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第161話 新人とのとある一日

 結論から言うと、レイラの働きぶりは期待以上のものだった。


 ホロウボトム支店のオープンに先立って、新規スタッフに経験を積ませる目的で、彼らに交代で本店勤務を経験してもらうことになったのだが、彼女の飲み込みの早さは群を抜いていた。


 もちろん、それはあくまで『未経験者の中では』という意味である。


 商店、特に他の武器屋で働いた経験がある奴の方が、店の『戦力』として考えた場合の評価は上回っているし、そういう意味での一番はやはり支店長予定のナタリアだ。


 それでもやはり、レイラの順応速度は評価に値するだろう。


 ナタリアを十とすると、他の経験者は九か八、レイラは七で他の未経験者は四から三といったところだと思う。


 始めたばかりでこれなら、すぐにでも経験者達に追いつきそうだ。


 しかし、一つだけ無視できない欠点もあって――











「よっ、白狼さん! 注文したのはできてるか?」

「魔物素材の複合弓ですね。先週ようやく素材が届いたんで、急いで仕上げましたよ」


 開店直後に、狩猟組合の猟師が注文の武器を受け取りにやって来た。


 注文の品は【合成】と【融合】を駆使して複数種類の素材を組み合わせた、お手製のコンポジット・ボウだ。


 ベースの弓にバランス良く素材を織り込むのはなかなか大変で、コツを掴むのにかなり苦労したが、一度覚えてしまえばすぐに二つ三つと作れるようになった。


「注文通り、ドラゴン素材も使って頑丈に仕上げてありますよ」

「ありがとよ! しっかし、ドラゴン素材がこんなに安く……ああ、いや、普通の奴と比べると目ん玉が飛び出るほど高いんだが、他所で買うより断然安く買えるなんてなぁ」


 猟師の男はしみじみと語りながら、弓の出来具合を確かめている。


「すぐ近くに棲息してるからでしょうね。やっぱり輸送費は馬鹿になりませんから」


 ホワイトウルフ商店が仕入れているドラゴン素材は、近隣ダンジョンの『魔王城領域』で仕留められ、すぐさま解体加工されて地上に運ばれたものだ。


 移動距離は徒歩でもあっという間に踏破できる程度。

 他の地域と比べると輸送コストは皆無に等しい。


 通常、ドラゴンが棲息しているのは、人里からかけ離れた岩山の奥のダンジョンだったり、そうでなくともダンジョンの奥深くだったりして、素材の運搬だけでもかなりのコストが掛かってしまう。


 逆に言えば、コストが低ければ仕入れ値も安くなり、価格にも反映されるというわけである。


 とはいえそれでも、普通の動物や並の魔物の素材と比べれば、ランクが一段も二段も違う価格になってしまうのだが。


「飛距離も威力も価格相応ですから安心してください」

「白狼さんの仕事を信用しないわけないだろ。ところで……話は全然変わるんだけどよ、なんかあっちの子、ずっとこっちを見てないか?」


 猟師の男がちらりと目線を向けた先には、俺のことをまじまじと見やるレイラの姿があった。


 盗み見ているという程度ではない。

 明らかに本腰を入れて俺のことを観察しているようだった。


「……うちの新人です。どんな話をしてるのか気になってるんですよ、多分……」











 それからしばらく時間が経ち、冒険者の来店のピークをようやく乗り越えようかというところで、籠を抱えたシルヴィアが裏口から入ってきた。


「皆さん、お疲れ様です! 今日は手が離せそうにないって聞いたので、差し入れ持ってきました! お腹に貯まるものと、後は甘い物と……」

「ほんと!? シルヴィア、愛してる、結婚しよ?」

「えー、どうしようかなー」


 エリカが大袈裟なことを言いながらシルヴィアにしなだれかかる。


 昔からの友人同士というだけあって、二人の間のやり取りは俺と話すときとは全く違い、悪ふざけをする一面や素の態度が出てきている。


 こういう光景を見るたびに、彼女達も年相応の少女なのだと改めて実感させられる。


「それじゃ、順番に休憩でも取ろうか。まずはエリカとハリエットから、ノワールはその次で大丈夫か?」

「だ、大丈夫……だ……」


 ノワールはカウンター裏で発注書を仕上げながら返事をした。


 ちなみにハリエットとは支店で勤務する予定の新人で、今日は研修の一環として本店で働いてもらっている。


「アレクシアは役場から戻ったら入ってもらうとして、ガーネットは……棚整理にもう少し掛かりそうだな。それで、レイラは……」


 全員の状況を確認しつつ、カウンターで値付け作業中のレイラに顔を向けると、びっくりするくらいにぴったりと視線が重なった。


 こちらを意図的に凝視していなければ起こりえない視線の合い方である。


 そのくせ作業が滞っている様子がないあたり、器用な奴だと思わずにはいられなかった。


「……どうかしたか?」

「お気になさらず。店長のお仕事ぶりを学ばせていただいているだけですので」

「いや……気にするなって言われてもな」











 やがて来客のピーク時間も過ぎ、店内の様子にも余裕が生まれてきたので、さり気なくレイラを呼び出して話を聞いてみることにした。


「俺の気のせいだったら悪いんだが、さっきから何かと俺のこと見てなかったか?」

「そうですね。貴方の働きぶりを観察させていただいておりました」

「まぁ……お前の役割なんだから別にいいんだが、もう少しさり気なく観察できないのか?」

「えっ」


 ……レイラのリアクションは本当に意外そうなものだった。


「もしや違和感が強すぎましたか?」

「客からも不思議がられるくらいにはな」

「申し訳ありません、隠密活動は不得手なもので……以後は気をつけます」


 レイラは素直に不手際を認めて小さく頭を下げた。

 本当に、所作の端々から育ちの良さが滲み出ている少女だ。


 竜王騎士団の身内だということは伏せてあるが、どこかの良家の出身であるということくらいは、他の従業員や来客には気付かれているかもしれない。


 それでいて、お嬢様に対する固定観念(ステレオタイプ)としてありがちなおっとりした性格ではなく、論理的で怜悧な思考をするのがレイラという少女の個性なのだろう。


 ……お嬢様というならガーネットも該当するのだが、あいつは男社会である銀翼騎士団に順応せざるを得ない事情があったので、例として引き合いに出すべきではなさそうだ。


 そんなことを考えていると、まさしく思い浮かべていた張本人のガーネットが、部屋の戸口に立って開けっ放しの扉を激しくノックした。


「おい、白狼の。ビューフォートの放蕩息子がお前をご指名だぜ」


 扉は開いていたので、さっきのノックは単純に俺の意識を引きつけるためのものだ。


 ガーネットが妙に不機嫌そうに見えるのとは関係ないと思いたい。


「セオドアが? 分かった、今行く」

「え、ビューフォートと言いますと、あのビューフォート家ですか!? そんな家柄の御令息とも個人的な繋がりが……後学のために、私も同席してよろしいでしょうか!」

「大袈裟だな。一介の武器屋と冒険者の関係だよ。いや、あいつの場合は武器屋と仕入先とも言えるか」


 驚いた様子のレイラを連れて、とにかく店舗の方へと引き返すことにするのだった。

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