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第165話 オープン前日の最終準備

 まず最初に立ち寄った場所は、予定通りホワイトウルフ商店のホロウボトム支店だ。


 幸運にも……あるいは何かしらの配慮があったのかは分からないが、支店の立地は支部の中でも指折りの良好さだった。


 開店を明日に控えていることもあり、店頭には既に多くの商品が並べられ、支店勤務の従業員達が準備とリハーサルに勤しんでいる。


 鍵の掛かった正面入口ではなく、従業員用の入口から店内に入ると、支店長のナタリアが笑顔で挨拶をしてきた。


「おはようございます、ルーク店長」

「ああ、おはよう。こっちの準備は万端みたいだな」


 ナタリアに率いられた支店スタッフ達は、和やかな様子で明日のための準備を進めていた。


 サンダイアル商会のドロテア――シルヴィアの祖母の弟子として鍛えられてきただけあって、ナタリアは商店運営の経験値をそれなり以上に積んでいる。


 もしもナタリアを雇えていなかったら、開店前日をここまで落ち着いて迎えることはできなかっただろう。


「こうやってお店を率いるのは、ずっと昔からの夢だったんですよね……あ、前にもこの話はしましたっけ」


 ナタリアはうっとりと微笑みを浮かべた。


 以前にも聞いたことがあった話題だったが、やはり喜ばしいことは何度も話したくなってしまうものなのだろう。


「そうだ、ルーク店長。昨日、冒険者ギルドの支部長の方からいくつか要請がありまして……」

「フローレンス支部長から?」

「メモはこちらに取ってありますけど、直接お話を伺った方がよろしいかと」

「商品ラインナップの追加か……こいつはエリカの領分かな。後で挨拶に行くつもりだったから、そのときに確認してみるよ」


 俺とナタリアが業務に関する話をしている間、ガーネット達も支店の中を興味深そうに見て回っている。


「あれ? ねぇ、ルークさん。こっちの棚、なんか商品が少なくないですか?」


 エリカが会計カウンター横の商品棚を覗き込みながら、怪訝そうにそう尋ねてきた。


 あの棚はエリカが中心になって製造した、ポーションや錠剤などが陳列してあるコーナーだ。


 言われてみれば確かに、妙に隙間が多くて商品が少ないように見える。


「実は昨日、作業員の方々からポーションを売って欲しいと頼まれまして。正式開店前でしたけど、支店長判断でお売りしたんです。在庫補充と追加発注も後でしておきます」

「そういえば、建築作業の方は昨日が最後の追い込みだったらしいな。商品の評判はどうだった?」


 ナタリアなら当然これくらいは聞いているだろう、と期待して尋ねてみる。


「大好評でしたよ。前々からの常連さんもいたみたいで、薬師がまた腕を上げたなと褒めておられました」

「そ、そうかな……へへ……」


 照れくさそうに()()()()エリカ。


 ホワイトウルフ商店で取り扱っている薬に対する評価は、そのままエリカの評価に直結する。


 自分の薬師としての腕前を称賛されたのだから、嬉しくないはずがないだろう。


「さてと、そろそろ次に行くとするか」











 ホワイトウルフ商店の支店の様子を見た次は、支部のどこかで作業をしているはずのノワールとアレクシアを探すことにする。


「彼女達はこの建物の水回りを整備する作業を手伝っています。今は温泉を引き込む作業の大詰めだったかと」

「温泉ですか? こんなダンジョンの底なのに?」


 レイラが驚いた顔で、道案内をするサクラに問い返す。


「ええ。戦争中から簡易な浴場はあったのですが、それを大規模に改修して、地上の温泉宿と同等……とまではいかないまでも、本格的な浴場を作ることになったのです」

「ですけど、ここよりも地下には『魔王城領域』が広がっているのですよね。温泉なんて湧くのですか?」

「だから引き込む設備を作っているのですよ」


 どうにも正確な理解が及んでいない様子のレイラに、サクラは丁寧な説明を重ねた。


「アレクシアは複層都市出身の機巧技師です。私は複層都市に行ったことはないのですが、階層状の町が何段も積み上がり、上層ほど高級な土地と扱われているそうです」

「複層都市……スプリングフィールドですね」


 さすがに竜王騎士団の家系で教育を受けてきただけあって、複層都市の存在と正式名称もすぐに思い出すことができたらしい。


 そして、全てに納得がいったと言わんばかりにぽんと手を叩く。


「あの町は浄水を上層へ運び、上層の排水を下層へ送るための送水機巧が発達していると聞きます。それを応用して、地上の温泉水を『日時計の森』の第五階層まで往復させているのですね」

「ええ、そのとおり。かなり大規模ですから、アレクシアだけではどうしようもなかったそうなので、彼女の伝手(つて)で他の技師も招いているようです」


 サクラの説明からは外されていたが、アレクシア達が整備しているのは温泉の給排水だけでなく、飲料水や調理に使う真水の供給システムも含まれている。


 こちらもまた、魔王戦争中に仮設されたものを、長期利用を前提とした本格的なものに置き換える形だ。


 そんな会話を交わしながら廊下を淡々と歩いていると、廊下が交差したところでガーネットが不意に足を止めて、進行方向とは別の方を向いて俺を呼び止めた。


「白狼の、あっちに支部長がいるぞ。先に挨拶でも済ませたらどうだ」

「フローレンスが? ……本当だな。サクラ、悪いけど予定変更だ」


 先頭を行くサクラにそう告げて、順番を変更して支部長への挨拶を済ませることにする。


「あら、こんなところで奇遇ね」


 フローレンスもこちらに気付いたらしく、駆け寄る俺達に笑顔で手を振ってきた。


「後で支部長室にでも行こうと思ってたところだよ。支店の開店前日の挨拶と、後は商品の種類の追加について詳しい話を聞こうと思ってさ」

「本当? 急なお願いで悪いとは思うんだけど、前向きに検討してもらえたら嬉しいわ」

「条件次第だな。材料の手配をギルドがやってくれるなら、こちらとしても受け入れやすいし……っと、せっかくだから担当者と直接話してもらうか」

「えっ!? あ、あたしですか!?」


 エリカは顔を赤くして驚き、がちがちに緊張しながらフローレンスの前に出た。


 その間、ガーネットは軽く身を屈めて、フローレンスの後ろで退屈そうにしている少女――娘のリサのことをまじまじとみやっていた。


「んー……似てはない……か……」


 ……誰にだ、誰に。


 とにかくフローレンスともっと詳しい話を詰めようとしたまさにそのとき、廊下に一陣の風が吹き抜けたかと思うと、小柄な東洋人の少年が現れた。


「ナギ? どうしたんだ、ここで――」


 しかしナギは、俺にもサクラにも目もくれず、真っ先にフローレンスに向かって声を張り上げた。


「支部長! 緊急事態です! 『魔王城領域』で崩落事故が発生しました!」

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