第130話 氷塔の中の再戦
「白狼の森のルーク! 貴様だけは何に代えても捕らえさせてもらう!」
跳躍したノルズリが放った膨大な魔力の奔流は、俺とガーネットを囲む円のように降り注ぎ、瞬く間に新たな氷壁を作り上げた。
それはまるで、俺達を囲んでそそり立つ氷の円塔だった。
「ちっ! 白狼の!」
「分かってる!」
すぐさま【分解】するべく腕を伸ばす。
ところが、氷壁に触れようとしたその瞬間、渦巻く冷気が腕にまとわりついて、あっという間に腕を凍りつかせてしまった。
「なあっ……!?」
即座に腕を引いて氷を【分解】する。
まさか一瞬でここまで凍らされるなんて。
以前ノルズリと交戦したときも、俺が【分解】するそばから再凍結させて突破を困難にしていたが、今回は明らかにそれ以上だ。
「逃しはしないと言っただろう」
氷壁の天井をすり抜けてノルズリが姿を現す。
だが床までは降下せず、冷気の足場に支えられるようにして、円塔の頂点付近に留まっていた。
「案ずるな。陛下の勅命ゆえ命までは奪わん。生きたまま凍結させて運んでやる」
「ハッ! お断りだね!」
ガーネットが頭上のノルズリめがけ、立て続けに魔力の斬撃を連発する。
それに対して展開される何重もの氷の盾。
一撃ごとに盾が砕け、突破した斬撃をノルズリの剣が受け止める。
「貴様は不要だ。鮮血で氷を染めるがいい」
氷の槍が大量に生成され、ガーネットを狙って集中豪雨のように降り注ぐ。
ガーネットは渾身の魔力の斬撃で半数を撃ち落とし、残る半数を魔力の防壁で防ぎ止めた。
「このっ……!」
「小癪な真似を」
ノルズリが更なる追撃の構えを見せた瞬間、氷壁の向こうが突如として眩しさを増し、氷塔の内側の冷気が薄らいだように感じた。
俺とガーネットが戸惑いを覚える一方で、ノルズリは何が起きたのかを即座に察したらしく、閃光の発生源を忌々しげに睨みつけた。
「スズリめ、巻き添えの恐れがないと見て本気になったか……む、違うな、これは……この輝きは……スズリだけではないのか……!」
「……サクラか!」
氷壁の向こうでは二つの光源が動き、それぞれ全く別の軌跡を描いてぶつかり合っている。
その軌跡はまさに閃光。
サクラが魔将スズリを相手に本気の戦いを繰り広げているのだ。
ここは急いで脱出して合流を目指すべきか。
いや、下手に外へ出るのは逆に危険かもしれない。
「(スズリとかいう奴、俺を黒焦げにしないために本気を出さないとか言ってたな……あれが大袈裟な挑発じゃないとしたら、ノルズリの氷壁が消えたら逆にヤバいってことか……!)」
そう考えつつ、床に手を置いて【解析】を発動させる。
結果は想像以上だった。
エントランスホールのあらゆる可燃物が炎上し、石材の表面も焼き焦がされている。
ノルズリが苦々しく思うはずだ。
外でどんなやり取りがあったのかは分からないが、あちらの戦況は明らかにノルズリの行動に制約を加えている。
俺達を閉じ込めるために展開した氷塔だが、それをノルズリの都合で解除することもできなくなってしまったのだから。
「やむを得ん。氷壁が限界を迎える前に、いささか強引に進めさせてもらう。過剰凍結で腕の一本も腐り落ちるかもしれんが、貴様なら問題はあるまい」
冷気を纏ったノルズリが床に降り立つ。
次の瞬間、目を開けていられないほどに強烈な冷気の渦が巻き起こった。
俺よりもノルズリとの距離が近かったガーネットが、瞬く間に氷雪に覆い尽くされていく。
「はく、ろう、の……!」
「ガーネット! 下へ逃げるぞ!」
「……! おうっ!」
霜の張った床に手をついて【分解】を全力発動。
氷壁の円塔の底面に沿う形で、円形の大穴をぶち開ける。
俺自身と合図を受けたガーネットは、落下に備えたうえでその瞬間を迎えることができたが、ノルズリは全くの不意打ちで足場を失って体勢を崩した。
「ぬうっ……! やはりか!」
こんなことができると分かっていたとしても、発動のタイミングまでは読み切れなかったはずだ。
エントランスホールの下に広がる空間に落下しつつ、同時に床を【修復】して穴を塞ぎ、膨大な魔力で生成された冷気の塊を置き去りにする。
地上の建物でいう三階相当の高さを落ちていく一秒と少しの間に、ガーネットが俺の腕を取って引っ張り寄せ、両腕で抱きかかえる体勢で力強く着地した。
ノルズリも流石に無様な墜落はせず、軽やかとはいかないまでも無傷で着地を果たす。
「ふん……私とスズリを分断したつもりか? だとしたら考えが甘いな。貴様らごとき、今の私でも充分に打倒できる」
「さぁ、どうだろうな」
凍りかけたガーネットを【修復】しながら腕から降りつつ、さり気なく耳元に囁きかける。
「俺さえいなけりゃ、サクラは【縮地】で逃げられるし城壁だって越えられる。城攻めが成功すればこっちのもんだ」
自分が戦闘において足手まといであることは、ずっと前から痛いほどに理解している。
だからこそ、足を引っ張らずに済ませる方策はいくつも考えてあるのだ。
ブランが【縮地】での肉薄を阻止する術を仕込んではいたが、少なくとも城壁の外から内側へ移動する分には、そのような仕込みが存在しなかったことは間違いない。
離脱した後は包囲部隊に加勢して、城壁の突破を速めてくれたらそれで解決だ。
「いけるか、ガーネット」
「ああ、問題ねぇ」
ある程度の距離を置いてノルズリと対峙しながら、周囲の様子を確かめる。
――城の一部という雰囲気は全くしない。
床も壁も平坦で、天井は『魔王城領域』の上面と同じ発光システムが埋めている。
しかしながら、地下空間の全てが照らされているわけではなく、現在位置から更に奥へ向かったところは深い暗闇に閉ざされていた。
もうずっと以前の記憶が蘇る。
ホロウボトム要塞の建築中に、竜人と化した勇者ファルコンの襲撃を受け、奴との決着をつけた場所――『魔王城領域』の地下に広がる謎の遺跡。
この地下空間は、あの遺跡の通路と同じ建築様式で造られているようだった。
「(まさか……城の地下に造られた空間なんじゃなくて、ここの上に後から城が建てられたのか? 地下遺跡の上に、それを隠すように城を……)」
しばらくの間、無言で対峙が続く。
ガーネットもノルズリも不用意に行動には移らず、お互いの出方を伺っているようだった。
その睨み合いを破ったのは、暗闇の奥から聞こえた靴音だった。
「――よくやった、ノルズリ。無事、アルファズルに連なる者を確保したようだな」
「はっ、光栄にございます」
敵前であるにも関わらず、ノルズリは構えを解いて跪いた。
たったそれだけで、足音の主が『何』であるのかを、俺達は明確に理解させられることとなってしまった。




