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第176話 満天の星空の下で

 レンブラント・アージェンティアとの対話を終えた後、ガーネットはルークを連れてダンスホールに隣接したテラスに移動した。


 ひんやりとした夜の空気が火照った頬を撫でる。


 晴れ渡る夜空には満月と星が輝き、閉じたガラス戸の向こうから音楽隊の演奏が漏れ聞こえる。


 静かに二人きりで話をするなら、これ以上のシチュエーションはそうそうないだろう。


「――で、そろそろ教えてくれるんだろうな。どうしてお前がここにいるのかってこと。後でゆっくり話してくれるって言ってただろ?」


 ガーネットは蕩けるような内心を快活な笑みで誤魔化しながら、棚上げになっていた疑問を改めて投げかけた。


 服装はひらひらとしたドレスのままで、少年的ないつもの態度で話しかける。


 ひどくアンバランスだという自覚はあったが、パーティ会場で普段の格好に戻るわけにはいかないし、それにルークもこの現状を楽しんでいるように見える。


「最初にも言ったけど、こんな状況になってることに気がついたのは、お前が破り捨てた手紙を【修復】したからなんだ」


 テラスの手すりに背中を預け、ルークは現状に至るまでの経緯を順番に説明し始めた。


「仕事が終わった後に、エリカがポーションのレシピをなくしたことに気がついて、ひょっとしたら間違えて廃棄されてるかもと屑籠の中身を丸ごと【修復】してだな……」

「そしたらオレの手紙も元通りになってたと」

「勝手に見るなんて悪いとは思ったんだけどな。お前がいなくて寂しくなってたし、それに何だか嫌な予感がしたからさ」

「ったく……」


 これがもしルーク以外の男だったなら間違いなく激怒していたはずだが、状況が状況だからか全く怒りが湧いてこない。


 そのおかげで今があるというのも理由の一つだが、むしろそれ以上に、自分がいないことを寂しく思っていたというのが大きかった。


 一体どれくらい寂しかったのだろうか――そんな意地の悪いことを聞いてみたい気持ちを抑えながら、ルークの説明の続きに耳を傾ける。


「その後はとにかく、全力で準備だ。その日のうちにレイラから夜会の情報を聞き出して、どんな準備が必要なのかを考えてたな」

「レイラが? あいつ黒竜の人間なのに、こんなこと手伝わせたりできたのか?」

「俺ならトラヴィスに紹介できると言ったら二つ返事で」

「……ああ、そういう」


 思わず呆れ混じりの苦笑を浮かべてしまう。


 トラヴィスはレイラが理想とする男性像そのもので、崩落事故の一件で露骨に一目惚れをしていた。


 紹介してやれると言われたときの食いつきぶりが目に浮かぶようだ。


 もっとも今の自分は、他人の色恋沙汰をどうこう言える立場ではないのだが、そこはひとまず脇に置くことにした。


「後でトラヴィスには詫びを入れとかねぇとな。オレもやるから何か考えといてくれよ。で、それからどうしたんだ?」

「次の日には移動手段を手配しつつセオドアに紹介状を書いてもらって準備を整えて、そのまた次の日の早朝には出発だ」


 ガーネットは指折り数えながら、自分が王都まで来たときの日数経過とルークのスケジュールを比較した。


 まず、自分がグリーンホロウを出発した当日に事の真相を知り、翌日を準備にあて、翌々日の早朝に出発をした。


 一方こちらは、王都に到着した日とその翌日を夜会の準備にあて、翌々日の日没後に夜会へ出席した。


 移動に費やした日数が同じなら、まさに滑り込みだ。


「ああ、もちろんお前の秘密は誰にも話してないぞ。ちゃんと誤魔化したさ」

「しかしまぁ、よく一日で王都までの(アシ)を用意できたな。礼服だって後から調達したんだろ?」

「王都までの移動は、ギルド支部から王都の本部までの高速連絡馬車に相乗りさせてもらって、こっちはサンダイアル商会に無理を言って半日で何とか」


 ルークは礼服の襟元をつまんでみせた。


 本当に呆れるくらいの強行軍だ。

 白狼の森のルークという男がこれまでに積み上げてきたモノを、文字通り総動員して道理を蹴っ飛ばしている。


 同期のトラヴィスに貴族のセオドアというAランク冒険者。

 古い友人が支部長を務める冒険者ギルド支部。

 命を救った少女と破綻から救った町との関係で得た、サンダイアル商会との繋がり。


 これらの全てを、ルークは唯一つの目的のために振るってみせたのだ。


「…………」


 沈静化したはずの熱い感情が再び湧き上がってきて、ガーネットは頬が紅潮するのを抑えられずに俯いた。


「……なぁ、本当によかったのか?」

「確かに大変だったけど、そうするだけの価値はあったさ」

「ち、ちげぇよ!」


 ガーネットは意を決してルークの顔を見上げ、そして喉の奥で詰まりそうになっていた疑問を――最大の不安を絞り出した。


「オレで……良かったのかよ。こう言ったら変かもしれねぇけど、いい女だとか可愛い子だとか、お前の周りにたくさんいるだろ。有名になったんだから、探せばもっと上だって余裕で……それなのに、オレなんかで……」


 最初こそルークは意外そうに驚いていたが、ガーネットが一言ずつ必死になって紡ぐのを見つめながら、心の底から愛おしそうに微笑んだ。


「ああ、そうだ。俺はお前がいい。そのためなら騎士団長だろうと何だろうとなってみせるさ」

「……っ! お、お前な! そんなハッキリ……恥ずかしくねぇのかよ……」

「恥ずかしいに決まってるだろ。けど、お前が勇気を出して聞いてくれたんだ。俺だって負けてられないからな」


 ガーネットは視線を泳がせ、胸の前で指を絡めたりしながら、反撃の一言を考えようと必死になった。


 けれど、駄目だった。

 頭の中で色々な感情がぐるぐるしていて、とてもじゃないけど考えがまとまらない。


 自分にこんな側面があったなんて、自分でも信じられない。


 母を失い、復讐を志し、銀翼騎士団の一員として己を鍛えながら、数々の任務をこなし続け――そうやって送ってきた十余年の人生で、こんな感情を抱いたことはただの一度もない。


 どうにかそこまで考えたところで、ガーネットはあまりにも今更なことを自覚した。


 ――これは遅い初恋なのだ。

 そいつが考えうる限り最高の形で実を結ぼうとしているせいで、無防備な心がすっかり参ってしまっているのだ。


 だったらいっそ、行けるところまで行ってしまえ。


「け、けどよ……言葉だけじゃ信用ならないっていうか……不安というか……なんつーかこう、本当に信じていいんだって思えるような……」


 しどろもどろになりつつも、何とか視線を逸らさずにいるガーネットを見つめてから、ルークは少し緊張した様子で周囲の様子を窺った。


 ここは二階のテラスで、屋内に通じるガラス戸からは離れている。

 しばしの逡巡の後、ルークはガーネットの頬にそっと手を添え、顔を僅かに上げさせた。


 ガーネットはこれから自分がされることを理解し、潤んだ瞳を閉じて精一杯の背伸びをした。


 重なり合う二つの影。

 それを見守っているのは、満月と満天の星空だけだった。

これにて第四章完結です。

本来ならエピローグを挿入するのですが、今回はこれ以上の締め方が思いつきませんでした。

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