第141話 俺達は一人ではなく
ミスリルと鋼。神樹の枝と魔獣の牙。
複数の素材が混ざり合い、複雑に絡み合った異形の槍が、俺の手の中に出現した。
こいつは、アルファズルから与えられた『右眼』の恩恵の産物でもある。
異なる能力を持つ複数の武器を混ぜ合わせ、独立した新たな武器を創り出すという、今まで挑戦したこともない試み――そのために魔力をどう運用すればいいのかを『視る』ことができた。
「ダスティン!」
ファルコンが時間を稼いでいる間に、完成した槍をダスティンに投げ渡す。
「勝手な真似を。元に戻せるのだろうな」
「当然。思いっきりぶん投げろ。雷鳴の魔槍と同じだ」
「把握した」
ダスティンは後方へ大きく飛び退いて間合いを拡げ、超高速の助走をつけて高く跳躍し、異形の槍に渾身の魔力を込めた。
まるで太陽のような輝きが迸り、地下格納庫全体を照らし上げる。
巻き込まれまいと離脱するファルコン。
同時に魔王は対処すべき脅威をダスティンに切り替え、自身を覆う魔力防壁全体を強化した。
跳躍の頂点から投げ放たれる異形の槍。
それは雷鳴の魔槍と同様に無数の魔力の槍に分裂し、雷光の魔槍のように複雑な軌道を描き、魔王を護る防壁へあらゆる方向から殺到する。
本体にミスリルを組み込んだことで、それらの一つ一つの威力も飛躍的に向上しており、魔力防壁を凄まじい速度で削り落としていく。
「……出力の向上は認めよう。されど余を傷つけるには至らぬ!」
ガンダルフは魔力防壁に注ぎ込んでいた魔力を解き放ち、その爆発的な圧力で無数の魔力の槍を相殺した。
ここまで手を尽くしてなお、防壁を引き換えにさせるのが精一杯――これが今の俺達の限界なのだろう。
だが、それで充分だ。
最大出力の魔力防壁を消し飛ばしただけで意味がある。
俺達は一人きりで戦っているわけではないのだから。
「おおおおおおおおっ!」
相殺の余波を突き破り、ガーネットが魔王ガンダルフへ肉薄する。
その手には、ダスティンが投擲したものと同じ異形の槍。
強化された脚力と槍から放出される魔力を加速に用い、瞬き一つの間に間合いを詰め切る。
――あの槍は、破壊された三つの武器を半分ずつ混ぜ合わせて生まれたもの。
つまり作成可能な数は二本。
ダスティンが投擲した槍に加えてもう一振り。
それが今、ガーネットの手に握られて、魔王ガンダルフを刺し穿つべく、渾身の力を込めて繰り出された。
「むうっ……!」
魔王は金剛鉄の剣を横に構え、剣身を手で押さえて刺突に対する盾とする。
恐るべきことに、細身の剣でありながらたったそれだけでガーネットの突きを防ぎ止めてしまった。
しかし、ガーネットはこれしきのことで諦める奴ではない。
「おらあっ!」
槍を高速で横に振り抜く。
それによって発生した魔力の斬撃が、金剛鉄の剣の防御範囲を越えて魔王の肉体を斬り裂いた。
「むうっ……!」
あの槍には、ガーネットが用いていたミスリルの剣も合成されており、ノワールが刻んだ魔法紋も穂先に残っている。
故に、魔力の斬撃を放つ仕組みもそのまま機能するのだ。
「だが! この程度ではな!」
魔王が左手に膨大な魔力を集積させる。
その直後、ファルコンが背後から高速で強襲し、ドラゴンの前腕と化した左腕の鉤爪を突き立てた。
「くたばりやがれ!」
「死に損ないめが!」
魔王は鮮血を体の前後から撒き散らしながら、振り向きざまに左手の魔力の塊をファルコンに叩き込んだ。
至近距離で撃ち込まれる極大出力の魔力弾。
ファルコンは強靭な肉体でその破壊力に耐え抜こうとするも、衝撃の凄まじさを受け止めきれずに吹き飛ばされてしまう。
だが、その一瞬が決定的な隙となった。
「終わりだ!」
槍を低く構えたガーネットが、ほんの数歩の間合いから、異形の槍を全力で投擲する。
分裂し、射出される無数の魔力の槍。
それらは魔王の全身をくまなく刺し貫き、おびただしい量の血を噴出させた。
「――――――」
自律帰還した槍を手に飛び退くガーネット。
四体の魔法の龍が崩壊して霧散し、無色の魔力となって消え失せる。
魔王は血に塗れたまま立ち尽くしていたが、やがて短く息を吐いて顔を動かした。
「……余の敗北か」
その声は落ち着いた響きを帯びていた。
全身をずたずたに破壊され、決定的な致命傷を負わされたばかりだとは思えないほどに。
「敗因は分かりきっておる。貴様を捕らえることに拘りすぎたゆえであろうな……だが、やむなきこと。最初から気付いていたとしても、同じ道を選んだに違いあるまい」
アルファズルの『右眼』に映る魔王の姿は、急速に魔力が減衰して力尽きつつあるのが容易に見て取れた。
「貴様の力は……アルファズルの残滓は、我らの悲願を実現しうる力なのだからな……ごふっ……!」
強く咳き込んで赤黒い血を吐き出す。
ガーネットの一撃は複数箇所の急所を完全に貫いた。
致命傷も一ヶ所や二ヶ所ではないだろう。
明らかにこれ以上の戦闘続行は不可能だ。
「……喜ぶがいい、人間共。此度の戦は貴様らの勝利である。城と領域はくれてやろう。好きに使え……もとより我らの所有物ではなかったのだからな」
まさか、魔王の口からそんな言葉を聞かされることになるとは。
人類の勝利を告げる魔王自らの宣言に、他の連中も驚きを隠しきれていないようだった。
そして魔王は、血塗れの顔を俺の方に向けて、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「だが、余は諦めぬよ。幾度の敗北を積み重ねようと、必ずや我らが祖国を取り戻してみせる。では――また会おう、白狼の森のルーク!」
次の瞬間、魔王ガンダルフの肉体が黒い炭のようになり、粉々になって崩れ落ちた。
からん、と音を立てて落ちる金剛鉄の剣。
俺は警戒を続けるガーネットの隣に歩み寄り、魔王ガンダルフの残骸が何の力も持たないことを『右眼』で確かめてから、金剛鉄の剣を拾い上げた。
また会おう――その言葉の意味するところを理解できないはずなどない。
それでも、この戦いは俺達が勝ったのだ。
「何が『また会おう』だ。もう二度と会いたくないっての……」
安堵と疲労、そして歓喜に胸を満たしながら、隣に立つガーネットの肩に手を置く。
ガーネットは驚いた顔で俺を見上げ、すぐに柔らかな笑みを返してきた。
「覚悟しとけよ。約束通り、オレが言いたかったこと、山程ぶつけてやるからな?」
「ああ、いくらでも聞いてやるさ。俺達の店でな」




