第145話 平和に向けた再構築
「お久しぶりです、ルーク殿」
グリーンホロウ・タウンの一角に設けられた銀翼騎士団の臨時支部を訪問すると、責任者のフェリックスが礼儀正しく俺達を出迎えた。
相変わらず、騎士団の副長という高い地位にいるとは思えないほどに、温和で物腰の柔らかい青年である。
「本日は急にお呼び立てして申し訳ありません。それとガーネットはご迷惑を掛けていないでしょうか」
「おいこら。その質問、これで何度目だ」
「日頃の言動を鑑みれば、どれだけ繰り返し確認しても足りませんね」
「ったく、いい加減に信用しろっての。白狼のには意地でも迷惑掛けねぇよ」
そんなやり取りを眺めながら、臨時支部の支部長室――即ちフェリックスの執務室へと案内される。
今回、銀翼騎士団からの呼び出しを受けたのは、俺とガーネットの二人だけだ。
表向きには俺だけが招かれ、ガーネットはいつもどおり護衛役として同行したという形になっている。
ガーネットが銀翼騎士団の騎士であることは、今のところまだ伏せられたままなので、こういう回りくどいやり方になってしまっていたのだ。
「本日の用件は、現状報告と今後の計画をお伝えすることです」
そう切り出しながら、フェリックスはテーブルの上に三枚の地図を拡げた。
一枚目はグリーンホロウ・タウン全体を描いた地図だ。
周囲を深い森に取り囲まれ、東西に横長の形をした山中の町。
東側に町の入口があり、西へ向かって坂を登れば最寄りダンジョンの『日時計の森』へたどり着く。
二枚目は、その『日時計の森』の地図だった。
全体的に見て、すり鉢状だとか円形劇場と表現される形状をしていて、底を含めて五つの段状の階層に分かれている。
この全域が鬱蒼と生い茂る緑に覆われていることが、緑の窪地の地名の由来だと聞いたことがある。
そして三枚目は、『日時計の森』の第五階層の隠し通路から行き来できる地下空間――『魔王城領域』の見取り図であった。
全体的な形状は緩やかな弧を描いた半環状で、岩山地帯と平坦な荒野が半分ずつを占めており、地下水が集まった川がそれらを横切っている。
また、隠し通路の両端を塞ぐようにして『ホロウボトム要塞』が築かれ、地上と地下の往来はここを通過しなければならないようにされていた。
荒野にはドワーフ達が暮らす町と、俺達が死闘を繰り広げた魔王城も存在し、その周囲には騎士団の前線基地があるわけだが……。
「ご存知の通り、魔王軍の撤退および魔王城の占領によって、対魔王軍の戦争は事実上の終結を見ました。そうなると必然的に、戦争のために集められた戦力の撤収が開始されます」
フェリックスは二枚目と三枚目の地図の上に、小さな青い板を何枚か配置した。
恐らくこれが現在の部隊配置を表しているのだろう。
「黄金牙騎士団の部隊のうち、残留予定なのは魔王城占領部隊と『ホロウボトム要塞』の駐留部隊です。それ以外の陣地や拠点は放棄され、『魔王城領域』はダンジョンとして冒険者ギルドの管理下に移されることとなります」
そしてフェリックスは、それらの青い板を一枚ずつ順番に除外して、二枚だけを地図の上に残した。
納得の対応である。
魔王軍との戦いのために、騎士団は膨大な人員を『魔王城領域』に投入してきた。
戦争が終わればそれらを引き上げるのは当然で、残留させる場所の選択も適切であるように感じた。
とりわけ魔王城は重要である。
俺はまだ直接目にしたことはないが、魔王城の奥には深層へ繋がる通路が隠されていたという。
魔王軍もそれを通って姿を消したので、再侵攻や新たな敵の出現を考えるなら、優先的に守りを固めておきたい場所だろう。
「『魔王城領域』から魔王軍の脅威が消えた今、古代遺跡や鉱脈を探索するために、これまで以上に大勢の冒険者が訪れ……いえ、この辺りはルーク殿の方がお詳しいですね」
「確かに冒険者は増えると思います。他のダンジョンでも、厄介な魔獣が排除された後に人が増えるのはよくあることです」
冒険者は基本的に稼業としてダンジョンに潜っている。
安全に稼ぎたいと考えるのは自然な発想であり、他人が安全を確保した後にどっと群がることだって珍しくとも何ともない。
もちろん、ダンジョンの安全確保に貢献した奴はギルドから評価され、報奨金を与えられたりランクアップの評価に加えられたりする。
リスクを取ってでも評価向上を狙う奴もいれば、リスクを回避して安全に収入を得たがる奴もいて、割合としては後者の方が大きい――ただそれだけのことだ。
「急激な冒険者の増加が予想され、グリーンホロウの治安対策を強化する必要があると見込まれたため、我々銀翼騎士団は現在の規模のまま駐留を継続することになりました」
現在グリーンホロウには、黄金牙騎士団と銀翼騎士団の二つの騎士団が駐留している。
黄金牙の役割は魔王軍との戦争で、銀翼の役割は戦争中の地上防衛と治安維持。
今回、撤収が計画されているのは黄金牙騎士団の方である。
「しかし、我々は冒険者業界の常識には疎いと言わざるを得ません。そこで、必要に応じてルーク殿に助言を請いたいと思っているのですが……お願いできますでしょうか」
「何だ、そんなことですか。もちろん構いませんよ」
なるほど、俺がわざわざ呼び出されたのは、その辺りの同意を取り付けたかったからか。
「キャリアだけは無駄に長いですからね。十五年も溜め込んできた知識と経験がお役に立てるなら、いくらでも協力させてもらいますよ」
「ありがとうございます。さっそくなのですが……」
フェリックスが次の話を切り出そうとした矢先、執務室の扉が軽快にノックされ、軽薄な男の声が投げかけられた。
「失礼。フェリックス卿はいるかな?」
ガーネットとフェリックスが顔を見合わせて目を丸くする。
今の声には俺も聞き覚えがあった。あれは確か銀翼騎士団の団長の声だ。
「兄上? 何でこんなとこに」
「お入りください、カーマイン団長。しかしご来訪の予定はなかったはずでは?」
騎士団長のカーマインは私服姿で執務室に入ってくると、部下であるフェリックスや妹のガーネットではなく、どういうわけか俺に視線を向けて微笑んだ。
「用事があるのは君に関してさ。棚上げになっていた騎士叙勲の件について進展があったから、一刻も早く伝えておきたいと思ってね」
「ああ……それですか」
自分で言うと自惚れているように聞こえるが、俺は冒険者を休業してからの短期間で、図らずも色々な『功績』を挙げてきた。
そのせいで黄金牙騎士団と銀翼騎士団の双方が、互いへの対抗心や騎士団内外のややこしい事情のために、俺に騎士号を与えて自分達の組織に取り込もうと競い始めてしまったのだ。
魔王軍との戦争中なのに内輪揉めをするなという、国王アルフレッド陛下の極めてもっともな判断により、騎士叙勲の件は一時的に凍結されていたわけだが……。
「戦争が終わったんですから、そっちの問題も再燃しますよね……」
「ああ。ところが、ね。少しばかり厄介な事態になりそうなんだ」
カーマインは分かりやすい困り顔で嘆息した。
「君は竜王騎士団という組織を知っているかな?」
今更ですが、各章の冒頭は「これまでのおさらい」的に過去展開のまとめ回になっています。
そうしないと忘れられてしまう可能性が高いので。




