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第132話 魔王軍の計画、その全貌 後編

 過去に魔王軍を敗走させた『真の敵』――


 それを打倒する戦力としてドラゴンをコントロールする研究――


 研究の末に生まれた、人間とドラゴンを合成させた改造兵士――


 素材収集のための地上侵攻を念頭に兵器化されたゴーレム――


「(なんてこった……繋がった、全てが一本の線に……!)」


 それにしても皮肉な話だ。

 ファルコンが独断専行を犯して失敗し、ノワールが脱走を成功させたことで、結果的に魔王軍の計画を未然に防ぐ好機が生まれたのだ。


 空き巣として忍び込んだコソ泥棒が、そこで大犯罪の計画を知り、大慌てで騎士団の屯所に駆け込んだという小話のような顛末である。


「『真の敵』とやらにリベンジしたがってるくせに、人間にまで喧嘩売ったってわけか。人間サマを見下してるのかしらねぇが、ずいぶんと余裕ぶっこいてやがるんだな」


 ガーネットは挑発的な言葉をぶつけながらも、油断なく警戒を続けながら、視線を動かして脱出する手段を探っていた。


 滑らかな直方体の地下空間のうち、俺が視認できる範囲には出入り口らしきものがない。


 上の階層へ通じる経路は、魔王の背後に広がっている、天井の光に照らされていない暗がりにしかないのだろう。


 ならば何としてでも魔王を突破して逃げおおせるか、建物三階分相当の高さの天井まで到達して【分解】によって穴を開けるか――どちらも極めて難易度が高そうだ。


 あるいは、救援が来るまで時間を稼ぐという手もありうるが、少しばかり楽観的過ぎるだろうか。


「人類と手を組む? それは無理だ。貴様らの側が決して受け入れられまいよ」

「あん? 何が言いてぇ」

「魔王によって滅ぼされた国家がある……そのような歴史は貴様らの間に伝わっていないのか? 短命極まる人間といえど、まだ当時を生きた個体の寿命は尽きていないはずだが」


 ガンダルフは眉の間の(しわ)を深めた。


「かつて人間の国々が互いに殺し合っていた時代、余はその混乱を好機と見て地上に攻め込み、国を一つ滅ぼしたことがある。迷宮とは異なる、今は我らも使えぬ経路を用いてな」

「なっ……!」


 俺とガーネットが同時に驚きの声を漏らす。


「その国の人間の大半は殺し尽くしたが、他国の頭目であれば余の名くらいは耳に入れていたであろう。ふむ、さては恐ろしさのあまり、余の存在を臣民に広めることはなかったのか」


 地上侵攻を目論む魔王、そして魔王によって滅ぼされた国――田舎の出である俺ですらも『かつて大陸のどこかでそんなことがあった』というくらいは知っている。


 過去の出来事として知ってはいたが、まさかその実行犯と対峙していたなんて。


「しかしながら、更なる侵攻の備えを整えていた最中(さなか)、我らの本国が『真なる敵』の攻撃を受けた。急遽、余は軍勢を引き連れて帰還し迎撃に臨んだが……これ以上を語る必要はあるまい」

「なるほどな……道理で黄金牙の派兵と、要塞建築の決定が早すぎると思ったんだ。銀翼(オレたち)に伝わってねぇあたり、テメェの名を知ってたのは人間でもごく一部だったってとこか」


 ヘイゼル隊長は、拘束したファルコンに『王国は外交的解決の機会を与えたが、魔王軍は全て黙殺した』と伝えていた。


 しかし、それと魔王の言葉が矛盾するとは限らない。


 これは根拠のない想像だが、例えばかつて魔王ガンダルフに滅ぼされた国の生き残りの要求で、魔王の首を差し出すことを和平の条件に加えていたとしたら。


 もしもそうだったら、俺が魔王の立場でも全力で黙殺していたかもしれない。


「さて――かようにして我らは、人類側の兵を用いたキメラを生み出すに至った」

「白魔法使いのブランが操ってた奴らだな」

「然り。だがあれらは、さほど秀でた性能を発揮しなかったのだ。期待外れというほどではないが、同系統の措置を施した第二被検体と比べれば、違いは歴然であった」


 ほんの僅かだったが、魔王ガンダルフの口元に笑みらしきものが浮かんだ気がした。


 まるで、これから話す内容が快くて仕方ないかのように。


「素体性能を考慮しても大きすぎる違いだ。その理由、貴様は分かるか?」

「……俺に聞いてどうしたいんだ?」

「貴様だからこそ、あえて問うておるのだ」


 全く意味が分からない……と切って捨てるのは簡単だ。


 しかし俺は、無意識のうちに思考を走らせていた。


 真っ先に思い浮かぶ原因は、単純に勇者と騎士達の戦闘能力に差があったというものだが、魔王はそれを否定している。


 ならば勇者と騎士達で何が違ったのか。

 俺だからこそあえて問いかけた、というのは一体どういう意味なのか。


「(俺と勇者には共通していて、勇者と騎士には共通しない……そんなものがあるのか? いや、まさか……)」


 ある。思いつく限りで一つだけ。


「『奈落の千年回廊』……俺達はあの迷宮を通ったけど、黄金牙は抜け道を通って『魔王城領域』に来た……」

「そして貴様は、迷宮を半死半生で彷徨った末に、人間が『スキル』と呼ぶ能力を進化させたそうだな」


 魔王がその経緯を知っている理由は明白だ。


 ブランがマッドゴーレムを遠隔操作して集めた地上の情報に、俺のことも含まれていたに違いない。


「あの迷宮はかつてアルファズルが生み出したもの。ならば人間の体質を変えうる要因があったとしても不思議ではない」


 アルファズル――『魔王城領域』に生きるドワーフの信仰対象の一つであり、このダンジョンの作成者とされる神。


 だが魔王の口振りは、まるで実在した一個人として見知っているようにも聞こえた。


「これは仮説だが、貴様達は迷宮から染み出す水を飲み続けていたのではないか? 特に貴様は、その水だけで生命を繋いでいたとみえる」


 魔王が何を言わんとしているのか、否応なしに理解してしまう。


 迷宮の内壁から染み出す地下水には、魔力が豊富に溶け込んでいた。


 仮に、その魔力が属性を持たない無色の魔力ではなく、アルファズルとやらが迷宮に掛けた魔法の性質を帯びたままだったとしたら。


 あるいは、アルファズルの魔法を受けたミスリルが、少しずつ地下水に溶け出していたのだとしたら。


「四体の被検体は、他の生物との『融合』に対する適性が向上したのみだったが、貴様は何が違ったのだろうな。単純な量の問題か? 生命の危機にあったことか? あるいは先天的な相性か……」


 目眩がしそうだ。愕然とするより他にない。


 俺は半月もの間――ファルコンに同行していた期間を含めればそれ以上に――神と呼ばれる『何か』の魔法を帯びた水で空腹を満たし、知らず知らずのうちに自分自身を作り変えていたのだ。


 理屈は分からないが、不思議と納得せざるを得なかった。


 恐らくは、俺の【修復】スキルが突然の進化を遂げた理由もそこにあるのだろう。


 地下水を介した何かしらの影響が肉体に蓄積し、それが閾値(いきち)を越えた瞬間に変化をもたらしたのだ。


「いずれにせよ、貴様はアルファズルの力の一端を受け継いだに等しい。故に、余は貴様を『アルファズルに連なる者』と呼んだのだ」

「……だからお前は、俺を……!」

「白狼のを狙った理由はそれか!」


 俺とガーネットがほぼ同時に同じことを叫ぶ。


「然り。そもそもにおいて、我等が用いる生物の融合術式は、かつてアルファズルが振るっていた力を模倣したもの!」


 ここに至って初めて、魔王ガンダルフが強い感情の籠もった声を上げた。


 それは歓喜であり、興奮であり、そして懐旧のようでもあった。


「アルファズルに連なる者よ、我が軍門に下れ。貴様の力があればより完璧な兵を生み出せよう」

「ざっけんなテメェ!」


 俺が拒絶するよりも早く、ガーネットが激しい怒気を込めて吼えた。


「軍門に下れだぁ? 黄金牙に潰されかかってる分際で何ほざいてやがる! 白狼のがテメェごときに従う理由なんざ、この世のどこを探したってありゃしねぇよ!」

「……ったく、それは俺が言いたかったんだけどな」

「悪ぃ、我慢できなかったんで、つい」


 バツの悪そうなガーネットの顔を見ていると、張り詰めていた気持ちが思わず緩みそうになってしまう。


 ああ、そうだとも。俺がいたいと願うのは、魔王の下なんかじゃなくて――


「誤解をするな。これは慈悲である」


 しかし魔王の言葉はどこまでも冷酷な響きを帯びていた。


「貴様に顕れたアルファズルの残滓に敬意を表し、正式な臣下として(かしず)く選択肢を与えたに過ぎぬ。拒むのであれば、貴様にとって望ましからぬ手段を取るまでだ」


 魔王ガンダルフの顔から表情が消え、魂まで凍りつきそうな眼差しを向けてくる。


「人間を意のままに従わせる手段などいくらでもある。最悪でも首から下さえあれば、ある程度の取り返しはつく。それともう一つ――事実誤認を訂正しておこう」


 次の瞬間、地下空間の天井がくまなく発光し、暗がりが隅々まで照らし上げられる。


 魔王の背後の広大な空間にあったもの。


 それは、整然と並べられた大量の戦闘用ゴーレムであった。


「地上侵攻用戦闘ゴーレム部隊。防衛に使い潰すのは惜しい代物だが、貴様の【修復】ならば何も問題はあるまい?」

魔王の誰かに滅ぼされた国云々の話題は、実は第1話で言及してあったりします。

それとこんな引きですが、ひょっとしたら次の話は別の場所のシーンになるかも。

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