第184話 オーガスト一座の大道芸
俺達は高級住宅街を早々に後にして、あえて混み合った大通りへと足を運ぶことにした。
高級住宅街には騎士の邸宅が数多く建ち並んでいる。
つまりガーネットの――もしくはアルマの顔を知っている人物と出くわす可能性が、他の場所よりも高いというのが理由だ。
「顔見知りに見つかっても、大した問題にはならないんじゃないか? 『アルマ』がお忍びで外出してるだけとしか思われないだろ」
ガーネットが『アルマ』として人前に出ることは滅多にないらしいが、それでも瓜二つな双子の兄妹だという情報は意図的に広められている。
仮に変装を見破られた場合であっても、常識的に考えれば『ガーネットが女装をしている』のではなく『アルマが人目を忍んでいる』と受け止められるはずだ。
「そりゃあそうだけどよ……心の準備ってもんがあんだろ……?」
「だけど昨日の夜会の参加者には、俺達の関係はとっくに筒抜けなんじゃないか?」
「オレ達の関係……」
ガーネットは顔の下半分を覆うように、片手で唇を隠した。
どうやら俺が意図したのとは違う場面を連想させてしまったらしい。
具体的には、招待客の前で手を取り合った瞬間ではなく、その後の二人きりになってからの出来事を。
「……と、とにかく! 今日のところは練習だ! うまく誤魔化せるかどうかの確認だからな!」
「はいはい。それじゃ、まずはどこにいこうか」
そうして俺達は、ガーネットの案内で大通りを歩いていった。
人混みの中を流れに逆らわず、街の風景に溶け込みながらゆっくりと。
ガーネットは俺の隣を定位置にして、時折楽しそうに笑いながら、通りに面した建物のことを説明したりしてくれている。
王都は俺にとっては不慣れな土地だが、ガーネットにとっては慣れ親しんだ第二の故郷。
話してもらった内容はどれも興味深いものばかりで、相槌を交えて聞いているだけでも退屈することはなかった。
途中、ちょうどいい時間になったので道沿いのレストランで昼食を済ませ、今度は別の大通りに向かってみることにする。
「……ん? 何だか凄い人だかりが。あれは何をしてるんだ?」
「あそこはただの広場だぞ。催し物でもやってるんじゃねぇかな」
何となく興味が湧いてきたので、群衆に混じって広場の様子を伺ってみることにする。
そこでは十人程度の派手な格好の集団が、通行人と観客を相手に路上パフォーマンスを披露していた。
今の演目はジャグリングだ。
三人の演者が呼吸を合わせて短い棍棒を投げては受け止め、空中に十数本の棒を滞空させ続けている。
背景で流れる音楽は、一人の人間が複数の楽器を同時に演奏するワンマンバンド。
やがて演奏が終わると同時に、ジャグリングも見事な締めを見せ、群衆が割れんばかりの拍手を響かせる。
俺もつられて拍手をしながら、隣にいるガーネットに話しかけた。
「王都だとこういうのも珍しくないのか?」
「まぁな。最近は他所の町から遠征に来る奴も増えてるみたいだ。多分こいつらもそうなんじゃねぇかな」
まだ拍手の余韻が残る中、次の演者が前に進み出る。
それぞれ青色と桃色の衣装に身を包んだ二人組の少女だ。
動きやすさと見た目の華やかさを重視した揃いの衣装で、スカートは飾り同然で本来の意味を成しておらず、代わりにぴったりとしたタイツが下半身を覆っていた。
フリルの付いた袖は肩口の辺りで軽く膨らみ、そこから先の腕は濃い色合いの長手袋に包まれている。
唇と目元もそれぞれのイメージカラーの化粧で彩られ、首周りで揃えられた黒い髪にも、同じ色の染料でまばらな着色が施されていた。
町中で見かければ奇妙極まりない風体だが、こういう大道芸の舞台では違和感がないどころか、むしろ自然で相応しい装いのようにも思えてくる。
「続きましては、我らオーガスト一座の可憐な花! アズールとピンキーのアクロバットです! 瞬き厳禁! 目を逸らしたら損ですよ!」
進行役の道化師が観客を煽り立てる傍ら、さっきまで別の大道芸をやっていた男達が、次の曲芸の準備を迅速に進めていく。
二人の少女の前に、見上げるほどに高く片手で掴めるほどに細い木の棒が一本ずつ、不安定にしなりながら立てられる。
棒を支える二人に続いて、四人の男が二人組を作って少女達と高い木の棒の間に立ち、中腰になって何やら構えを取り始めた。
「あいつらジャンプ台か」
ガーネットがそう呟くが早いか、二人の少女が同時に走り出し、二人組の男が突き出した手を踏みつけた。
男達が腕を高く振り上げると同時に、少女達は高く跳躍。
空中で呼吸を合わせて一回転してから、細く高い木の棒の頂点に片足で着地した。
観客達の間から歓声が漏れ、気の早い拍手がちらほらと鳴り響く。
しかし彼女達の曲芸はここからが本番だった。
他の芸人は既に裾へ引き返し、細く高い木の棒はもはや誰にも支えられていなかった。
にもかかわらず、二人の少女は平然と片足立ちで安定を保ち、それどころか棒の上で軽やかに踊り始めたのだ。
前転後転の宙返りは当然として、体を支える足も息をするように入れ替え、片手を突いて両脚を振り上げることすらやってのける。
そのたびに支えのない棒が軋み歪むも、決して倒れることはなくバランスを保ち続けていた。
見事な曲芸に観客達は残らず目を奪われている。
もちろん俺とガーネットも例外ではなく、人混みの中で肩を寄せ合ったまま、二人の少女の曲芸に見入っていた。
アクロバットの締めは、木の棒を思いっきりしならせてからの大ジャンプ。
木の棒は誰もいない方向に狙い澄まして蹴り飛ばし、膝を抱えて目まぐるしく回転しながら落下して、他の芸人達が広げた布に受け止められてバウンドし、二人同時に見事な着地を決めて一礼をする。
割れんばかりの拍手喝采が広場に響き渡る。
ガーネットもまるで年相応の少女のような笑顔を浮かべ、とびきりのパフォーマンスを楽しんでいるようだ。
俺はそんなガーネットの様子を横目で見やりながら、一緒に出かけて良かったと改めて思うのだった。
「今日もアズールとピンキーは絶好調! さぁさぁ皆さん、投げ銭は弾んでくださいね! それでは続きまして――」
その後も様々なパフォーマンスが、次から次に繰り広げられていく。
パントマイムに高足の演技。進行役の道化師も笑いを取り、再び出てきた二人の少女が手の込んだ人体切断の奇術まで披露する。
途中で立ち去る観客はほとんどおらず、夕方になって全ての演目が終わる頃には、俺達が来たときの倍近くにまで人混みが膨れ上がっていた。