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第169話 支部長として、親として

 その晩、俺は薬剤担当のエリカを連れて支部長室を訪問し、崩落事故への対応を終えたフローレンスと話をすることにした。


 用件はもちろん、フローレンス経由で冒険者ギルドから要請された、特定種類のポーションを商品ラインナップに加えて欲しいという要請についてだ。


 最初に話をしようとしたときは崩落事故の件で中途半端になってしまったので、今日のうちに可能な限り話を詰めてしまいたかった。


 ――ということで、担当者であるエリカからも意見を聞きながら、細かな条件について話し合っていく。


 製造するポーションの種類と量は、エリカが請け負える仕事量の範疇で調整を。


 必要となる特殊な材料はギルドの責任と負担で調達し、ホワイトウルフ商店に低価格で納入するが、その代わり冒険者に販売する際は相応の割引を。


 今回の要請はギルドの金銭的利益ではなく、冒険者に対する間接的な支援が目的でなので、冒険者以外の大量購入には断りを――


 最初こそ緊張していたエリカだったが、話し合いを進めていくうちに少しずつ状況に慣れていき、最終的には臆することなく自分の都合を主張できるようになっていった。


 まさしく『成長が目に見える』という奴だ。

 将来的に自分の店を持つことを希望するエリカにとって、今回の話し合いはいい経験になることだろう。


「……では、以上の内容でおねがいしますね」


 話し合いを終えて、フローレンスは書類をまとめながらにっこりと微笑んだ。


 俺の隣で、エリカが吐息と一緒に疲労感を吐き出しながら、背もたれにぐったりともたれかかる。


 責任者として部外者との会議に臨んだのは初めての経験だったので、精神的な疲労も一層大きかったらしい。


「お疲れ。俺はまだ支部長と話があるから、先にサクラ達と一緒に帰っておいてくれ」

「了解でーす……」


 エリカは充実感と疲労感に満ちた顔で支部長室を出ていった。


 そして改めて、フローレンスと二人きりで向かい合う。


「リサもいつの間にか大きくなってたな。子供が育つのは早いもんだ」

「ええ。でも最近は私も忙しくなってきたから、あんまり相手をしてあげられてない気がするの。あの子が気難しくなってきたのも、ひょっとしたらそのせいかしら」


 フローレンスは資料の束を膝に置き、困ったような笑みを浮かべた。


「俺は子供なんていないから、何とも言えないな」

「たまに時間が取れたとしても、どんなことを話したらいいのか分からなくって。あの子がどんなことに興味があるのかも、ちょっとね……」


 これも支部長という高い地位にあるからこその悩みだろう。


 一人だけで娘を育てながらここまで地位を上げるなんて、正直に言って尊敬に値する功績である。


 冒険者を休業する前の俺にとっては、見上げすぎて首が痛くなるくらいの差があったほどだ。


 しかしそれだけに、乗り越えなければならなかった障害も多かったに違いなく、むしろ今も乗り越えている真っ最中なのかもしれない。


「でも、後悔なんかしてないんだな」

「するわけないじゃない。私が選んだ道なんだから」

「それなら良かった」


 ()()()が死んだ後、再婚せずにギルド職員としてリサを育てるとフローレンスから聞いたとき、俺達は本当に大丈夫なのかと心配になったものだ。


 結論から言えば、完全に不要な心配だった。俺達はフローレンスを見くびっていたと反省させられることになったのだった。


 けれど、娘を立派に育てながらギルドで出世しても、精神的に満足できるとは限らない。


 だからこうして気持ちを聞くことができたのは、俺にとって喜ばしいことだった。


「さっきリサと話をしたんだが、両親の馴れ初めだとか結婚する前のことに興味があるみたいだったな」

「えっ……?」

「父親のことをよく覚えていないから、そういう話を聞きたがってるみたいだ」

「そういえば、あの人のことはあまり……ありがとね、ルーク。時間があったらあの子に話してみるわ」


 (リサ)について伝えておかなければならなかったことも、これで伝え終わった。


 そろそろ俺も帰ろうと思って席を立ち、最後にもう一つ尋ねておく。


「やっぱり、家族を持つってのはいいものなのか?」

「当たり前じゃない。どうしてそんなこと……あっ! ひょっとして遂に良い人を見つけたとか?」

「まさか。聞いてみただけだよ」

「本当に? だって――ううん、やっぱり何でもない」


 フローレンスは明らかに何かを誤魔化した笑顔を浮かべた。


 大抵、こいつがこんな顔をするのは、黙っておいた方が面白くなると思ったときだ。


 要するに『重大な問題にはならないし、傍から見ている分には楽しいだけの厄介事』の気配を感じ取った場合である。


「何だよ、気になるだろ」

「いいからいいから。ほら、早く帰った帰った。私はまだ仕事が残ってるんだからね」


 笑顔のフローレンスに無理やり押し出される形で、俺は支部長室から追い出されてしまったのだった。











 支部長室を後にして建物を出ようとしていると、入口付近の壁にもたれかかったガーネットと目が合った。


「よぉ、白狼の。遅かったな」

「なんだ、サクラ達と一緒に帰ってると思ったぞ」

「何度も言わせんな、バーカ。オレの役目はお前の隣にいることなんだからな」


 ガーネットにわざとらしく眉をひそめた顔でそう言われ、思わず周囲の様子を窺ってしまう。


 誰かに聞かれていたら妙な誤解を受けそうな表現だったが、幸いにも近くには誰もいない。


 というか冷静になって考えれば、誰もいないからこそガーネットもこんな言い方をしたのだろう。


「んじゃ、さっさと帰ろうぜ。明日は仕事が……っつっても、支店がオープンするから多少は楽になんのか」

「楽になってくれなきゃ、わざわざ準備した甲斐がないな」


 何はともあれ、ガーネットと連れ立ってホロウボトム支部を出て、薄暗くなった『日時計の森』の整備された斜面を登っていく。


 ガーネットは何やらご機嫌で、足取りもいつもより軽快だ。

 と言っても、普段と比べてほんの僅かな違いがあるという程度なのだが。


 やがて斜面を登りきり、半日ぶりの我が家に近付いたところで、家の前に見知らぬ男が佇んでいるのが見えた。


「何だ、あいつは……」

「待った。ありゃ銀翼(うち)の連絡員だ」


 警戒する俺の腕を軽く引っ張ってから、ガーネットが一歩前に出る。


 その男も同時にこちらへ向き直り、びしりと姿勢を正した。


「遅くに失礼致します、ガーネット卿。本日は卿とルーク殿に重要書簡をお届けに参りました」

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