第151話 新製品開発再開(予定)
――和気藹々とした食事を済ませ、そろそろ仕事の話に戻ろうかと思ったところで、ノワールがおずおずと挙手をして発言の許可を求めてきた。
「……あの……私、からも……いいか……」
「もちろん。何かいい考えでもあるのか?」
ノワールは小さく頷き、テーブルを囲む皆の顔をちらちらと伺いながら、彼女にしては大きめの声で語り始めた。
「最近、ずっと、忙しくて……新しい、商品の、提案も……しにく、かった……けど……支店が、できる、なら……余裕も、できそう……」
「新製品か。確かに、近頃はそんな余裕もなかったな」
最初は武器防具だけを売るつもりで始めたホワイトウルフ商店も、スタッフが増えるにつれて多彩な商品を取り扱うようになった。
黒魔法使いのノワールが作成するマジックアイテム。
薬師のエリカが調合するポーションなどの薬。
機巧技師のアレクシアが製造する精密な道具の数々。
どれも高品質で売れ行きも評判も良好。
ホワイトウルフ商店がこれほどの客を集められるようになった理由の一端は、彼女達の活躍にあるのだと思っている。
だが、ここ最近は新しい商品を売り出すことがなくなってきた。
理由は単純。魔王戦争の動員や、その後の多忙な状況のせいで、そういったことに回す時間が足りなくなってしまったからだ。
「スタッフの増員と支店の展開で一人あたりの負担が減れば、製品開発に回せる時間も増えるよな。ひょっとして、もうアイディアは練ってたりするのか」
「あ、ああ……詳しい、話は……」
ノワールはテーブルの向かいに座るアレクシアへと視線を投げた。
アレクシアはまだデザートのケーキセットを食べていて、急に話を振られたことに驚いて目を丸くした。
「えっ? あっ、もしかしてアレの話?」
「……それ、食べ終わってからでもいいぞ」
「大丈夫! ちょうどサンプルも持って帰ってますし!」
ケーキセットを脇に置いてから、アレクシアは足元のバッグから一本の矢を取り出した。
弓に番えて人力で放つ矢ではなく、クロスボウ専用の矢弾だ。
長さからして、アレクシアが愛用する大型弩弓ではなく、普通のクロスボウで使う矢弾らしい。
「この間の戦闘で『呪装弾』を使ったでしょう? 着弾したら爆発したり、追い風を起こして加速したりっていう、アレです」
「何度も助けられた奴だな。そいつを製品化して売りに出すのか」
「いえ、あの呪装弾は試作品なので、長期保管にちょっとばかり問題がありまして」
そう言いながら、アレクシアは矢弾の先端付近に巻き付けた呪符を軽く撫でた。
「呪装弾なんて大袈裟な名前を付けてますけど、実態はノワールが作ったショートスクロール……呪符を巻き付けているだけなんです。あ、もちろん着弾したら爆発させるための仕掛けなんかも付けてますよ」
スペルスクロール。魔法系スキルを持たない者でも、それを拡げて魔力を注ぐことで、記された魔法を発動させられる使い捨てアイテム。
以前ノワールは、東方の呪術で使われる呪符を参考とし、スペルスクロールのサイズと効果をスケールダウンさせた魔法の札を開発した。
効果はサイズ相応でも発動が簡単なので、ノワール本人も戦闘の補助に使っている便利な魔道具だ。
そして、アレクシアがこの呪符をクロスボウの矢弾と組み合わせたのが、先の魔王戦争でも活躍した呪装弾なのである。
「私も実際に使ってみて分かったんですけどね。呪装弾を矢筒とかに入れて持ち歩いてると、他の矢弾とこすれ合って、呪符の紙があっという間に傷んじゃうんですよ」
「……傷んだ、呪符……使うの、非推奨……危ないから……」
「なるほど、そいつは確かに問題だな。使う前にいちいち巻きつけるのも手間だろうし……」
俺にとっては専門外の分野なのだが、スクロールの材料の紙は何でもいいわけではなく、魔法ごとに適した素材があるらしい。
だとすると、強度を上げるために紙を変えるというのも難しいだろう。
「そこでですね。ルーク君にお願いしたいことがあるんです」
アレクシアはそう言いながら、テーブルの上を滑らせるようにして、呪装弾を俺に渡してきた。
「【修復】スキルの応用技術に【融合】というモノがあることは伺っています。それを使って、呪符を矢弾本体に【融合】してみていただけませんか」
「そういうことか。分かった、やってみよう」
呪符と矢弾に手を添えて魔力を注ぎ込む。
――【融合】は二つの物体を癒着させ、一続きの物体に作り変える。
最も端的な実例を挙げるなら、石の台座と剣を【融合】させて、台座に突き刺さった決して抜けない剣を作った経験がある。
ただの【合成】を『二種類の金属で合金を作る』ようなものと喩えるなら、【融合】は『二種類の金属を溶接してくっつける』ようなものだ。
大した違いはないんじゃないかと言われたら、まぁそのとおりだと答えるしかない。
あくまで【合成】の使い方を工夫したのが【融合】であり、本質的なところは完全に共通しているのだから。
「……よし。これでどうだ?」
俺は【融合】を掛け終えた矢弾を手に取り、出来栄えをまじまじと観察した。
呪符が矢弾の矢柄部分に溶け合うようにして【融合】し、魔法発動の要となる呪紋も綺麗に取り込まれている。
「うーん……やってみたはいいものの、ちゃんと発動するか自信はないな」
「ありがとうございます! 明日にでも動作確認してみますね!」
「期待するなよ。仕上がってるように見えても、呪符の機能は死んでるかもしれないんだ」
こういうときに例の『右眼』を使えば出来栄えを見抜けるのかもしれないが、さすがにこんなことで危ない橋は渡りたくない。
「そうだ、あたしも作ってみたい霊薬があるんです!」
「はいはい! こんな商品があったらいいなっていうのも話していいですか!?」
ノワールとアレクシアの提案に触発されたのか、エリカやメリッサも口々に自分の意見を述べ始めた。
ただ一つのスキルしか持たない俺にとって、他のスキルを使って活動している連中の意見は本当に貴重な情報だ。
特に、これからは冒険者が主な客層になりそうなので、今も現役で活躍している連中の意見はありがたい。
――そうして俺達ホワイトウルフ商店のメンバーは、支店開設と従業員の増員に向けて、お互いに意見を出し合って今後の方針を練っていった。
とはいえ、新しいことを始めれば新しいトラブルが起きるもの。
きっと後になって振り返ってみれば、今日このときを『あんなトラブルが起きるきっかけだったんだな』としみじみと思い返すことになるのだろう――




