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第187話 ミスリル加工師の工房 後編

「……もしかして……」


 間違いない。あれはホワイトウルフ商店が販売している、俺が【合成】で作り上げたミスリルの剣であった。


「おう! 武器屋にとっちゃ不本意かもしれねぇが、こうして飾ると最高に見栄えがいいんでな。気ぃ悪くしてくれるなよ」

「いえ、気に入ってもらえて嬉しいですよ」

「ありがとうよ。俺の知り合いの武器鍛冶連中だったら、使えるように作った武器を飾りにするんじゃねぇ、飾るなら飾るために作った奴にしろって愚痴ってたかもしれねぇな」


 クレイグがいつの間にか俺の隣にやって来て、豪快に笑った。


 やはり本職の鍛冶屋はそう考えるものなのだろうか。


 ミスリルの剣を製造するにあたって、俺は鍛冶屋らしいことは何一つしていない。

 スキルを使って鋼の剣にミスリルを【合成】するだけだ。


「俺は鍛冶屋じゃなくて武器屋ですからね。本職とは考え方が違うのかもしれません」

「いいや、連中が偏屈野郎ばっかりなだけだ。あいつら妙にプライドばっかり高くていけねぇ」


 壁に飾られた剣の前で、俺とこの店の主のクレイグがそんな会話を交わしている間、ガーネットは陳列された貴金属製の装飾品を興味深そうに眺めていた。


 今日は普段と同じ少年的な格好だが、いつも洒落っ気のある服装をしているので、その姿でアクセサリーを見ていてもあまり違和感はなかった。


「凄ぇ精巧だな……こいつもあの工房長が作ってんのか」

「はい。商品の半分は父が作成したもので、こういう高級品はほとんど全部がそうですね。私みたいな見習いや他の職人さんのものは、父の製品よりワンランク落ちてしまうんです」

「……やっぱ人は見た目じゃ判断できねぇな」

「よく言われます」


 ガーネットは俺がさっき誤魔化したことを遠慮なく口にしながら、感心した様子でガラスケースの中の首飾りを観察している。


 その後ろで、キャシーがくすくすと笑っている。


 どうやらこの店に陳列された商品の数々と、工房長であるクレイグの外見のギャップは、俺達以外からもかなり意識されているようだ。


「んじゃ、そろそろ茶菓子でも出させてもらおうか。せっかく有名人が王都まで来たんだから、しっかりもてなさねぇと沽券(こけん)に関わるってもんだ」

「俺達ってそんなに有名なんですか。今ひとつ自覚がないんですけど」

「ミスリル加工師の界隈ではな。他の業界は……ははっ、俺もよく知らねぇや!」


 クレイグは心底愉快そうに肩を揺らしながら、俺達を店の奥の応接間へと案内した。


 厳密には、リビングの一部を仕切り板(パーティション)で区切った応接スペースだ。


 とりあえず椅子に腰を下ろしたところで、キャシーと似た顔立ちの少年が焦った様子で駆け込んできた。


「お、親父! 今月の給料、前借りさせてくれ!」

「コリン! まーた無駄遣いしやがったのか! 大事なお客さんが来てんだから引っ込んでろ!」


 クレイグはごつごつとした大きな手で少年の顔を鷲掴みにすると、そのままリビングの外に押し出していった。


「痛ててっ! 痛い痛い! なぁ頼むよ親父……!」

「どうせ旅芸人の女共に入れ込んでんだろ? オーガスト一座か? マーブル一座か? それとも両方か?」

「入れ込むなんてそんな……痛てて……見物料を払ってるだけだって……ちょっと多めに」

「だーからすぐに金欠になんだろうが! 話は後だ! いいな?」


 息子と思しき少年をリビングから追い出してから、クレイグは苦笑を浮かべて椅子に座った。


「すまん、あれは息子だ。一応弟子でもあるんだが、最近どうにも色気付きやがって」

「あはは……」


 気を取り直して、茶菓子とお茶をもらいながら雑談を続け、一般的なミスリル加工師の仕事や経営について色々な話を直接聞かせてもらう。


 仕入れの手順。よく使われる加工のやり方。組合のシステム。


 普通とは違う経緯で今の仕事を始めた俺にとって、クレイグの話はどれも貴重で興味深いものばかりだった。


 一方、俺の方からも色々な話をした。

 もちろん王宮や騎士団に口外を禁じられている内容は伏せ、部外者に聞かせても構わない範疇で。


 クレイグは角張った顔に喜色を浮かべて俺の話に聞き入っていた。


 こういう話を聞きたかったから俺を招いたのだということが、言葉にされなくてもはっきりと伝わってくるほどだった。


「それにしても、よく俺がグリーンホロウ・タウンのホワイトウルフ商店の人間だと分かりましたね」


 仕事関連の話題が一通り終わったので、最初の時点で気になっていたことを尋ねてみる。


「ああ、実は同業者からこういうのをもらったんだよ」


 クレイグが机の引き出しから取り出したのは、四つ折りにされて手のひら大になった紙だった。


 それを開いてガーネットと一緒に覗き込み、そして同時に驚きの声を漏らす。


「ホワイトウルフ商店と、俺の絵ですか? ラフスケッチみたいな……一体どうしてこんなものが?」

「詳しく話すと長くなるんだがな。構わねぇか」


 気まずそうなクレイグに手振りで同意を伝える。


「……こいつはお前さんと分野が被る同業者がこしらえたもんだ。要するに、ミスリルで武器を作ろうと考えてる連中だな」

「ということは、あまりいい動機じゃなさそうですね」

「結論から言えば()()()()のつもりだったらしい。ああ、誤解しないでくれよ。あんたを良く思わねぇのは、王都の加工師の中でもせいぜい二、三人だ。それ以外は俺と同じ……とんでもねぇ奴が現れたってワクワクしてるんだ」


 クレイグは早口気味にそう言い切ってから、更に詳しい説明を続けた。


「昔、ここの武器鍛冶は大盛況だった。長いこと戦争が続いたからな。ところが今の陛下が国王になって、国の領土が広がっていくにつれて、だんだんこの街の武器鍛冶は儲からなくなってきた」

「前線に近い占領地で武器を調達すればいいから、わざわざ首都から長い距離を運ぶ意味がなかったんだな」


 ガーネットがすかさず軍事的な視点から解説を差し挟む。


「大正解。俺も若い頃は武器鍛冶だったんだが、こりゃ将来はねぇなってことで商品を切り替えたんだよ。冒険者の武器需要も、戦争真っ盛りな頃の膨大な需要にはさすがに及ばねぇからな」


 もしかして、ミスリルの剣を店舗のインテリアに使っていたのは、武器鍛冶だった過去にまだ思うところがあるからだったりするのだろうか。


「残った連中の多くは『王都製』を宣伝文句に高級路線で生き残ってるわけだが、その中での競争がこれまた激しくてな。一部の奴らは希少なミスリルを拵えに使うようになって、そのまた更に一部の奴らは刃にミスリルを使おうと考えて……今んとこ上手くいってねぇんだ」


 クレイグはやれやれとばかりに首を横に振った。


「上手くいかなかったんですか」

「ああ。単純にミスリルの量が足りてねぇらしい。俺らみたいな装飾用途なら充分でも、剣身やら何やらをミスリル製にしようと思ったら大変だろ?」

「……確かに。わざわざミスリルを使う意味があるくらいの分量にしようと思ったら、かなりの量を注ぎ込まないといけませんね」


 俺は自力でミスリルを入手できるので、王宮から指定された採掘上限までなら独占的に消費できる。


 しかし、普通の加工師はそういうわけにはいかないのだ。


「そんな奴らのこれまた一部が、ミスリル装備を大量生産してるお前さんを勝手にライバル視してるわけだ。その人相書きも偵察とか言ってわざわざ現地で描いたもんらしい」

「なるほど、分かりました。グリーンホロウに帰るまでは夜道に気をつけます」

「ははは! 止めてくれよ、そういう意味で話したんじゃねぇんだ。連中も道理は(わきま)えてるさ」


 そう言って、クレイグは自分のカップに注がれたお茶をぐいっと飲み干した。


「ミスリルの武器を研究してる連中も、ほとんどはお前さんのことを評価してるよ。お前さんのおかげでミスリル装備を欲しがる人間が激増したんだからな。後は連中の努力次第だ」


 しみじみと話を終えるクレイグ。


 かつて生業としていた武器鍛冶として。

 今の家業であるミスリル加工師として。

 クレイグにとっては二重の意味で同業の人間達の話なのだ。


 彼らの行く末が気にならないはずがないのかもしれない。


 そんな雰囲気を知ってか知らずか、俺から人相書きを取っていたガーネットが不服そうに呟いた。


「にしても、この絵あんまり似てねぇな。本物の方がもっといい(ツラ)してるぜ」


 冗談と解釈したのか、クレイグとキャシーは楽しげな声を上げて笑った。


 一方で俺は、気恥ずかしさを隠して愛想笑いを浮かべることしかできなかったのだった。

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