第140話 果たすべき役割
サクラは着地して早々に【縮地】を発動させ、俺とガーネットの隣に転移してきた。
「ル、ルーク殿! その目は一体……!」
「詳しい話は後だとさ!」
「大丈夫だ。負傷なんかじゃないから、そこは安心してくれ」
流石に、この『右眼』を得た経緯を簡潔に説明できる自信はない。
俺だって自分の身に起こったことじゃなかったら、とてもじゃないが信じられなかったと確信できる。
「(戦況は二対一から六対一……数の上では圧倒的に優位だが、魔王も本気を出してくるはず……)」
こちら側には俺とガーネット、そしてサクラの三人。
そして魔王を挟んだ反対側には、トラヴィスとダスティン、そしてファルコンの三人。
「あの魔族、明らかに只者ではないな」
「魔力量と魔力防壁の質は確実に魔王級。恐らく奴が魔王軍の首領だろう」
「いい勘してるじゃねぇか。大当たりだぜ。あいつこそが魔王ガンダルフ……正真正銘の元凶だ」
トラヴィスがミスリルコーティングされた籠手を嵌めた拳を握り締め、ダスティンが二振りの魔槍を構える。
ファルコンの右手には、俺が黄金牙に納入したミスリル合金の長剣が握られていたが、騎士の誰かから奪い取ってきたのだろうか。
「頭数を増やせば勝てると思ったか。軽く見られたものだな」
魔王は周囲に強固な魔力防壁を展開したまま、膨大な魔力を集積させた球体を四つ同時に出現させた。
「……っ! 気をつけろ! 何かが出てくる!」
俺がそう叫んだ次の瞬間、魔力のスフィアをまるで卵のように突き破って、長い体を持つ生物らしきものが姿を現した。
それは元素魔法が具現化した大蛇としか表現できない代物だった。
丸太の如き巨体を構成するのは、真っ当な血肉ではない。
炎の塊。氷の塊。岩の塊。風の塊。
それらによって構成された四頭の大蛇が、魔王を護るように渦を巻いている。
「まさかあれは……龍なのか……?」
「はぁ? 何言ってんだサクラ。どこがドラゴンに見えるって?」
「東方の龍はああいう姿をしている。大蛇のような肉体に四肢と角を持ち、翼もなく空を飛ぶ……龍とはそういうものだ」
サクラとガーネットのやり取りを聞いて、確かにあれは大蛇とは違うと思い直す。
四大属性の魔法で形作られた龍。
どうして魔王ガンダルフが東方の魔獣を知っているのかは分からないが、桁外れに長命なエルフの端くれなのだから、知識と見識の幅が桁違いに広くてもおかしくはないだろう。
「行け」
魔王の命令一下、四体の魔法の龍が二手に分かれて地下空間を飛翔する。
トラヴィス達の方には岩と風、俺達の方には炎と氷の龍。
まるで本物の魔獣のように体をくねらせ、牙を向いて襲いかかってくる。
「むうんっ!」
低空を突進する岩の龍を、トラヴィスが真正面から受け止める。
踏ん張った両足が床を削り、巨体が完全に停止すると同時に、ミスリルコーティングされた籠手のラッシュが龍の顔面に叩き込まれる。
瞬く間に龍の顔面の原型がなくなり――しかし即座に形状を取り戻してトラヴィスを噛み砕かんとする。
「そう簡単にはいかんか……!」
「しつこい奴だ!」
翼を広げて飛び回るファルコンを風の龍が追尾する。
限りなく透明に近い半透明で、すれ違いざまの斬撃もまるで意味を成さない。
業を煮やしたファルコンは、苛立ちを露わにして翼に魔力を込め、凄まじい羽ばたきで風の龍を消し飛ばそうとした。
龍の半分が突風を浴びて形を失うも、瞬く間に再構築されてファルコンへ牙を剥く。
「ったく、何回消し飛ばせばいいんだか!」
「ルーク殿! ガーネット! ここはお任せを!」
サクラが薄紅色の刀を手に炎と氷の龍へと挑みかかる。
刀に用いられたヒヒイロカネの性質で炎を吸収し、その刃で氷の竜を溶断する。
しかしそれでも一時しのぎにしかならず、高速の体捌きで龍の攻撃を紙一重で回避しながら刀を振るうという、薄氷を踏むような戦いを強いられてしまう。
四頭の龍を三人が引きつけている。
魔王本人を攻撃する好機は今しかない。
俺とガーネットが動こうとするよりも更に早く、二槍使いの――魔王狩りのダスティンが行動を起こした。
「――吼えろ、雷鳴」
猛烈な踏み込みと同時に投げ放たれた魔槍が、自身の複製である魔力の槍を大量展開し、横殴りの豪雨のごとく魔王ガンダルフへ殺到する。
魔王が前方の防壁を強化してそれを防いだのとほぼ同時に、ダスティンは低い姿勢で疾走し、魔王の側面に回り込んでもう一本の魔槍を投擲した。
「奔れ、雷光!」
拡散する魔槍に対する一撃必殺の魔槍。
自動追尾と凄まじい威力を誇る魔槍が魔王の防壁に穂先を突き立て、加速を繰り返しながら防壁を食い破ろうとする。
いかに魔王といえど、一度に行使できる魔力量には限りがあるはずだ。
どれほど巨大な貯水池があったとしても、そこからまとめて引き出せる水の量は水路の許容量が限界値となり、全貯蔵量を同時に引き出すことができない。
ダスティンの連続攻撃に対抗して、膨大な魔力を防壁の局所的強化に回した今ならば、更なる攻撃には対応しきれないはずだ。
「……っ!」
ガーネットが強烈な踏み込みで瞬時に間合いを詰め、渾身の刺突で防壁と魔王の肉体を貫こうとする。
だが――魔王の手元で小規模な転移魔法が発動し、その手に細身の剣が出現した。
それを目にした瞬間、俺の『右眼』が強い警戒を訴えた。
「駄目だ! 戻れ!」
「なあっ……!?」
ガーネットがすんでのところで踏み止まった瞬間、魔王が振るった剣が二振りの魔槍とミスリルの剣をまとめて弾いた。
後方へ飛び退いて戻ってくるガーネット。
自動帰還した魔槍を掴み、俺達の手前で疾走を止めるダスティン。
二人の手の中で、三本の得物が音を立てて真っ二つに砕けて折れる。
驚愕が俺達の間を駆け巡った最中、魔王ガンダルフは当然だと言わんばかりの態度で悠然と振り返った。
「神銀と鉄鋼の合金の剣に、千年樹の残骸と神代の魔獣の牙を用いた魔槍――逸品ではあるが、武器としての純粋な性能においては、我が金剛鉄の剣には及ばぬようだな」
「……一体いくつ切り札を隠し持ってやがるんだか」
相手をする側にとっては本気で堪ったものではない。
もしもガーネットがあのまま突っ込んでいたら、剣もろとも真っ二つにされていたところだ。
魔王がこちらに顔を向け、あちら側に背を向けたのを見て取って、空中戦を繰り広げていたファルコンがトラヴィスに叫んだ。
「おい、冒険者! こっちの龍もテメェがやれ!」
「引き受けた! 連れてこい!」
ファルコンは急降下と低空飛行で風の龍を引きつけ、最高速でトラヴィスの真横を飛び去る。
そしてトラヴィスは左拳で岩の龍を怯ませ、右拳を繰り出した猛烈な風圧で風の龍を迎え討った。
「ガンダァァァァルフ!」
トップスピードのファルコンが咆哮をあげて防壁に突撃する。
魔王はさすがにそちらへの対応を余儀なくされ、再び振り返って防壁越しにファルコンを斬りつけた。
「ぐあっ……!」
血飛沫を撒き散らすファルコン。
その瞳は、魔王ではなく背後の俺を見据えていた。
「(分かってる、何とかしろっていうんだろ? お前なんかに言われるまでもないさ!)」
俺は自分にとっての最大限の速さで、今の自分にできる最大の仕事を開始した。
断ち切られた二振りの魔槍の半分ずつを右手で掴み取り、左手で折れたミスリルの剣の剣身を拾い上げる。
完璧な【修復】である必要はない。
どのオリジナルとも違う形であったとしても、武器として過不足なく使えればそれでいい。
「(スキル発動――【修復】開始!)」
特異的な素材によって生み出された三つの武器を、一つの武器として造り直す。
それは【修復】であり、【合成】であり、【融合】であり、またそれらのいずれでもない。
今の俺は武器屋として生きると決めたのだ。
ならば、俺が果たすべき最大の役割は――武器を造ることに決まっている。
ミスリルと鋼。神樹の枝と魔獣の牙。
複数の素材が混ざり合い、複雑に絡み合った異形の槍が、俺の手の中に出現した。




