第146話 竜王騎士団の三つ巴
竜王騎士団。実際に目の当たりにしたことはないが、その存在だけなら俺も聞き及んでいる。
恐らくはウェストランド王国で最も有名な騎士団。
俺と同じように、見たことはないが存在は知っているという人間は多いはずだ。
「確かアルフレッド陛下の直属部隊ですよね。王都の防衛も担っているんでしたっけ」
「そのとおり。彼らは数ある騎士団の中でも特別でね」
カーマインはごく自然な態度で、自分の部屋ではない執務室の空いていた椅子に腰を下ろした。
「銀翼騎士団を含め、騎士団の原型は国王陛下が征服した国々の軍事組織だったことは知っているね。その唯一の例外が竜王騎士団だ」
「例外……ですか?」
「彼らは陛下が最初から率いていた軍団なのさ。征服によって従えた敵対騎士ではなく、即位した時点で既に味方だった騎士達の集まりなんだよ」
なるほどそういうことか、とあっさり納得できてしまう。
陛下は多くの国々を征服し、それらが保有する軍事力――現地の騎士達によって構成された組織を吸収することで、大陸のほぼ全土にまで版図を広げる偉業を成し遂げた。
しかし、征服を開始した時点で率いていた戦力だけは、どう考えてもその範疇には含まれない。
「そもそも騎士団という名称自体、元々は彼らが名乗っていた肩書でね。当時の名前は黒竜騎士団だったかな。他の騎士団の名称は、彼らに合わせる形で後からつけ直されたものなんだ」
まさしく特別な騎士団と言わざるを得ない。
他の騎士団が敵に飲み込まれた敗軍であるのに対し、竜王騎士団だけは明確に『勝者』の立場にあるのだから。
「……あのですね。この流れでそんな話をするってことは、まさか……」
「うん、そのまさかだ。君に騎士号を叙勲する騎士団の候補として、陛下の近衛騎士団たる竜王騎士団が追加されたのさ」
なんてことだ。思わず頭を抱えずにはいられない。
銀翼と黄金牙の小競り合いに巻き込まれるだけでも大変なのに、陛下の近衛兵にまで話が広がってしまうとなると、完全にキャパシティを越えてしまいそうだ。
「前々から言おうと思っていましたけど、俺には騎士なんて務まりませんよ」
「この国には冒険者から国王にまで立身出世したお方がいるからね。冒険者だから無理だ、とは考えない人も多いんだよ」
「いやまぁ……確かに陛下はそういう御経歴ですけど……」
「もちろん銀翼の場合は、あくまで名義上だけ騎士になってもらうつもりなんだけどさ。黄金牙と竜王がどう考えているのかまでは分からないな」
カーマインも竜王騎士団の参戦は想定外だったようで、言動の端々から困惑の色が滲み出ている。
とりあえず、現状で引き出せる情報は全て引き出してしまった方がいいだろう。
騎士団長であるカーマインと直接言葉を交わせる機会なんて、そう多くはないのだから。
「確認なんですけど、俺にも拒否権はあるんですよね」
「もちろん。ただし拒否された側が『面子を潰された』と受け取る可能性は否定できない。銀翼騎士団も、騎士団長の僕は叙勲拒否を容認するけど、父上……前団長は腹に据えかねるだろうね」
銀翼騎士団の前団長、ガーネットとカーマインの父親は、政治的な理由で引退した後も強い影響力を保っている。
そもそも俺に騎士号を与えて団員にしようというのも、その前団長の発案なのだと聞いている。
「……もう一つ。あくまで新しい候補であって、既に竜王騎士団で決定したって話ではないんですよね」
「ああ。彼らは新団員を身内からしか取らないことで有名なんだ。とはいえ明文化されたルールではなくて、今回の件でも一定数の賛同者がいるらしい」
カーマインは指を一本ずつ順番に立てながら、竜王騎士団の事情についての説明を始めた。
「彼らも内部で意見が分かれているそうだ。新団員に関する取り決めは重要ではないとして、要請を受け入れるべきと考える賛成派。そして伝統を重視すべきと考える反対派……」
「……? その言い方だと、竜王騎士団から言い出したわけじゃないんですか?」
「おっと、言い忘れていたか。この件は王宮が要請したものなんだ。騎士団同士の内輪揉めを牽制したかったんだろうね」
騎士団同士の内輪揉め……銀翼と黄金牙の諍いのことだろう。
要するに、人材の奪い合いで喧嘩をされると面倒なので、文句を言いにくい格上に横取りさせてしまおうということか。
しかし当の竜王も内輪で意見が割れていて、俺の処遇はまたもや宙に浮かんでしまったらしい。
「賛成派と反対派、それに加えて条件付きの賛成派。この三つで揉めていて、まだ結論が出そうにないとか何とか」
「条件付き? どういうことですか?」
「新団員は身内からしか取りたくないけど、君を身内にしてから叙勲するなら賛成だと考えてる連中だよ」
凄く嫌な予感がする。
具体的な話は聞きたくないと思ってしまったが、それを伝えるよりも先に、カーマインが説明を済ませてしまった。
「手段は色々あると思うけど、一番可能性が高いのは、君と身内の誰かを結婚させて婿入りさせるという形かな」
「はぁっ!? どういうことだそりゃ!」
大声を上げたのは俺ではない。
フェリックスと一緒に様子を見ていたはずのガーネットだった。
ガーネットは語気を荒らげてカーマインに掴みかかり、兄であり騎士団長でもあることはお構いなしに、力任せに激しく揺さぶりだした。
「何でそういう話になるんだよ、おい!」
「僕に言われてもなぁ。最近は減ってきたとはいえ、昔からこの手の婚姻は騎士や貴族の常だろう? それに確か、こうやって竜王騎士団に入団した前例もあったはずだからねぇ」
フェリックスが慌てるほどの力で揺さぶられながらも、カーマインは全く意に介していない様子で笑っている。
妹が妹なら兄も兄。やはりカーマインも並大抵のスペックではないらしい。
「だけどね、ガーネット。もしも納得いかないのだとしても、有効な対抗手段があるじゃないか。ほら、例えば……」
カーマインが何やら耳元で囁きかけたかと思うと、ガーネットは自然と浮かんでくる表情を塗り潰すように、わざと顔をしかめた。
そして大股歩きでこちらに戻ってくると、俺の腕を掴んで引っ張ってきた。
「行くぞ、白狼の! もう兄上の用事は終わりだとよ!」
「ちょっと待った。最後に一つだけ」
カーマインは俺を連れて部屋を出ようとするガーネットを呼び止めて、残りの用件を手短に伝えた。
「王宮は他にも君の処遇についてのプランを練っている。もしかしたら、今回よりも信じられない話が転がり込んでくるかもしれないけど……そのときも話くらいは聞いてくれないか」
「……はい、分かりました。話だけなら」
返答をしたところで執務室から連れ出され、扉が勢いよく閉められる。
どうして急に話を切り上げようとしたんだ――ガーネットにそう問いかけようとして視線を向けたが、すぐに言葉を飲み込んだ。
ガーネットの頬と耳がほんのりと赤らんでいる。
その原因がカーマインの提案にあることは明らかで、内容にもある程度の予想がついた。
もしもデリカシーの欠片もなく理由を聞き出そうとして、怒りを買って有耶無耶になるのなら楽だったかもしれないが、生憎とそこまで察しが悪い人間ではない。
だからこそ、面と向かって問い質すのはどうしても気が引けてしまうのだった。




