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第185話 夕暮れの王都で

 パフォーマンスが終わり、歓声や拍手と共に無数の硬貨が投げ銭(チップ)入れの箱へ投げ入れられる。


 それと並行して、アズールとピンキーの二人が軽やかに観客の間を駆け回り、愛想を振りまきながら帽子に硬貨を集めて回っていた。


「いやぁ、すっかり見入っちまったな。たまにはこういうのもいいもんだ」


 ガーネットはぐっと背伸びをしてから、白い歯を見せて俺に笑いかけてきた。


 賑やかな町を歩き、雰囲気のある店で食事を取り、肩を並べて観劇に興じる。ガーネットの年頃にはぴったりな健全な逢引だ。


 もっとも、この状況を逢引と表現したら、きっとガーネットは顔を真っ赤にして否定するのだろう。


 それはそれで見てみたい気もするが、今は黙っておくことにした。


 ついでにもう一つ――故郷を出て冒険者になる前に、村の()と最寄りの都市まで遠出したときのことを思い出したが、こちらは間違っても口走らないようにしよう。


 間違いなく怒られるし拗ねられる。

 こういう方向性の怒らせ方はなるべくしたくないところだ。


「ああ、そうだな。仕事のこともダンジョンのことも考えずに何かを楽しむなんて、かなり久し振りな気がするぞ」

「お前は働き過ぎなんだよ。しかも平気で命まで懸けやがるから油断ならねぇんだ」


 ガーネットは俺の前に回り込み、見上げるように顔を近付けてきた。


「けどまぁ、隣にオレがいる限りは何があっても守ってやるよ。この前みてぇな無様を何度も晒してたまるもんか。それこそ『命に代えても』って奴だ」

「そいつは俺が言いたい台詞だったんだけどな」


 命に代えても君を守る。男なら誰でも一生に一度は言ってみたい台詞であるに違いない。


 しかし生憎と、俺達の間柄では実現が難しい宣言だ。


「……言っちまってもいいと思うぜ。少なくとも二回はお前に守られちまってるわけだし、あのときは正直、お前のこと見直したっていうか……二回目のときはなんつーかこう……」


 しっくりくる表現が見つからないのか、ガーネットはしきりに身じろぎをしながら言葉を濁している。


 黄金牙騎士団の前線基地における、魔将ノルズリとの戦い。

 魔王城の地下空間における、魔王ガンダルフとの戦い。


 ガーネットが言う二回とは、きっとこれらのことだろう。


「やっぱりオレ、お前が……」

「ハァイ、失礼」

「うおわっ!?」


 大道芸人の少女が狙い澄ましたかのようなタイミングでひょっこりと現れ、ガーネットは思いっきり後ろへ飛び退いた。


 衣装もメイクも青系統。色と名前からして恐らくこっちがアズールだ。


「ひょっとして新婚さんかな? 熱々にくっついて楽しんでたの、上からばっちり見えてましたよぅ。羨ましいったらありゃしない。ささっ、幸せのお裾分けをくださいな」


 流れるような口上を述べながら、アズールはにんまりと笑って硬貨に満たされた帽子を向けてきた。


「ふ、夫婦じゃねぇっての!」

「あらま。てっきりそういうご関係かとばっかり。お似合いだから間違えてしまいました」


 威嚇するように睨むガーネットの眼差しを平然と受け流しながら、アズールは次々にお世辞を並べ立てていく。


 そういえば俺達はまだ観劇料を支払っていなかった。

 ひょっとしたらおだて倒してでも回収するつもりなのかもしれない。


「ありがとう。楽しかったよ」

「まいどありっ。それでは今後もオーガスト一座をどうぞご贔屓に」


 自分で適切な額だと思った代金を帽子の中に入れると、アズールは優雅に一礼をしてから次の観客のところへ立ち去っていった。


「……ったく、どこをどう見たら夫婦に思えるんだっての」


 そう言いながらも、ガーネットは頬が緩むのを抑えられていないようだった。











 同時刻、王都内銀翼騎士団本部――


 王国の治安維持を司る騎士団の一つ、銀翼騎士団の若き統率者であるカーマイン・アージェンティアは、幹部級の騎士のみが立ち入ることを許された区画の休憩室で眉根を寄せていた。


 上等な革張りの長椅子に雑に腰を下ろし、膝に肘を乗せて頬杖を突いて長々と溜息を吐く。


「おや、騎士団長殿が溜息とは珍しい」


 休憩室に入ってきた壮年の男が、言葉の通り珍しいものを見た顔で眉を上げた。


 服装からして、彼が騎士ではなく特別に招かれた客人であることは明らかだった。


「そりゃ不機嫌にもなりますよ。ナイトリッパーなんて代物の捜査に駆り出されたおかげで、可愛い妹の晴れ舞台を見損ねてしまったんですからね」

「噂に聞くアルマ嬢ですな。昨晩の出来事は私も聞き及んでおります。何でもアルマ嬢が遂に殿方を見初められたとか」


 壮年の男は愉快そうに笑いながら、カーマインの向かいの椅子に座った。


「しかもそのお相手は、我ら冒険者ギルドのメンバーだというではありませんか。これはお祝い申し上げるべきか、それともお詫び申し上げるべきか迷いますな」

「お祝いだけで結構。彼のことはよく知っていますし、やっと進展してくれたのかと安堵しているほどですよ。現場に居合わせられなかったのが残念でならないだけです」


 やれやれと首を振るカーマイン。


 壮年の男はひとしきり笑ってから、話題を変えるかのように一枚の書類を手渡した。


「ご要請いただいた資料をお持ちしました。現在、王都に所在する冒険者のうち、ナイトリッパー事件に何らかの関わりがあるかもしれない……我々がそう判断した構成員のリストです」


 カーマインの表情から私情の色が消え、真剣そのものな眼差しがリスト上の名前に向けられる。


「ありがとうございます。正直、駄目で元々だと考えて要請したのですが、まさか全面的なご協力が頂けるとは。仲間を売るような真似はできないと突っぱねられる覚悟もしていましたが」

「我らの生業は社会からの信頼あってこそです。それを毀損(きそん)する者がいるのなら罰さなければなりません。正当な要請である限りは喜んで協力いたしましょう」


 相対する壮年の男もまた、これまでの和やかな雰囲気とは一変し、並々ならぬ威圧感を放っていた。


 無論、その対象は眼前のカーマインではなく、未だ正体の分からない殺人鬼である。


「……いえ、建前は不要ですな。ナイトリッパーの犠牲者、公表された事件で四名、非公開の件も含めれば八名。そのうち半分は冒険者、もしくは引退した元冒険者……これはもはや冒険者ギルドに対する敵対行為と呼べるでしょう」

「現役のAランク冒険者が一名、引退冒険者三名全て元Aランク。確かにこれは偶然ではないかもしれませんね」


 カーマインはリストに記された冒険者の名前と情報を読み込みながら、並行して事件の再分析を続けた。


「それらを除いた四名のうち三名が女性、残る一名は男性だが交際相手の女性と同時に殺害されている……というのも偶然ではなさそうな共通点で……おや?」


 形の良い眉がぴくりと上がり、壮年の男へと目線が移る。


「リストにAランク冒険者の名前もあるのですね」

「ええ。血染めの刃のブルーノ……これはいわゆる二つ名です。元々の呼び名は出身地に由来する三つ子岩のブルーノといいました」


 壮年の男は心の底から残念がっているのを隠そうともせず、Aランク冒険者のブルーノについて語り続けた。


「掲載理由は事件現場付近で目撃されたことですが、他にも少々思うところがありまして」

「と、言いますと?」

「彼は腕利きの剣士だったのですが、歳をとって腕前が鈍り始めた焦りからか、近年は素行不良が目立っております。現在は言い争いから刃傷沙汰(にんじょうざた)に及んだ(とが)で謹慎を申し付けているのですが……」


 カーマインは「ふむ」と小さく声を漏らし、再びリストに視線を戻した。


「分かりました。調査に先入観は厳禁ですが、彼のことは気に留めておきましょう」

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