第162話 セオドアの誘い
店頭で俺を待っていたのは、貴族的で華美な風貌の色男と、それに付き従うキツい雰囲気の秘書然とした美女。
まさしくドラゴンスレイヤーのセオドア・ビューフォートと、そのお目付け役として実家から派遣されたというマリアの二人組だった。
しかもよくよく見れば、お供らしき一団が店の前で待機している。
客足が鈍る時間帯だったのは運が良かった。
あるいは、そのタイミングを狙って訪問してきたのだろうか。
「やぁ、ホワイトウルフ君! 繁盛しているようで何よりだ」
「お久しぶりですね。まさか直接うちにいらっしゃるとは思っていませんでしたよ。どういうご用件ですか」
セオドアは名のある貴族の一員であり、その資金力はAランク冒険者の中でも指折りである。
グリーンホロウ・タウンにおいても、わざわざ町外れの別荘を買い取って拠点にしているほどであり、町中に姿を現すことは滅多にない。
「そんなに不思議がることでもないだろう? 店の前の道路は『魔王城領域』に行くための唯一の道なんだからね。僕も事あるごとにこの店の前を通っているんだよ」
「存じていますよ。パーティが大人数なのでよく目立っていますから」
「ははは。ドラゴン素材の回収と加工を考えると、どうしてもね。僕としては気持ちよく狩りができればそれでいいのだけれど、素材を持って帰らないとマリアがうるさいんだ」
セオドアがやや身を乗り出し気味にそう囁くと、お目付け役のマリアがわざとらしく咳払いをした。
マリアはビューフォート家に従う立場だが、その金銭感覚は貴族的ではなく、商人ばりに利益や節約といったものを重視している。
放っておけば湯水のように金を使い、冒険や魔物狩りで収益をあげようとしないセオドアのお目付け役としては、まさに適任だと言わざるを得ない人物だ。
反面、多額の金銭が絡むと目の色を変える一面もあるのだが、今はそういった様子は見受けられない。
「マリア女史が不服そうなのを見る限り、どうも商売に関わる用件ではないみたいですね」
「その判断基準には厳重に抗議をしたいところですが、結論から言えばお察しのとおりです。本日はセオドア様のご趣味に関する依頼のために参りました」
俺とセオドア達のやり取りを、従業員の少女達は三者三様の反応で見守っていた。
それなりに長く働いているエリカは、大口の取引先を前にしたときの態度で緊張している。
新人だが貴族社会にも詳しいレイラは驚きに言葉を失い、そして新人かつ一般人に過ぎないハリエットは二人の反応を見て戸惑っていた。
ちなみに、ノワールとアレクシアは奥に引っ込んで商品の製造に取り掛かっていて、ガーネットはセオドアに正体を看破される恐れがあるので姿を隠しているところだ。
「依頼ですか。武器や防具の発注なら、いらっしゃるのはマリア女史だけでしょうし……一体何を?」
「実はね。今度『魔王城領域』のドラゴンの生態をしっかり調べてみようと思うんだ」
セオドアはまるで旅行の予定を語るかのような気楽さで、楽しげに事情を説明し始めた。
「君も知っての通り、『魔王城領域』は岩山ばかりで生物が繁栄するにはかなり厳しい環境だ。魔力だけで生きていけるほどの濃度があるとも思えない。にも拘わらず、どれほど狩っても尽きる気配が全くないんだ」
なるほど、こいつは確かにセオドアならではの視点である。
生息数が減少していないと分かるほどに、一ヶ所で長期に渡ってドラゴンだけを狩り続ける奴なんて、ウェストランド中を探してもセオドアくらいのものだろう。
「更に深い領域にドラゴンの理想郷のような場所があって、そこから上がってきているのか! それともここのドラゴンは、古の魔法文明の遺産によって生み出される魔法生物なのか! あるいは岩山地帯の奥深くに肥沃な土地が……! 興味は尽きないと思わないかい?」
セオドアの語り口を聞いていると、演説か何かを聞かされている気分になってしまう。
やはりこういうのも、貴族の育ちならではなのだろうか。
「言われてみれば不思議ですし、興味も湧きますね」
「だろう!?」
「でも、うちの店に持ち込む話ではないでしょう。装備が必要ならいくらでもお売りしますけど」
当然の意見を投げかけてみたのだが、セオドアは全く気にする様子もなく言葉を続けた。
「君のスキルは間違いなく探索にも有効だ。武器や道具の修理。障害物の破壊。負傷の治療。古代遺跡の探索になるならば、ダンジョンギミックの解析、修復、無力化と役に立つことばかりだ!」
セオドアは大仰に腕を広げ、よく通る声を店内に響かせた。
「よければ僕の探索に同行してもらえないか? もちろん報酬は相応に支払うとも!」
皆の視線が一斉にこちらへ向けられる。
貴族でもあるAランク冒険者からの直々のスカウトだ。
しかも『魔王城領域』の秘密に迫る有意義な探索である。
報酬額だけでなく、成功時に得られる名誉と評価も間違いなく一級品。
一昔前の俺なら、一も二もなく飛びついていたに違いない。
だが、今の俺はそうではなかった。
「本当に魅力的な依頼ですけど、お受けできません」
「理由を聞いてもいいかな?」
「当面は店の経営に専念したいからですよ。支店のオープンも近いですし、冒険者稼業まで並行させる余裕はありませんから」
「そうかそうか! この店は僕にとってのドラゴン狩りのようなものか! それなら仕方がないな!」
セオドアは独特の理由で完全に納得してくれたようだった。
「ええ、それに……」
ガーネットが隠れている方向をちらりと見やる。
もちろん誰にも――ガーネット本人にも気付かれないようにさり気なく。
「……身内にあんまり心配は掛けられないですからね」
「だそうですよ、セオドア様。貴方もご家族に心配ばかりさせていないで、多少はご自愛なさってはいかがですか?」
「おっと! マリア、それは言わない約束だ」
セオドアは踵を返すと、マリアの視線から逃れるように出口の方へ向かっていった。
そして扉の前で足を止め、肩越しにこちらへ顔を向ける。
「どうしても君の力を借りなければ先に進めない場所があったとして、そのときは力を貸してくれるかな?」
「店に余裕があればお受けしますよ」
「結構! 実に心強い! それと、長期探索の開始まで一月は掛かるだろうから、気が変わったらいつでも言ってくれたまえ!」
意気揚々と立ち去っていくセオドア。
マリアは溜息を吐きながら小さく首を横に振り、バッグから一通の封書を取り出してカウンターに置いた。
「こちら、探索に必要と思われる道具類のリストです。来週までに見積もりをお願いします。いつものように、正式な発注はその後で……」
「はい、承りました。それじゃあまた」
普段と同じように見積もりを受け付け、セオドアの一行が立ち去ったのを見届けた直後、レイラを始めとする従業員の少女達がわっと話しかけてきた。
「本当にビューフォート家の方ではありませんか! 一体どのような繋がりなのですか!」
「あの女の人、よく来てるけどそんなに凄い人なんですか?」
「え、えっと……ビューフォート家って何なんでしょう」
逸る気持ちはわかるが、同時に質問されても対応しきれない。
とりあえず三人を落ち着かせてから、順番に対処していくことにしよう。




