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第182話 夜の切り裂き魔(ナイトリッパー)

 その後もしばらくロイと話し込んでいたのだが、本部のギルド職員がロイを呼びに来たことでお開きとなってしまった。


「すいません、そろそろ例の仕事に戻らないと。そういえば、ルークさんは王都に引っ越されたんですか?」

「いや、四日後の朝には帰るつもりだ」

「うーん、残念……っと、数日しかいないなら大丈夫かもしれませんけど、お体には気をつけてくださいね。()()()()()()()がまた犠牲者を出したばかりですし」


 ロイが聞き覚えのない単語を口にする。


 しかしどういうわけか、ガーネットはそれを当たり前に知っているかのような素振りを返した。


「そいつまだ捕まってなかったのかよ。竜王も何をやってんだか」

「……? ナイトリッパーって何だ?」

「王都で一時期話題になった連続殺人犯だ。つっても被害者が多いわけじゃなくて、殺し方の(むご)さで注目されただけなんだがな」


 アルフレッド陛下の御膝元でそんな事件が起こるなんて――と一瞬思ったが、すぐに非現実的な発想だと否定する。


 もちろん事件の発生が非現実的なのではない。

 王都で殺人事件が起きたことを驚く方が間違っているという意味だ。


 この都市は大陸最大級の大都市である。


 王侯貴族や有力騎士が集中して暮らしており、治安維持に力が入れられているため犯罪の()()()こそ低いかもしれないが、とにかく人口が膨大なので()()()自体は多いはずだ。


 具体的な数字は知らないが、王都の総人口を考慮すれば、凶悪犯罪が年に三桁は起きていても何ら不思議ではない。


 そうした犯罪の中に、たまたま今も捕まっていない連続殺人があるだけのことだろう。


「死体はバラバラ。被害者の大半は、スキルでも身元の特定ができないくらいだったらしい。状況からして真夜中の犯行ってことで、誰が呼んだか夜の切り裂き魔(ナイトリッパー)。単純だろ?」

「犠牲者の一人がAランク冒険者だったので、結構大きな話題になったんですよ」

「おいおい、Aランクを殺せる殺人鬼なんて尋常じゃ……いや、寝込みを襲うなりすれば、スキルの噛み合い次第でどうとでもなるか」


 冒険者側が気配察知や自動防御を可能とするスキルを持っておらず、なおかつ睡眠中などの無防備な状態であれば、所有スキルか運次第で一般人でも殺せる可能性は充分にある。


 一般人と比べれば隙が少ないかもしれないが、無防備なときは本当に無防備だし、スキルの助けもなしに急所を刺されたらあっさり死にかねない。


 たとえAランク冒険者といえど、人間であることに変わりはないのだから。


「ま、過剰にビビっても疲れるだけだぜ。何十万も人間が集まってりゃ、たまにはこういうことも起こるもんさ。比率で言えば他の町より格段に安全だしな」


 治安維持を担う銀翼の騎士が言っていいことなのか少し悩むが、むしろ銀翼騎士団だからこその実感なのかもしれない。


 そうこうしていると、再びロイを呼ぶ声が投げかけられた。


「やばっ、さすがにもう行かないと……っと、最後に一つだけ聞いてもいいですか?」


 ロイはテーブルを離れた直後に振り返り、俺に向かって手短に問いかけた。


「僕が見た(ひと)は勘違いだったみたいですけど、今は彼女さんとか作ってないんですか?」

「お前なぁ……」


 まったく、あいつはさっきから何を気にしているんだか。余計なお世話にも程がある。


 だが、聞かれたからには胸を張って答えなければ。


「とびきり可愛いのがいるぞ。俺にはもったいないくらいのな」

「マジですか! 今度紹介してくださいね!」

「気が向いたらな。あと、このことは内緒にしとけよ」

「もちろん分かってます!」


 いい笑顔で人混みの中に消えていくロイを見送っている間、隣に座ったガーネットはテーブルに突っ伏して顔を伏せ、俺の足に激しい蹴りを何度も繰り出していたのだった。











「ったく、お前な……マジお前な……」


 冒険者ギルド本部を後にしてからも、ガーネットはほんのりと赤らんだ顔を歪めてぶつくさと呟いている。


 しかし顔を歪める理由は怒りや不快感などではなく、違う感情から浮かんでくる表情を噛み潰しているからのようだったが、それを確かめるのはやめておいた。


「オレの()()は隠してあるんだから、あんまり手がかりになるようなこと言うんじゃねぇよ」

「悪い悪い。ところで、念のために確認しておきたいんだが、お前って王都では普段どんな風に振る舞ってるんだ?」

「ん? どんなっつーと……言われてみりゃそうだな。グリーンホロウにいるときとは勝手が違うか。ちょっとこっち来な」


 ガーネットは大通りから枝分かれした横道に俺を連れ込んだ。


 グリーンホロウ・タウンにおいて、ガーネットは性別と騎士の身分の両方を隠している。


 前者は銀翼騎士団が女性騎士を採用しない方針であるためなので、王都においても同じだと簡単に想像がつく。


 しかし後者は秘密裏に俺を護衛するためであり、王都でもそうしているのかは確信が持てなかった。


王都(ここ)でも基本的にはグリーンホロウと同じだ。表立って騎士として活動するときは素顔を晒さねぇし、よほどのことがない限りは素顔のときに騎士だとは名乗らねぇ」


 ガーネットは人気(ひとけ)のない横道の壁にもたれかかって、俺の質問に回答し初めた。


「けどな、グリーンホロウと違うのは、俺の素顔と素性を知ってる奴が向こうより多いってことだ」


 右手が親指だけを立てて握られ、苦々しく歪められた綺麗な顔がびしりと指差される。


「貴族やそれなり以上の地位がある騎士と会うときは、兜なんざ被りっぱなしにしておくわけにはいかねぇからな。それに『アルマ』としてなら会ったことがあるって奴もいるんだ」

「『双子の兄妹』っていう()()を知ってる相手なら、『アルマ』と同じ顔の少年を見ただけで『ガーネット』だと気付くわけか」


 アルマ・アージェンティア。


 銀翼騎士団の騎士団長を歴任するアージェンティア家の末娘であるこいつが、性別を偽って銀翼の騎士になるにあたり、外部への情報工作のために生み出した架空人物。


 ガーネット・アルマ・アージェンティアとして生を受けた事実を隠し、兄のガーネットと妹のアルマの双子だったということにして、普段は騎士ガーネットの名義で活動する。


 そして必要に応じてアルマを演じ、将来的には――母親の仇討ちが果たされるか、十八歳になった時点で騎士を辞め、以降はアルマという女として生きる。


 これが彼女と父親の間で交わされた約束なのだ。


「そりゃオレだって、せっかくお前と()()()()()になったんだし、隠れてこそこそするしかねぇってのはアレだけどさ……」


 ガーネットは口ごもりながら視線を泳がせていたが、不意に何かを思いついた様子で顔を上げた。


「……いや、待てよ? 案外、やりようはあるかもしれねぇな。ちょっと試してみてもいいか?」

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