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第167話 遠い昔の恋愛模様

 そうして、俺とガーネット、レイラの三人は一足先に『魔王城領域』を後にしてホロウボトム支部へと引き返した。


 フローレンスは支部長として現場指揮を続けることになり、ナギは最初から探索メンバーの一人だったのでそのまま地下に残っている。


 何故かレイラが妙にぼうっとしていることを除けば、さしたる変化も損失もなく事を終えることができた。


 とにかく支部に残してきたエリカと合流しようと思い、春の若葉亭の支店に向かったところ、その食堂スペースで予想外の連中とも出くわした。


「おや、ルーク君じゃないですか」

「やっぱり……来てた、んだ……」


 入口近くのテーブルで、アレクシアとノワールが朝食と思しき食事を取っている。


 二人とも妙に髪が艶やかに見えるというか、ほのかに湿り気を帯びていた。


 とりあえず、ガーネットとレイラには適当なテーブルで席を取っておくように伝えておいて、俺はこちらの二人と話をすることにした。


「朝っぱらから風呂にでも入ってきたのか?」

「浴場の改築が終わったので一番乗りをさせてもらいました。現場で働いた人の特権ですね」


 自慢げに胸を張るアレクシア。

 その向かいの席で、ノワールは温かいハーブティを飲みながら、リラックスした様子で寛いでいた。


「ところで、ルーク君。さっきから支部の中が騒がしいみたいなんですけど、何かあったんですか? ルーク君も何だか砂っぽいですし」

「まだ何も聞いてないのか」

「ずっと改築作業をしてましたので。終わったらすぐにお風呂に入って、ちょっと前に上がったばっかりですから」


 ノワールも小さく頷いて同意している。

 髪が黒くて長いせいか、湯上がりの艶やかさがアレクシア以上に際立って見える。


 二人に落盤事故のことを説明するべきか少し悩んだが、せっかく一仕事を終えて休息を取っているのに余計な心配は与えたくないと思い直し、その話は後回しにすることに決めた。


 既に事態は収拾されつつあるのだし、今伝えるのも後で伝えるのもさしたる違いはないだろう。


「まぁ、ちょっとな。それより、エリカがどこにいるか知らないか? 多分あいつもここにいると思うんだが」

「エリカ、なら……あっち、に……」

「声は掛けてないです。知らない子と一緒にいたんで、邪魔をしたら悪いかなと思いまして」


 ノワールとアレクシアが視線を向けた先は、食堂スペースの入口から一番離れた角のテーブルで、確かにエリカとリサが向かい合って座っていた。


「ありがとな。ちょっと行ってくる」


 入口横のテーブルを後にして、エリカとリサのところへと移動する。


 エリカは俺が近付いてきたことに目ざとく気がつくと、笑顔を浮かべて手を振ってきた。


「ルークさん、こっちこっち!」


 隣の椅子を勧められたので、とりあえずそこに腰を下ろす。


 リサはエリカの向かい側に座っていて、相変わらず表情からは覇気が感じられないが、テーブルにはしっかりと空のケーキ皿とティーカップが並んでいた。


「財布、返しますね。まったくもう、びっくりしましたよ。開けてみたら銀貨どころか小金貨まで入ってたんですから。こんなの気楽に投げ渡さないでくださいよ」

「悪い悪い。さっきは急いでたからな。ケーキはどうだった?」

「そりゃもちろん、美味しかったに決まってるじゃないですか。春の若葉亭の自慢のメニューなんですし。リサちゃんも美味しそうに食べてましたよ」


 エリカから硬貨の詰まった小袋を受け取って、俺達がいなかった間の話を聞いてみる。


 俺個人としても気になるが、フローレンスの側の事情も考えると、今ここで俺が聞き出しておくのが一番だろう。


 リサはフローレンスに対して、どんな風にエリカと接したのかを無邪気に話すタイプの子ではない。


 親子関係が破綻しているという意味などではなく、単純にそういう年頃かつそういう性格であるというだけだ。


 しかし母親にしてみれば、気難しい娘がどんな風に初対面の他人と接したのかは気になるもの。


 俺とフローレンスは、後で改めて『武器屋の店長』と『冒険者ギルド支部の支部長』の立場で話をすることになるので、そのときにでも語って聞かせることにしよう。


「二人でどんな話をしてたんだ?」

「んー……込み入ったことは話してませんよ。グリーンホロウにはもう慣れた? とか、私がどんな仕事をしてるのか、とか。ほんとにただの雑談です」

「……あの」


 エリカとそんな会話を交わしていると、不意にリサが割って入ってきた。


「おじさんはお母さんの友達なんですよね?」

「ちょ……! そこはお兄さんとか!」


 慌てるエリカの横で、俺は思わず苦笑を浮かべた。


「母親と同じくらいの歳なのに、お兄さんとは呼びづらいよな。それだとお母さんもお姉さんだ」

「いやいやいや、それじゃフローレンス支部長がおばさんになっちゃうじゃないですか。店長もですけど、とてもそうは見えませんってば。本人に聞かれたら怒られますよ」

「あいつなら怒らないと思うけどな。むしろ自称するタイプだぞ」

「普通は怒りますって。内心で怒ってますって」


 リサは俺とエリカを往復するように目線を動かしてから、質問の続きを遠慮気味に口にした。


「だったら、お父さんとも友達だったんですか?」

「――――」


 返答に窮したことを悟られないように、あえて微笑を浮かべる。


 質問そのものが答えにくい代物だったわけではない。

 答えは『イエス』だ。親友の域には達していなかったが、お互いに友人の一人と認識し合う関係ではあったと思う。


 では、どうして返答に窮したのか。

 それは質問を投げかけたのが他でもないリサだったからだ。


「リサちゃんのお父さんというと、支部長の旦那さんですよね。そういえば旦那さんの話は聞きませんけど、何してる人なんですか?」

「お父さんは死んじゃった。まだ子供だったから、よく覚えてないんだ」


 やらかした――! エリカはそう言わんばかりにさあっと青ざめた。


「え、あ、ごめんっ。知らなかったから、ほら」

「別にいいよ。ほんとによく覚えてないから」


 フォローに四苦八苦するエリカに助け舟を出す形で、俺はリサの質問にきちんと答えることにした。


「俺と君のお父さんは友達だったよ。俺が冒険者になって五年も経っていない頃だけど、同じギルドハウスを拠点にしてたんだ。お母さんも一緒にいて、ギルドハウスのアイドルで稼ぎ頭だったな」

「お母さん、モテたんだ」

「ああ、そりゃあもう。皆には内緒だけど、俺も当時はちょっと気があったんだ。お母さんには特に言っちゃダメだからな」


 ややオーバーな仕草だと承知の上で、人差し指を口の前に当てるジェスチャーをしてみせる。


 リサの表情に少しばかりの活気が浮かんできている。

 自分が知らない母親の昔話を聞く機会を前に、好奇心が刺激されているのだろう。


「というか、あのギルドハウスにいた連中は、皆お母さんに夢中だったかもな。その中で一番本気だったのが君のお父さんで、結婚すると聞いたときも『あいつなら当然だ』と思えるくらいにいい奴だったよ」

「そっ、それでそれで!?」


 テーブルに身を乗り出すリサ。


 俺が彼女くらいの年頃だったときは、単純で子供っぽい思考回路そのものな餓鬼だったが、女性は一足先に中身が成長すると聞いたことがある。


 リサもきっと色恋沙汰に対する関心を抱えていたのだろう。


「話すと長くなるからな。今日はここまでだ。でも――お父さんもお母さんも、昔から君のことを大事にしていたってことは覚えておいてくれ。その辺りは今も全く変わってないからね」

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