第159話 ベアトリクス・レイラ・ハインドマン 後編
レイラは一呼吸を挟み、ようやく本題に言及し始めた。
「何故、栄えある竜王騎士団が私をこの町へ派遣したのか。ご説明いたしましょう」
息を呑んで次の発言を待つ。
竜王騎士団が俺のところに人を――それも少女を派遣するなんて、嫌な予感しかしなかった。
「ですがその前に、あなた方がどこまで事情を把握しているのか、お教え願えませんか」
「分かった。俺が説明する」
いつまでも主導権を手放しているわけにはいかない。
一番の当事者として、これくらいのことはしておくべきだろう。
――事の起こりは、銀翼騎士団と黄金牙騎士団が、俺に騎士号を叙勲して団員に加えようと考えたことにある。
この件は叙勲を執り行う国王陛下の判断により、魔王戦争の終結まで先送りにされていたが、その戦争も遂に終わりを迎えた。
両騎士団の関係悪化を防ぎたい王宮は、彼らよりも格上である竜王騎士団に漁夫の利を得させることで、両者に俺を諦めさせられないかと考えたのである。
「けれど君達は身内以外から新団員を取らない方針で、賛成派と反対派、そしてもう一つ……何らかの手段で俺を身内にしてから登用しようと主張する派閥に分かれてしまった……ってところだな」
「概ね正確ですね。いくつか訂正すべき点はありますが」
レイラが身内の視点で俺の説明に訂正を加える。
「この案件が持ち込まれる以前から、私達は三つの派閥に分かれていました。従来方針の堅持を掲げる伝統派、広く人材を募るべきと主張する改革派、両者の妥協点を探る中立派です」
「そこは順序が逆だと」
あくまで俺の件は、元からあった対立構造に投げ込まれた、新たな火種だったということらしい。
俺にとってはどちらでも同じだが、レイラにとってはそうではないようだ。
「我がハインドマン家は中立派。騎士団に亀裂を入れることも、王宮の要請を拒絶することも避けたいと考えております。私個人としましては、陛下が納得なさるのでしたら、どちらでも構わないのですけれど……失礼、話が逸れました」
レイラは小さく咳払いの仕草をして――実際に咳をしたわけではなかったが――話を本筋へと戻した。
「部外者を身内に取り込んでから入団させる。その手段は色々とありますし、前例も複数存在していますが……しかしそれらは全て、元から騎士だった方々を取り込んだケースなのです」
「だから、平民の俺に適用するのは難しい、と?」
「ええ、なので私が派遣されました」
「……?」
まだいまいち事情がよく分からない。
もっと詳しい説明を求めようと思った矢先に、レイラがすかさず言葉を付け加えた。
「貴方が竜王騎士団に相応しい人材であるか否か。これを見極めるのが私の第一の役割です」
「そうすれば、伝統派の説得もしやすいから……?」
「はい。ですから、目的を知られても大きな痛手ではないのです。もちろん知られないに越したことはなかったのですが」
確かに、俺の人となりを間近で知ることが目的なら、レイラの正体に気付いていようといまいと大差はない。
もしも俺が自分の意志で入団を希望していて、その審査をするために派遣されたという流れなら、本当の肩書は隠しておいた方が都合がいい。
入団審査をパスするために、普段とは違う振る舞いを演じるかもしれず、正確な査定ができなくなるからだ。
しかし今回は、あくまで騎士団や王宮側の都合で事態が動いており、俺自身は竜王騎士団への入団を希望しているわけではない。
また、支店開設を目前に控えたこの状況で『スカウトを回避するためにあえて無能な振る舞いをする』というのもありえない。
だからこそ、レイラはガーネットに正体を看破されてもなお、慌てず騒がず余裕たっぷりな態度を保っているのだ。
「私の雇用を取り消すのであれば、ご自由にどうぞ。ですが……」
「取り消さないさ。王宮と竜王騎士団に間違ったメッセージを送ることになるし、従業員としてちゃんと働いてくれるんだろ?」
「それはもちろんです。他に何かご質問はありますか?」
レイラは俺だけでなく、ガーネットとシルヴィア、サクラの方も見渡した。
「あ、あのっ! 私からもいいですか!」
真っ先に質問を投げかけたのはシルヴィアだ。
「レイラさんはサンダイアル商会の仲介でやって来たんですよね。おばあちゃんは……ドロテア会長はどこまで事情を把握しているんですか?」
「いいえ、特に何も。通常の労働者と同じ条件で仲介していただきました。説明せずとも事情を察しておられたかもしれませんが、さすがにそこまでは分かりかねます」
シルヴィアはほっとした様子で短く息を吐いた。
自分の祖母が政治的な陰謀に関わってやしないかと、肉親だからこその不安を抱いていたのだろう。
「先ほど、第一の役割と仰っていましたが、もしや第二第三の役割もあるのですか。ならば説明をお願いしたい」
次に口を開いたのはサクラだ。
この場で最も第三者に近い立場というだけあって、質問の内容も客観的で冷静なものだった。
「ええ、もう一つ重要な役割があります。部外者を一族に組み込む手段としては、養子縁組と婚姻が最も簡単です。しかし養子は遺産や家督の継承に影響してくるため、家を継がせる可能性も考慮しなければなりません」
文字通り、養子は法的に子供となることを意味する。
実子が何らかの理由で死に絶えれば養子が家督を継ぐことになるし、逆に実子がいないから養子を取って家督を継がせることもあると聞いている。
だからこそ、部外者を取り込む手段としては慎重にならざるを得ないのだ。
「つまり、貴方を一族に招き入れる方法は――」
嫌な予感が背筋を駆け抜ける。
隣に座っているガーネットの方を振り向けない。
以前、カーマイン団長もこの方法が最も可能性が高いと言っていた。
「――中立派の筆頭たるハインドマン家。その中で唯一の未婚の女である、この私と結婚していただくことになります」
「ええっ?」
「なっ……!」
「はああああっ!?」
三人の少女が同時に心の底からの驚きの声を上げる。
特にガーネットの反応は凄まじく、テーブルに手を突いて身を乗り出した衝撃で、テーブルの天板に亀裂が走って砕けそうになったほどだった。
「お前っ! もう一つの役割ってのはそれか! こっ、婚約者の品定めに来たってことか!」
スキルが暴発するほどの驚愕に突き動かされたまま、ガーネットが激しくまくしたてる。
「正確には婚約者候補です。拒否権はルーク殿だけでなく私にも与えられていますから。間近で人となりを観察し、伴侶にしたいと判断して初めて次の段階に進むことになります」
だが、レイラの方は至って冷静沈着なままで、ガーネットを赤い瞳で鋭く見つめ返した。
その言動からは嫌悪も恥じらいも全く感じられない。
「我らハインドマン家は、伝統派や銀翼騎士団のように昔ながらのやり方に囚われてはいません。本人の意に反した政略結婚など、アルフレッド陛下の治世にはそぐわない代物です」
言われてみればそうかもしれない。
アルフレッド陛下が王になった経緯は、そういった婚姻をぶち壊そうとした結果なのだから。
前王が特定のアーティファクトを発見した者に王女と王位を与えると決め、それに反発した王女は身分を隠して野に下り、冒険者時代の陛下と行動を共にし、恋に落ちた。
その王女が前王に連れ戻され、正式に王位争奪の戦利品とされたことを受け、陛下は万難を排して王位を勝ち取ったのである。
王になった理由は惚れた弱み――かつて陛下と謁見したとき、気恥ずかしげに語った陛下の顔をよく覚えている。
「……で、実際に会ってみた感想は?」
ガーネットが憤りと作り笑顔が混ざった顔でレイラを睨む。
「正直なところ、異性としての好みからは外れています。私の理想の殿方はアルフレッド陛下ですから。肉体的なたくましさがまるで足りません」
しれっとそう言い切るレイラ。
あの人を比較対象にしてしまったら、この世の男の大多数が対象外になってしまうと思うのだが。
「顔立ちと性格面は比較的良好だと思うのですけど、やはり筋肉量の少なさはいかんともしがたいと申しますか……あの、どうして私、睨まれているんです?」
俺に聞かないでくれ。頼むから。




