第144話 魔王戦争、その終幕 後編
アレクシアが指し示した方向を見ると、グラスを手にしたノワールがベンチに腰を下ろして物思いに耽っていた。
声を掛けようと思って近付くも、それよりも先にエリカが走り寄ってきてノワールに話しかけた。
「ノワールさん……えっと、妹さんのこと、聞きました」
「…………」
「あたしは、偉そうに何か言える立場じゃないんですけど……その、気を落とさないでください」
「……ありがとう……でも、大丈夫だ……」
エリカは全てが終わった後に知ってしまったノワールの事情に気を揉み、ノワールは逆にそんなエリカの苦悩を気にかけている。
どうやら二人共、俺が近くにいることにはまだ気がついていないらしい。
「仕方の、ない……ことなんだ。私が、決着、を……つけられた、だけでも……幸運、だった……」
「…………」
悲しげに顔を伏せるエリカ。
ノワールはベンチに座ったままエリカを見上げ、ぎこちなく笑みを作ってみせた。
笑えないのを無理に笑っているのではない。
前々から苦手としている『笑顔を作る』という行為を、自分のことで悲しんでいるエリカのために頑張っているのだ。
「(邪魔はしない方が良さそうだな……)」
話しかけるのを止めて踵を返す。
ガーネットとサクラも同じことを考えたらしく、何も言わずに俺の後に続いた。
祭りの中心を通り抜けようとしたところで、溌剌とした元気のいい声が俺達を呼び止める。
「あっ! ルークさん! サクラ! それにガーネットさん!」
声の主はシルヴィアだ。
広場に配置されたテーブルに、様々な料理を配膳しているところのようだ。
「えっと……もしかして仕事中か? 参加者じゃなくて」
「むしろ主催者寄りですね。うちの宿も本腰入れて協力してるので」
シルヴィアは持ち運んでいた料理をテーブルに置いてから、俺達の方に向き直って朗らかに微笑んだ。
「皆さんが命がけで頑張ってる間、私は何にもできませんでしたから。せめて自分にできることは精一杯やらないと、申し訳なくって顔向けできません」
「むしろ俺としては、いつもシルヴィアに世話になりっぱなしだと思ってるんだけどな」
「そうだぞ、シルヴィア。むしろ我々の方が普段の恩返しをすべき立場だったんだ」
俺の意見にサクラも全面的に同調する。
しかし、シルヴィアはハッキリと首を横に振った。
「私達の気持ちの問題なんです。そう言ってもらえるのは本当に嬉しいんですけど、やっぱり自分達が納得できる形でお役に立ちたいですから」
迷いなく、朗々とそう語るシルヴィア。
たとえ他人がどれだけ肯定しようと、自分が納得できなければ意味がない――俺も幾度となく同じような理屈で意地を張ってきた。
それだけに、シルヴィアの気持ちはよく分かると言わざるを得なかった。
「忘れるところだった。ねぇサクラ、実は東方風の料理を作ってみたんだけど、味見してもらえないかな」
「なんと! それは是非とも試させてもらわなければ!」
シルヴィアは喜色満面のサクラを連れて春の若葉亭へと戻っていった。
後に残されたのは、俺とガーネットの二人だけ。
アレクシアはいつの間にか屋台巡りを再開していたし、ノワールとエリカは広場の隅で専門的な話題で盛り上がっている。
「まぁ、せっかく来たんだし、俺達も楽しんでいくとするか」
「だな! 明日は一日休めるから、今日は思いっきり騒いでいこうぜ」
妙に嬉しそうなガーネットに引き連れられて、俺も祭りの喧騒の只中へと飛び込んでいった。
――その夜、ウェストランド王国の王宮では夜通しの会議が佳境を迎えていた。
議題は山というほど積み上がっていたが、特に紛糾したのはとある冒険者を巡る議題だった。
「では、白狼の森のルークの処遇は以下の二案を軸に考える……ということで構わないな」
会議を取り仕切る人物、ウェストランド国王のアルフレッドが、威厳ある声でそう告げながら議場を見渡した。
臨席するのはいずれも王国要人と高名な貴族。
名実ともに王国の統治に携わる者達であり、そうした人物達が白狼の森のルークの名を直に挙げて意見を取り交わしていたのである。
黄金牙騎士団と銀翼騎士団が白狼の森のルークの獲得を競い合う現状は、騎士団同士の関係性の悪化という点でも、なるべく穏当な解決が望まれる案件であった。
「第一案。我が近衛兵たる竜王騎士団の名義による騎士叙勲を執り行う」
国王アルフレッドの発言を受け、臨席者達が次々に意見を口にする。
「やはりこれでしょうな。最高位の騎士団、ウェストランドの騎士の頂点たる竜王騎士団が召し上げるのであれば、他の騎士団は文句を言えますまい」
「しかし、アレは身内以外から入団者を取ったことがない。果たして首を縦に振るかどうか」
「陛下の推薦であれば受け入れるだろう。私個人としてはもう一つの案を推したいところだが」
「あちらこそ前代未聞だ!」
やがて臨席者達の議論が落ち着いてきたのを見計らって、国王アルフレッドは二つ目の案を読み上げた。
「第二案。新騎士団を設立する。どのような形になるかは今後の議論次第だが、仮にあやつ自身を長とするのなら……そうだな、さしずめ白狼騎士団と言ったところか」
臨席者達が緊迫した様子で口を噤む。
しばしの間を置いて、この案を前代未聞と称した貴族が口を開く。
「……陛下。新騎士団設立など前例がありませぬ」
「何を言うか。我が国は二十年を掛けて今の形になったばかりであろう。現行の騎士団制度もその間に生じた新しいものだ」
国王アルフレッドはやや呆れ気味にその発言を否定した。
「前例がないのは、許されておらんからではない。まだやろうとしたことがないだけだ。新たな騎士団の設立を禁じた条文など、騎士憲章のどこにもないぞ」
「ですが……設立の手順を定めた条文もございませぬ」
「条文に該当しない事例は国王たる俺の判断に委ねられる……そういう取り決めであろう?」
否定的な貴族は反論に窮して黙り込んだ。
その反応を確かめてから、国王アルフレッドは改めて議場を見渡した。
「第一案と第二案、どちらを採用するのかは今後の会合で決めることになる。騎士団長のドレイクが了承するか分からんし、何より当人の意志も確かめなければならんからな」
――近衛兵たる竜王騎士団への加盟。新騎士団の設立。
どちらに転んでも前例がなく前代未聞。
白狼の森のルークという男が背負った『価値』は、彼自身が望むか否かにかかわらず、果ての見えない高騰を続けている。
しかし、本人は未だその事実を知ることはなく。
戦勝を祝う祭りで疲れ果てた体を酒場の長椅子に預け、いつも傍らにある少女と知らず知らずのうちに肩を寄せ合いながら、二人して平和な寝息を立てているのだった。
第三章はこれにて完結、次回更新からは第四章となります。
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