第148話 知らず知らずのガールズトーク
「ほんとびっくり。まさか、ガーネット君から恋愛相談されるなんてね」
「だからオレのことじゃねぇっての。知り合い……つーか妹、そう、妹の話だよ」
とっさに階段の近くの壁際に身を隠し、三人に気付かれないように息を潜める。
「(何をやってるんだ、俺は……)」
後悔先に立たずとはまさにこのこと。
うっかり隠れてしまったせいで、逆に席へ戻りにくくなってしまった。
「オレはそういうこと分かんねぇんだけど、お前らなら詳しいかと思ってさ」
「なるほどねぇ。お察しのとおり、私はけっこう自信あるよ、私は。シルヴィアはからっきしだけど。浮いた噂とかなさ過ぎて逆にびっくりよ」
「マリーダ。後でちょっとお話ししよっか」
あははと笑うマリーダに、シルヴィアが横合いから笑顔で圧力を加える。
「もう、冗談だってば。それでそれで、相手はどんな人なの?」
「ちょっと、焦りすぎだってば」
ガーネットから積極的に話を聞き出そうとしているのは、どちらかと言うとマリーダの方だった。
一方シルヴィアの方は、興味本位で聞くのは良くないと思いつつ、それでも好奇心に抗いきれていないといった様子だ。
「なんつーか、とりあえず、それなりに年上だな……」
「ほほう! それからそれから? どういう仕事してる人?」
「……オレはよく知らねぇけど、冒険者に色々売りつけてるんだと」
マリーダの質問に遠回しな返答をしながら、ガーネットは果実漬けワインをしきりに継ぎ足しては飲み干していく。
「後は……アレだ。家柄にちょっとばかり差があるのも壁になってんじゃねぇか、とかも言ってたな」
「家柄って、どっちが上?」
「オレは勘当されたも同然だから関係ねぇけど、こっちが上だな。親父がうるせぇくらいだと思うんだが、相手にしてみりゃそれが問題かもしれねぇ……とか何とか」
ガーネットはさっきからずっと顔を赤くしているが、あれは単に酒のせいだと思う。
普段はあまり飲もうとしないから、自分に合ったペースを掴みきれていないのだろう。
法的に飲める年齢になったばかりの奴がよくやる失敗だ。
あるいは、別の理由で赤くなる顔を誤魔化しているのでは……というのは、さすがに穿ち過ぎた考えだろうか。
「ふむふむ……年上で、家柄に差があって、実家がうるさいと。これはもう女の子の側の努力だけじゃ厳しいかもね。好意は伝えてあるの?」
「言えるわけねぇだろ……って感じだったな。手紙で相談されたから詳しくは知らねぇけど」
「なるほどね。最初の最初で足踏みしてると」
マリーダはこれみよがしに腕組みをし、講義でもするかのような口調で語り始めた。
「年齢差があると保護者気分になられちゃう場合があるから、まずはその辺の認識をそれとなーく確かめること。もしもダメそうなら、まずは異性として認識させるところからスタートね」
「スタートの難易度、クソ高くねぇか?」
「簡単なのでいいのよ。さり気なく体を近付けるとかでも効果あるから。もちろん清潔にしておくのは大前提。香水も使い過ぎは厳禁だからね」
果たしてどこまでが実体験で、どこからが他人から聞いて得た知識なのやら。
いくら大人びて見えるとはいえ、シルヴィアと同年代であることを考えると、大して経験を積めるほどの歳月は重ねていないと思うのだが。
あるいは昔からの酒場というだけあって、酔いの勢いでそういう話題で盛り上がる客が多かったのだろうか。
「それで、家柄の違いや親の反対をどうにかするのは、相手を本気にさせてからじゃないと。まずはアプローチをかけて気持ちを動かすのが先決ね」
「……そういうもんなのか……むずいな……」
「一人で頑張っても難しい障害だって、二人がかりなら何とかなるかもしれないでしょ? 相手の人が本気っぷりを親に見せれば、ひょっとしたら受け入れてくれるかもしれないし」
マリーダの喋りはまさに立て板に水といった様相で、すらすらとアドバイスを並べていく。
対するガーネットは口数も少なく、ひたすらに悩み抜いている様子だった。
「今思い出したんだが、異性として認識させるとかいうヤツ、一回もうやってる……みたいなんだよ。それでも変化ナシなら、やっぱり……」
「んー、脈なしとも限らないかな。だって相手はけっこう年上なんでしょ? ガーネット君の妹なら絶対に可愛いんだろうしさ」
どういう意味だとガーネットが問い返すよりも先に、マリーダはいい笑顔でその理由を説明した。
「年長者らしく振る舞わなきゃとか、どうせ勘違いだから自惚れちゃ駄目だとか、自制心でブレーキ掛けてる可能性も高いと思うよ。それだったら押し切れるかもね」
――思わず頭を抱えそうになってしまう。
ただの耳年増なのではと考えた直後にこれだ。
流れ弾でこんな致命打を食らってしまうなんて。
ありえないはずだが、俺がここに隠れていることも含めて全てお見通しで、あえてあんなことを言ったのではとすら思えてくる。
「ねぇねぇ、マリーダ」
シルヴィアがおもむろにマリーダの肩を叩き、ガーネットから少しばかり距離をとってから、ひそひそと小声で話し始めた。
さっきよりも俺が隠れている場所に近付いたので、俺にとっては逆に声を聞き取りやすくなってしまう。
「これってさ、ガーネットさん本人のことだよね。妹さんの相談とかじゃなくって」
「多分そうだろうね。相手が年上とか、その辺は本当だと思うけど。嘘だったら相談の意味がないもん」
女の勘……というよりも、ガーネットの誤魔化し方が極端に下手だったのだろう。
仮に俺が事情を知らない第三者だったとしても、あれは知り合いの話と偽った自分のことだと気付いたはずだ。
ガーネットにしては珍しい失敗だが……やはり不慣れな話題だからなのだろうか。
そもそも普段のガーネットなら、こんなプライベートに踏み込んだ話題を、俺以外の他人に自分から振ったりはしないはずだ。
「相手は年上の女の人かぁ。ちょっと意外かも」
「同じ職場のノワールさんとか、ひょっとしたらアレクシアさん辺りだったりして」
「まさかぁ。二人ともうちに泊まってるからよく知ってるけど、ガーネットさんは二人の方あんまり見てないよ」
ひそひそと話し続ける年頃の少女二人。
出会った当初に『こういう顔立ちだけど男性である』と強く印象付けられたせいか、二人ともガーネットの性別には疑いを抱いていないようだ。
先入観や第一印象がどれだけ強い影響を与えるか、ということを示すいい実例かもしれない。
俺はといえば、鮮烈な出来事で本当の性別を印象付けられてしまったせいか、どんなに粗雑な一挙手一投足を目にしても、ガーネットのことを女としか思えなくて――
「(……馬鹿か俺は。何を考えてるんだ……)」
頭に浮かんだモノを何もかも振り払って、さも今戻ってきたばかりだと言わんばかりの態度でカウンター席へ向かう。
そして、酔いが回ったせいで眠りそうになっているガーネットを起こし、何事もなかったかのようにギルドハウスを後にすることにしたのだった。




