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第153話 新たな店舗の下見中

 説明会の翌週、俺達は現場の下見のためにホロウボトム要塞……もとい、ホロウボトム支部を訪れた。


 同行者は俺の護衛ということでガーネットと、春の若葉亭の代表としてやって来たシルヴィアに、そのまた護衛役のサクラの三人だ。


 奇しくも、ホワイトウルフ商店の営業開始前後からの付き合いであるメンバーだったが、特に申し合わせたわけではない。


 ガーネット以外の二人とは、たまたま『日時計の森』の入り口で鉢合わせ、そのまま一緒に第五階層までやって来ただけである。


「ここまで来るなんて久し振りです。町の皆が地下から撤収したとき以来かな……」


 要塞から転用された支部の外観を見上げ、シルヴィアがしみじみと呟いた。


 魔王戦争の終盤――魔王軍に従わされていたドワーフの町が焦土作戦として破壊され、黄金牙騎士団が魔王城を包囲したとき、グリーンホロウの住人にも後方支援に参加する要請が出された。


 シルヴィアもそれに応じた一人であり、後方のキャンプで冒険者や他の協力者に食事を提供する役目をこなしていた。


 その後、魔王城が制圧されて協力者達も撤収し、一ヶ月程度の時間が経過して今に至るわけだ。


「今日の目的は賃貸物件の下見だから、地下の『魔王城領域』までは行かないけどな」

「用事があってもあんまり行きたくないですよ。危ないですし」

「また降りる必要があるなら、そのときも私が護衛に付くさ」


 確かにシルヴィアのような一般人が『魔王城領域』へ降りるなら、サクラほどの実力者とまでは言わないまでも、それなりの護衛を付ける必要があるだろう。


 まぁ、今日はあくまで森側の施設を訪問するだけなので、護衛が必要になる事態は起こらないはずだ。


 とりあえず四人で支部の中に入り、一緒に施設内を見て回ることにする。


「まずは、春の若葉亭が借りる予定の区域から回るか」

「えっと……全部で三ヶ所ですね」


 シルヴィアは手元のメモと支部の見取り図を見ながら、一番近い場所にある目的地へ向かった。


「要塞の食堂と厨房です。やっぱり料理がうちの売りですし、ここは押さえておきたいなって」

「さすがは町の最大手。ずいぶんと思い切った借り方するもんだ」

「私もお母さんも、こういうことはおばあちゃんからみっちり仕込まれましたから」


 どことなく懐かしそうに笑いながら、シルヴィアは厨房の状態を確認し始めた。


 動作にまるで無駄がない。

 厨房と食堂のどこの状態を確かめるべきなのか、しっかり頭に入っている証拠である。


 グリーンホロウ・タウン最大の宿屋の看板娘であると同時に、料理を始めとした重要な仕事も担う人材。それがシルヴィアだ。


 母親の跡を継ぐ女将とするために、相応の教育をしっかりと施されていると考えるべきだろう。


「(……こんなときに故郷のことを思い出すなんてな……)」


 自分でも奇妙に思える連想によって、不意に故郷の白狼の森の両親の顔が思い浮かんだ。


 俺の父親は故郷の村長だった。


 客観的に評価するなら、父も母もいい親だったと思う。

 長男だった俺に跡を継ぐための教育を施しながらも、決して過剰な期待や圧力は掛けず、俺も反発心を抱くことは遂になかった。


 けれど、俺は故郷を出た。

 両親や故郷、そして用意された将来への反発心などではなく、冒険者という職業への憧れを理由として。


 以降十五年間、俺は一度も故郷に帰っていない。

 ろくに連絡を寄越したことすらなかった。


 父親がまだ村長を続けているのかどうかも知らないし、それどころか両親が健在なのか否かも分からない。


 冒険者として活動していた頃は、そんなことなど気にしようとすら思わなかったが、グリーンホロウでホワイトウルフ商店を開き、第二の人生を歩み始めてからは心境が少しずつ変化していった。


 原因の心当たりは山程ありすぎて、どれが主要な理由なのか判断できないくらいである。


 ……俺がそんなことを考えている間にも、少女達はごく普通に状態の確認や会話を続けていた。


「確かお前の祖母(ばあ)さんって、よく店の中で居眠りしてる人だよな。ああ見えて厳しかったりすんのか?」


 ガーネットがそう尋ねると、シルヴィアはきょとんとした表情を浮かべてから、すぐに何か気がついたように手を叩いた。


「そっちのおばあちゃんはお父さんのお母さんです。今の話はお母さんのお母さんの方ですね」

「言い方がややこしいな、おい。要するに父方じゃなくて母方ってことか。そっちの祖母(ばあ)さんは見たことないな」

「いつもグリーンホロウの外を飛び回って仕事をしてるから、あんまり帰ってこないんですよ」


 言われてみれば、俺もそちらの祖母としか面識がない。

 俺がグリーンホロウに来てそれなりの月日が経っているが、シルヴィアの母方の祖母の方とは一度も会ったことがなかった。


 もちろん、それ自体は不思議でもなんでもない。


 両親の結婚後にどちらかの故郷へ移り住んだなら、もう一方の祖父母は別の土地で暮らしていることになる。


 そうでなくとも、既に天寿を全うしたとか、先の戦乱で命を落としたといった理由で、祖父母の全員が揃わないということはごく普通に起こりうる。


「シルヴィアの御祖母はどのような仕事をなさっておられるのだ?」

「んーっと、いろいろ、かな?」

「色々……特定できないほどに幅広いのか」


 サクラの何気ない質問に対し、シルヴィアは少しばかり考えてから長めの返答を返した。


「どこかで商品を買い付けて、高く買ってくれるところに持っていくとか。欲しい商品を聞いて探してくるとか、逆に売りたい商品を買ってくれるところを探すとか。後は普通の物だけじゃなくて、土地とか労働力とか……本当にいろいろと扱ってるみたい」


 なるほど、本当に一口では表現しづらい『商人』だ。

 何でも屋の商会バージョンとでも言うべきか。


「つーことは、けっこうデカい商会なんだな。どんな名前なんだ? オレでも聞いたことくらいはあるかもな」


 何気ない会話を交わしながら、次の目的地である宿泊場所へと向かう。


 元は大勢の兵士達が寝泊まりする場所だったのだが、春の若葉亭を始めとする宿屋がこぞって借り受け、冒険者をターゲットに据えた宿として経営する予定になっているのだ。


「サンダイアル商会っていうんですけど、ご存知です?」

「はぁ!?」


 急にガーネットが大きな驚きの声を上げたので、シルヴィアはびくりと肩を震わせて目を丸くした。


「おいお前……あー、そういうことか! 日時計(サンダイアル)商会ってのは『日時計の森』が由来だったのか……!」

「え、えっと。どうかしたんですか?」

「どうもこうもねぇよ。サンダイアル商会つったら、黄金牙が物資調達を外注した連中だ。多分、今回の魔王戦争で一番儲けた奴らだろうな」


 ガーネットが複雑そうな表情でそう語ったまさにそのとき、通り過ぎようとした空き部屋の中から、よく通る老婆の声が聞こえてきた。


「お褒めに預かり光栄だねぇ。あたしらも足を棒にして働いた甲斐があったってものさ」

「あっ! おばあちゃん!」


 シルヴィアが笑顔を振り向けたその先では、背筋がしゃんと伸びて活力に溢れた様相の老人が、油断のない態度で笑みを浮かべていた。

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