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第179話 キングスウェル公爵

「その『右眼』と長く付き合っていくつもりなら、この老いぼれの弁明に耳を傾ける価値はあると思うがね」


 こんなことを言われて(ノー)と答えられるはずがない。


 かつて俺は勇者ファルコンに雇われ、魔王が潜むとされる――そして実際に潜んでいた――Aランクダンジョン『奈落の千年回廊』の踏破に同行し、勇者のミスの帳尻合わせで迷宮の底で切り捨てられた。


 地獄のような放浪の末に【修復】スキルが進化したおかげで脱出に成功するも、勇者パーティが未帰還に終わったと判明。


 俺がその原因ではないかと疑われ、調査のために銀翼騎士団が派遣されて――あれは明らかに俺の人生の転機となった事件だった。


 その原因である大臣本人から、当時の裏事情を教えると言われたのだ。拒否できる理由があるなら教えて欲しいくらいである。


 キングスウェル公爵は五人組の番兵に退席を命じ、ガーネットも含めた三人だけの状態にしてから語り始めた。


「まず初めに、一つだけ確認しておきたい。お主は『神々』という存在をどう認識しているのかな」

「……信仰の見返りとして、人間にスキルを与える存在です。人格を持つ存在なのか、そうでないのかまでは想像もできませんでしたが……今は少し前者に傾いていますね」


 無意識のうちに片手を右目の近くに持っていく。


 魔王と死闘を繰り広げる最中、致命傷を負って死の淵に立たされたときに、俺の意識の中に現れた神を名乗る存在、アルファズル。


 奴は俺の体を明け渡すように要求してきたが、断固として拒絶すると潔く引き下がり、俺の右目に『叡智の右眼』を宿らせて姿を消した。


 一連の経緯は然るべき所に報告済みで、キングスウェル公爵が知っているのも不思議ではないけれど、現時点では新たな情報は全く手に入ってきていない。


 事情があって俺には伏せられているのか、それとも本当にまだ何も分からないのかも不明瞭だ。


「結構。ウェストランドでは数え切れない程の神々が崇拝され、職業ごと、地域ごとに無数の信仰が存在している。それを踏まえた上で本題を聞いてくれたまえ」


 公爵はゆっくりと言い含めるように、本題とやらについて語り始めた。


「『奈落の千年回廊』の出入口は、かつて我が一族の領地内にあったのだ。十年ほど前に領地が再配分された影響で、今は陛下の直轄領になっているがね」


 俺も全く知らなかった情報だったが、どう考えても本題はまだ先なので、まずは余計な口は挟まずに耳を傾ける。


「昔、私が家督を継承するよりも以前……本来の後継者だった私の兄は、一体何を思ったのかその迷宮の調査にのめり込み、後継者としての責務を全て放り投げてしまった」

「…………」

「家族は兄を()()、後継者を私に切り替えたうえで、兄のことは実質的に見捨てて好きにさせることにしたのだ」


 一瞬、セオドアのことが脳裏をよぎる。


 あいつは辺境伯であるビューフォート家の嫡男でありながら、趣味のドラゴン狩りにどっぷりと傾倒してしまっている。


 しかしあいつの場合は、未だに実家から見限られる様子がないので、それなりに上手く立ち回っているのかもしれない。


「兄は来る日も来る日も調査と研究に没頭した。迷宮が冒険者ギルドの管理下になってからも、私すら知らぬ間にギルドと交渉し、調査を続行する許可を得るほどの入れ込みようだった」


 公爵は顔全体に苦笑を浮かべ、大仰に首を横に振った。


「だが、その成果は……正直、失笑せざるを得ないものばかりだった。迷宮の発光苔が不老不死の妙薬になると言い出して、煎じて飲んで死にかけたときは、医者を呼ばずに放っておこうか本気で迷ったほどだったな」


 公爵の口振りからすると、調査とやらがまるで駄目な代物だったのは間違いないらしい。


「そんな愚兄が遂に消息を断ったのは、迷宮の奥に住まうドワーフ共が我らに救援を求める少し前のことだ」

「もしやそれは……地上への救援を求めるよう、兄君が助言をしたということですか?」

「分からぬ。調査中だ。第一、そこは本筋ではない」


 まさかと思って尋ねてみたが、残念ながら見当違いだったらしい。


「魔王の(もと)に勇者を送り込むことになったとき、私は虎の子のファルコンを推薦したが、兄の研究成果を報告することはしなかった」

「……? 何故ですか?」

「報告できる状態ではなかったからだ。この執務室の三倍近く広い部屋が、雑多な紙束の山で埋め尽くされた光景を想像するがいい。一体どれが有益な情報なのかもさっぱり分からなんだ」


 言われたとおりに情景を思い浮かべてみて、そしてすぐさま心の底から納得する。


 整理整頓も取捨選択もされていない情報の海から、使い物になるほんの僅かな――存在しているかも怪しい()()()を抽出するなんて、どう考えても膨大な時間が掛かる大仕事だ。


「ファルコンが帰還せず、お主だけが新たな『力』を見つけて生還したと知ったとき、私は心の底からこう思った――『まさか!』とな」


 公爵は急に語調を強め、執務机に身を乗り出した。


「最後となった調査へ赴く前日、兄は最新の仮説とやらを私に伝えていた。曰く――この世に神はおらず、スキルは血肉に宿る力であり、あの迷宮には力を引き出す作用がある――とな。無論、そのときは馬鹿らしいと笑い飛ばしたさ」


 まさかの一致ぶりに驚かざるを得ない。


 迷宮を構成するミスリルか、あるいは迷宮に施された自己修復の魔法が俺の【修復】スキルを進化させたという仮説は、魔王ガンダルフの口から発せられたものだった。


 更に、スキルは魂ではなく血肉に宿る力だと述べたのは、他ならぬアルファズルであった。


「兄の『仮説』を報告すべきか否か、心底悩んだよ。神が存在しない可能性があるなどと言えば、今度は私の正気が疑われかねん」

「…………」

「しかし万が一、報告しなかったことが王国の不利益になれば、間違いなく責任を追求されてしまうだろう。陛下がお許しくださっても、他の貴族からの風当たりは強くなるに決まっている」


 それはまぁ……確かにそうかもしれない。


 あの時点では、まだ『迷宮をさまよっている間にスキルが進化した』ということしか分かっておらず、それが迷宮からの干渉によるものだとする根拠はどこにもなかった。


 もしかしたらと思うことはあっても、政治の場で大真面目に提示したら白い目で見られること請け合いだ。


 けれど何も行動を起こさなければ、大惨事に発展したときに『どうして言わなかったんだ』と責め立てる奴が必ず現れる。


 政治的なライバルは、これ幸いと足を引っ張る材料に使おうとするだろう。


「だから私は、どちらに転んでもいいように備えることにした」


 公爵は執務机に乗り出していた体を引っ込め、背もたれをぎしりと軋ませた。


「兄の『仮説』は伏せたまま、騎士団にお主を監視させる状況を整え、お主に何かしらの異変が起きてもすぐさま対処可能とする――そんな備えをな」

「……そのための方便が、ミスリル密売と勇者殺しの容疑だったというわけですか」

「想定よりも仕込みに手こずって、陛下からお叱りを受けるという恥をかいてしまったがね。代償としては安いものだ」


 まさしく本人が言ったとおり、あれは自己保身の賜物だったわけだ。


 ――酔興な兄が『奈落の千年回廊』に関してぶち上げた非常識な『仮説』が、どういうわけか迷宮を脱出した俺の状態と部分的に被っていた。


 この仮説をそのまま報告したら正気を疑われかねないけれど、かといって報告せずに万が一のことが起こったら大問題。


 そこで自己保身のために、適当な理由をでっち上げて騎士団に俺を監視させ、仮説のことは誰にも言わずに万が一への備えを固めることにした――


「(恐ろしく傍迷惑な話だけど、結果的には正解だったのが皮肉だな)」


 もしもあのタイミングで銀翼騎士団が来訪しなければ、魔王戦争の行く末は今とは全く違う形になっていただろう。


 最悪の場合、魔王軍による地上への攻撃を許してしまっていたかもしれない。


「言うまでもないが、愚兄の研究と仮説については、今はもう陛下に報告済みだ。膨大な研究資料の分析が終われば、お主の『右眼』についても何か分かるかもしれぬ」

「……期待させていただきます」

「うむ。お主も何か気になることがあれば、遠慮なく私に伝えてもらいたい。資料の分析は私の責任で行っているからな」


 キングスウェル公爵は手元のベルを鳴らし、廊下で待機していた番兵達を呼び寄せた。


 秘密の会話はこれで終わりということらしい。


「陛下は三日後に王都へお戻りになられる予定だ。可能であれば、その日の夜までは待っていてもらいたい。構わないかな?」











「……白狼の。キングスウェル公爵の話、どう思った?」


 用件を済ませて王宮を後にし、高級住宅街の緩やかな坂道を下りながら、ガーネットがそんな話を切り出してきた。


「そうだな……嘘はついてないけど、全てを明かしたわけでもないって印象だ。きっと公爵本人しか知らないことが山程あると思う」

「やっぱりそう思うか」

「少し話を聞いただけでも、情報を小出しにして立ち回るのが上手い人間だってことは伝わってきたからな」


 冒険者として活動してきた十五年間。

 その中で色々なタイプの人間と接してきたが、特に厄介なのは『巧みに嘘をつく人間』よりも『巧みに隠し事をする人間』の方だった。


 嘘偽りなら矛盾を突けば切り崩して糾弾できるが、単に『言わなかっただけ』ならそうはいかない。


 時間の都合だとか話の流れだとか、言わなかった理由はいくらでもでっち上げられるし、聞かれたら答えるつもりだったのに何故聞かなかったのだ、と逆に責任を押し付けてくる場合もある。


「でも、キングスウェル公爵が自己保身に走ったおかげで、俺はガーネットと出会うことができたわけだ。それだけは感謝してもいいと思ってるよ」

「……何言ってんだ、馬鹿」


 ガーネットは照れ混じりに俺を睨み付け、歩きながら器用に足を蹴りつけてきた。

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