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第149話 手に余る千客万来

 ――翌朝、ガーネットは昨日のことなどなかったかのように、普段とさほど変わらない態度で振る舞っていた。


 普段と違う点を強いて挙げるなら、いつもより早く起きて鼻歌交じりに朝食を作っているくらいだが、それにしたって特別おかしいことではない。


 酔い潰れたせいでシルヴィアとマリーダとのやり取りを忘れている……というのはさすがにないだろう。


「そういや、そろそろ店員でも増やした方がいいんじゃねぇか?」


 作りたての朝食を食べている最中に、ガーネットはそんな話題を持ち出してきた。


「これから新顔の冒険者がどんどん増えるんだろ。また店が回んなくなってから慌てたってしらねぇぞ」

「まぁ……そうだよな。今度は早めに募集かけとくか」


 頭の中で昨晩のことがちらついて、思考回路がなかなか仕事用に切り替わらない。


「魔王軍の脅威もなくなったわけだから、近隣の町や村からの出稼ぎも増えると思うんだ。後は他の店と人手の争奪戦だな」

「問題ねぇだろ。今回の件で、お前もこの店も知名度激増だぜ?」

「戦闘の詳細はまだ非公表じゃなかったか?」

「具体的に何をしたのかはともかく、白狼のが活躍したってことだけはとっくに広まってるみてぇだな。人の口に戸は何とやらだ」


 そう語るガーネットの顔には、何故か嬉しそうな微笑みが浮かんでいた。


 あの戦いは今思い出しても熾烈極まりないものだった。


 俺も魔王の攻撃で右目を撃ち抜かれてしまい、文字通り死の淵に立たされた。


 辛うじて()()()来ることはできたものの、神を名乗る詳細不明の存在――アルファズルに妙な力を引き出される羽目になってしまった。


 仮称、叡智の右眼。

 右目を【分解】して()()()ことで眼窩に生じる、青い炎のような魔力の塊。


 そいつから与えられる恩恵を一言で表現するなら、直観的なナビゲーションだ。


 あの部分をこう修復すれば事態を打破可能だとか、魔力をこう使えばもっと有効な【修復】ができるとか、そういったものを漠然と把握できるようになる。


 効果だけ見れば便利なことこの上ないように思えるが、とてもじゃないが普段から使っていく気にはなれない代物だ。


 ――心せよ。その目に頼り過ぎぬことだ。いわば『神を降ろす』も同様の行いゆえな――


 アルファズルが口にした意味深な言葉。

 俺の体を奪おうとした奴が、俺の身の安全を心配する台詞を吐くのは何とも妙な気分だが、無意味に反発して無視するわけにもいかない。


 というわけで、もう一度『右眼』を使うのはいざというときにしようと考えつつ、未だに使う機会がないまま今日に至るのだった。


「とにかく、あんなのはもうこれっきりにしとけよな。本気でダメかと思ったし、それに……」


 ガーネットはあのときのことを思い出そうとするかのように視線を上げ、そして何故か頬を赤らめた。


「……何でもねぇ! さっさと支度して開店準備済ませちまおうぜ! どうせ今日も忙しいんだろうからな!」











 当然というべきか、今日の客入りは魔王戦争が始まる前よりも明らかに増えていた。


 店舗で働いている人間は、正規スタッフの俺とガーネット、ノワールとエリカ、そしてアレクシアの五人に加え、冒険者として依頼を受けてくれたサクラと、ナギにメリッサの計八人。


 シルヴィアは自分の家である春の若葉亭が忙しいので、手伝いを頼む声を掛けるのも申し訳ないくらいだった。


「(やっぱり、新規の冒険者が増えてきてるな)」


 来店した客が品揃えに驚いたり、棚に長いこと置いてある商品の説明を求めたりする場面が、これまでよりも多くなっている気がした。


 前々から来ている客ならしないような質問も多く、客層が拡大しつつあることが感じられた。


「おーい、白狼の。やっぱこの調子だと、そのうち手が回んなくなっちまうぞ」

「いや……それ以前にな……」


 もう一度、会計カウンターから店内をぐるりと見渡す。


「今以上に客が増えたら、店の中に収まりきらなくなるかもしれないな」

「……あー……それも言えてる。従業員を増やしたら更に状況悪化だな。どうするよ、いっぺん店閉めて改装でもするか?」


 決して広いとはいえないホワイトウルフ商店には、十人や二十人では収まらない客が詰めかけていて、その隙間を従業員がやっとのことですり抜けている状況だ。


 喩えるなら都会の市場で最も賑わっている場所を切り取って、狭い店舗に詰め込んだようなものである。


 そのせいで、ガーネットやサクラ、ナギのように戦闘や移動に適したスキルを持っている連中はともかく、そうじゃない連中は俺も含めてなかなかカウンターを離れられなかった。


 ……ごつい鎧や武器、そして冒険用のバックパックなどを身に着けたまま来店する奴が多いので、余計にぎゅうぎゅう詰めになっているのだ。


「いや、対策の候補は考えてあるんだ。後は騎士団次第なところがあるけど」

「騎士団? 何で」

「説明は……そうだな、仕事が終わったら皆で春の若葉亭に行って、夕飯でも食べながらするとしようか。皆にもそう伝えておいてくれ」


 皆への連絡をガーネットに任せ、俺は休憩時間が近いメリッサと交代して会計処理を引き継いだ。


「というわけなんだが、お前とナギも来ないか? 俺の……というかホワイトウルフ商店のおごりってことで」

「おごりですか!? 行きます、是非とも! ナギも引きずってでも連れて行きますから!」


 メリッサはぐっと拳を握り、目を輝かせて俺の誘いを承諾した。


 駆け出しを脱したばかりの若手冒険者は何かと物入りだ。


 収入源はほどほど程度の報酬しかないにもかかわらず、装備の買い替えや道具の調達でそれなりの出費を強いられてしまう。


 新人時代は楽な依頼を必要最小限だけこなせば十分だったが、そこから更に上を目指すとなると、色々な準備のために金が必要となるのだ。


 更に、より多くの収入が望める土地へ拠点を変えたり、相応の難易度のダンジョンに挑戦しようと思った場合は、その場所までの移動にかかる旅費や食費を稼いでおく必要がある。


 このとき、護衛依頼を同時に受けて旅費を浮かせるという手段もあるが、常に都合よく依頼が転がっているとは限らないのが現実だ。


 そういうわけで、ナギやメリッサくらいの経歴の冒険者は、先輩格からの『おごり』が何よりもありがたく感じる時期なのである。


 そんなことを考えていると、皆への連絡を終えたガーネットが戻ってきて、俺の肩を肘で突っついた。


「で、対策ってのは何なんだよ。勿体ぶらずに教えろよな」

「夕飯のときに説明しようと思ってたんだが……まぁいいか」


 俺は会計の手が空いたタイミングを見計らい、椅子に座ったままガーネットに向き直った。


「そろそろ支店を作ろうと思うんだ。来客を分散させれば、店舗あたりの負担が少なくなるだろう?」

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