すぎて他のことをする余裕はないに違いない。
組織が大きければ大きいほど『頭』の仕事は増える。
必然的にそこで働く人間も増えていき、相応に広い仕事場が必要になり、こうして『組織全体を統率するための大きな本部』が軒を連ねることになる、というわけだ。
「やっぱりお前も、ゆくゆくはホワイトウルフ商店をこれくらいでっかくしたかったりするのか?」
「今のところはそこまで考えてないさ。支店を作ったのすら想定外だったんだからな」
冗談めかしたガーネットの発言を軽く否定する。
「最初は冒険者を休業してる間の食い扶持稼ぎのつもりで、のんびり悠々自適に過ごせればいいと思ってたんだがなぁ。いつの間にやらこんなとこまで来ちまった」
「肝心なところで真面目すぎんだよ、お前は。楽に生きてぇなら、求められても応えなきゃいいだけなんだ。まぁ、だからお前らしいんだけどな」
客観的な視点から今に至った理由を解説され、返す言葉もなくなってしまう。
グリーンホロウ・タウンを揺るがしたドラゴン騒動。
ホロウボトム要塞の建築。
魔王戦争。
これまでに経験してきた様々な局面で、俺は『自分にできることをしなければ』と考えて行動してきた。
そんなことを繰り返して今に至ったわけだから、現状がこうなるのも当然と言えるかもしれない。
「けど、俺だっていつもそうしてるわけじゃないぞ。王都に来たのは誰かに求められたからじゃなくて、自分にできることをしないといけないと思ったからでもなくて……」
「……なくて?」
ガーネットが横目でこちらを見やる。
睨んでいるように思われそうな眼差しだが、その裏に期待の色が潜んでいるのが伝わってきた。
「……俺自身がどうしてもやりたかったことだからだな」
「まったく……平気でそういうこと言いやがって。ほんとそういうとこだぞ、お前」
眉をひそめてむず痒そうに肩を揺するガーネット。
照れ隠しにわざと顔を歪めているのはすぐに分かった。
あのとき自分の意思で王都行きを決めていなかったら、もしかしたらこんな仕草を見ることはなかったのかもしれない。
そう考えると、あのときの自分の決意は間違っていなかったのだと、改めて確信を深めることができた。
例えそれが、自分自身の生き方を今まで以上に激変させる選択だったとしても。
「ほら、ぐだぐだ立ち話してねぇでさっさと行くぞ」
反応を誤魔化しにかかったガーネットに急かされて、商会本部前での立ち話を切り上げて建物の中に入り、受付の女性に取次をお願いする。
「ところで、誰かと面会する約束は取り付けてあんのか」
「初日の夜に確認してあるから、その辺は大丈夫。この時間帯なら担当者の手も空いてるそうだ」
「……つーと、あれか。夜会に乗り込んだときの服を調達したっていう……」
「そう、それそれ」
「…………」
ガーネットは気恥ずかしい出来事を思い出したかのように、急に口をつぐんで黙り込んでしまった。
それからしばらくして、本部の一階の奥から誰かがエントランスへとやって来て、受付の女性が俺達を呼び出した。
「すいません、急に押しかけたりして……って、ドロテア会長!」
「久し振りだねぇ。シルヴィアは元気にしてるかい?」
やって来たのは予定されていた担当者ではなく、この商会の主である老女傑、ドロテアその人であった。
ドロテア会長と直接顔を合わせたのは、彼女がグリーンホロウにやって来た折に、支部で働く人員の斡旋を発注したとき以来になる。
相変わらず背筋がしゃんと伸び、年輪を刻んだ顔には活力ある微笑みが浮かんでいる。
「お孫さんはお元気ですよ。しかし資材調達の担当者の方が応対してくださると聞いていたんですが、どうして会長が?」
「一昨日は伯爵の夜会で面白いことをしたそうじゃないか。ちょうど時間が空いたものだから、是非とも話を聞かせてもらいたくってね」
「……やっぱりご存知でしたか」
「そりゃあそうさ。あの夜会にはうちからも人を送り込んであったんだから」
考えてみれば当然だったかもしれない。
あの夜会は貴族だけを招いた舞踏会ではなく、名だたる騎士や有力な市民なども招待された会合だった。
ならばサンダイアル商会に招待状が届いていないはずがない。
「貴族のパーティってのはどうしても性に合わなくってねぇ。一昨日も代理の奴に行かせたんだが、今回ばかりは失敗だったよ。勘が鈍っちまったのかもしれないねぇ」
ドロテアは愉快そうに笑いながら、俺達を応接室まで連れて行った。
扉を開けて中に入ろうとしたところで、ガーネットが俺の肩を掴んで耳元に顔を寄せてきた。
「……オレは外で待ってる。ここなら特に問題はねぇだろ」
「前もそうだったし、別にいいんだが……どうかしたのか?」
「夜会の話、するんだろ? んなこと隣で話されたら……ああ、くそっ、後は察しろ……! 得意だろそういうの!」
「……了解、察した」
とてもじゃないが平常心ではいられない、ということだろう。
確かに第三者がいる場でそんな反応を見せるのは、正体を隠すという意味ではまずいかもしれない。
待機を了承して、ドロテアと二人きりでテーブルに座って向かい合う。
「さてと、商売の話は手早く終わらせて本題に入るとしようじゃないか」