第136話 お前を見捨てるような真似だけは
――エントランスホールの地下、用途不明の地下空間改め、地上侵攻用戦闘ゴーレム部隊格納庫。
魔王ガンダルフは、整然と並べられた大量の戦闘用ゴーレムを背にしたまま、俺とガーネットに冷徹な眼差しを向けている。
「余に傅かぬというのであれば、屈服を乞い願いたくなるようにさせるとしよう」
「けっ。んなことできると思ってんのか?」
「可能だとも。適切な苦痛を与えれば自ずと膝を折るものだ。忠臣だの勇士だのと名乗ってきた人間だろうとな」
腕を軽く上げると同時に、重厚な魔力が魔王ガンダルフの足元で渦を巻き、数えきれないほどの魔力の棘を空中に生成する。
それらは青黒い水晶のようであり、見るからに凄惨な傷を与えるための歪な形状をしていた。
多様な魔法を行使できるはずなのに、あえて最大級の苦痛をもたらす魔法を選んだのだ。
悪辣極まる存在だということは前々から分かっていたが、その事実を改めて実感させられてしまう。
「下がれ! 白狼の!」
ガーネットが叫び、俺が後方へ退こうとした直後、魔王ガンダルフの周囲に展開された魔力の棘が一斉に発射された。
即座にガーネットは魔力の斬撃を放って一部を撃墜し、撃ち落としきれなかった分を魔力防壁で防ぎ止めた。
床に突き刺さった魔力の棘が瞬間的に分裂し、更に広い範囲をずたずたに破壊する。
「こりゃ一発でも食らったら悲惨だな」
「己を守るだけで満足か?」
大量の魔力の棘が天井付近の高さに追加展開され、俺目掛けて降り注ぐように射出される。
俺は【修復】の応用で即席の防壁を作るべく、地下室の壁をほんの僅かだけ分解して破片を握り締めた。
それよりも早く、ガーネットが踵を返して魔力の斬撃を連射する。
切り払われ撃ち落とされる魔力の棘。
しかし、迎撃のために魔王ガンダルフに背を向けたことが、決定的な隙となってしまった。
「があっ……!」
魔力の棘がガーネットの右足の脹脛に突き刺さり、細かな棘に分裂して内側から骨肉を切り刻む。
転倒したガーネットに追撃が射出され、防壁が間に合わなかった一発が右腕に突き刺さり、棘を根のように拡げてガーネットを痛めつけていく。
「ぎっ……が……!」
「ガーネット!」
「人間というのは不思議なものでな」
魔王ガンダルフは、悲鳴を堪えて苦しむガーネットを何の感慨もなく見やりながら、嫌に落ち着いた声色で俺に語りかけてきた。
「自分自身の苦痛は耐えられても、特別視する別個体に苦痛が与えられることには耐えられぬ者が多いのだ。屈強な勇士が膝を屈して懇願したことも、一度や二度ではない」
そして、今までの倍を越える魔力の棘を空中に展開する。
「ノルズリによれば、貴様はこの人間の危機を前にしたことで、圧倒的戦力差を度外視して戦いを挑んだそうではないか」
「……っ! 白狼の! オレのことなんか気にするんじゃねぇ!」
展開された魔力の棘の一部が、ガーネットのみを標的として連続射出される。
防御のため展開された魔力防壁に、無数の魔力の棘が突き刺さって、分裂した棘が根を張るように防壁を切り崩す。
弾け飛び消失する防壁。
そこに狙い澄ました一射が撃ち込まれ、左肩を貫いて内側から破壊する。
「ぐ……ああああああっ!」
絶叫が地下空間に響き渡る。
右足、右腕、左肩。
もはや剣を持ち上げるだけでも、激しい苦痛に耐えなければならない有様だった。
魔王ガンダルフは明らかにガーネットを甚振っている。
俺の心を折って屈服させるためだけに。
こんなものを見せつけられておきながら、大人しく黙って立ち竦んでいられるはずがない。
「くそっ……!」
壁を僅かに【分解】した残骸を両手に隠し持ち、ガーネットの負傷を【修復】するべく走り出す。
「馬鹿野郎! 来るんじゃねぇ!」
「そんなこと、できるかっ!」
黙って見ていろと言わんばかりに、数本の魔力の棘が俺に向かって撃ち出される。
握り込んだ残骸に【修復】の魔力を込めて床に投じ、床を素材として歪に【修復】させた壁で棘を防御。
ガーネットの前へ回り込んだところで、更に大量の魔力の棘が掃射されるが、残った壁の残骸を【修復】して防ぎ止める。
「なん、で……何で、来やがったんだ……!」
「俺の弱さを甘く見るなよ? お前がやられたら速攻で取っ捕まっておしまいなんだぞ。嫌でも【修復】しなけりゃ先がないし、それに――」
魔力の棘の【分解】と負傷箇所の【修復】を同時に発動させ、ガーネットの四肢を回復させていく。
「お前を見捨てるような真似だけは、絶対にしたくないんだ。お前がそうしろって言ったとしてもな」
「……この、大馬鹿野郎……」
あと一歩で全ての【修復】が完了しようという矢先、背を向けていた防壁の一部が破損する音が聞こえた。
現状を把握すべくとっさに振り返る。
まさしくその瞬間、防壁を貫いた最初の一発が視線の真正面から飛来して、視界の右半分に大写しになった。
視界の半分が暗転し、激痛が走り――そして意識が途切れた。
――気がついたときには、俺は何もない真っ白な空間に横たわっていた。
慌てて起き上がり、周囲の風景を見渡す。
ここがどこなのかは全く分からない。
少なくとも地下格納庫ではなく、魔王はおろかガーネットの姿すら見当たらなかった。
しっかりした足場に立っている感覚はあるものの、本当に何もかもが真っ白で、床と壁の境目すら分からなかった。
いや、壁や天井が存在しているのかどうかすら定かではない。
「ようやく意識を再構築できたみたいだね」
「誰だっ……!?」
背後から声を掛けられて振り返る。
そこにいたのは、どこかで見たことがある少年……それも年齢が一桁程度だと思われる幼い子供だった。
「……えっと、これってどういう状況なんだ……?」
「あはは、分かってるくせに。右目のことは忘れちゃった?」
「右目だって? ……ぐうっ!」
魔王の攻撃の流れ弾を右目に浴びて意識を失った――その事実を思い出した瞬間、激痛と共に視界の右半分が消失し、眼窩から膨大な量の鮮血が溢れ出した。
動揺しながら【修復】を発動させようとするも、何故か流血が全く止まらない。
――そもそも、発動した手応えが感じられなかった。
謎の子供は苦痛に悶える俺を眺めながら、妙に楽しそうな様子で、俺の周りをぐるりと歩き始めた。
「ダメダメ。その力は血肉に宿るものだ。今の君は接続が不十分だから使えないよ」
「何を……言ってるんだ……」
子供が俺の周りを一周したときには、その姿はいつの間にか一回り大きくなっていて、十四歳か十五歳程度の見た目になっていた。
ちょうど俺が故郷の村を飛び出した年頃だった。
「ガンダルフは昔からあの魔法がお気に入りなんだ。よほどの急所に当たらない限りは自動的に致命傷を避けるから、たっぷり苦痛を与えられるっていう理由でね」
もう一周したときには、既に少年は青年になっていた。
ここまで来れば俺にだって理解できる。
目の前のこいつは、過去の俺と同じ姿形をしているのだと。
「お前は……何なんだ……」
「難しい質問だ。ハールバルズ、ガグンラーズ、あるいはシンプルに知恵者……呼ばれ方は色々あったからなぁ」
いつしか男は今の俺と同じ姿になり、そして俺と向かい合うようにして立ち止まった。
「君に分かりやすい名前なら――そうだな、アルファズルと名乗ろうか。ああ、もちろんこの姿は仮初のものだ。こうした方が好都合だからね」




