第129話 氷と炎の魔将
激しい乱戦を抜け出し、魔王城の外への脱出を目指して疾走し続ける。
同行者はサクラとガーネットの二人。
他の皆――ノワールとアレクシア、ナギとメリッサ、そして黄金牙の五人の騎士は、ブランが放った改造兵士との戦闘を継続している。
結局のところ、魔王城へ連れ去られたときの顔ぶれに戻った形だ。
「急ぐぞ、白狼の!」
「敵兵、前方に四名! 排除します!」
サクラが【縮地】を発動させ、廊下の先にいた魔王軍の兵士を瞬く間に斬り捨てる。
「この辺りにはもう敵の姿はありません。急ぎましょう」
二人の助力で敵兵を退けつつ、全速力で城内を駆け抜ける。
やがて長い廊下を抜け、場外へ通じるホールにまでたどり着く。
正門とは別に設けられた、補助的な出入り口といえる小規模なエントランスホールだが、それでも標準的な民家が丸ごと収まるほどの広さがある。
あと一歩だ――残り僅かな距離を踏破すべく踏み出した瞬間、開け放たれていたはずの大扉が、一瞬のうちに分厚い氷の壁で塞がれてしまった。
「んなぁっ!?」
「氷壁? まさか……!」
「そのまさかだ。白狼の森のルーク」
分厚い氷壁をまるで蜃気楼のようにすり抜けて、鎧を身に着けたダークエルフの少女が姿を現す。
見たこともない人物だったが、不思議とその正体を察することができた。
「我は魔王軍四魔将が一角――氷のノルズリ。ふん、よもや代用品の肉体で貴様らと再戦することになるとは。我ながら運に見放されたとしか思えん」
「四魔将は体を変えて復活できる……とは分かってたけど、まさかそういうのもアリだったとはな」
俺達はホールの奥側に、少女の器に収まったノルズリは出口側に。エントランスホールを挟んで対峙する。
当然ではあるが、今のノルズリはかつての肉体と比べて細身になっている。
建設中だった人類側拠点を襲撃し、俺達に多大な被害を与えたときは、アウストリにも匹敵する体格の男の肉体を使っていた。
本人も『代用品の肉体』と述べているとおり、恐らくは戦闘能力は以前よりも低下しているのだろう。
俺達だけで突破できるのかどうかは、奴が本来のスペックをどれだけ発揮できるかに掛かって――
「ルーク殿!」
突如、サクラが頭上に向けて刀を振るう。
鳴り響く甲高い金属音。
ホールの二階部分から飛び降りてきた戦士が、名乗りもなく斬りかかってきたのだ。
サクラが相手の刀を払い除け、すかさずガーネットが横薙ぎに斬りかかる。
相手はその斬撃をもう一振りの短い刀で受け止めようとし、へし折られながらも横に跳んで追撃を逃れた。
大小二振りの刀――東方地域由来の武器を振るうその奇特な戦士は、顔を含めた全身を布で覆い隠した、不審かつ奇妙な風体をしていた。
「しくじったか。なかなかに勘がいい」
「スズリ、貴様……私を囮に使っておきながら、何なのだその有様は」
「戦場とは思い通りにいかぬものだ」
露骨に不快感を示すノルズリに対し、スズリと呼ばれた戦士は悪びれる様子すら見せなかった。
思い出した。
あの正体不明の戦士の風体は、ファルコンの記憶を読み取ったときにも見覚えがある。
「二人とも、気をつけろ。奴が四人目の魔将だ」
俺がそう告げると、ガーネットとサクラは即座に警戒レベルを上げて身構えた。
「脱出寸前というだけあり、本気を出してきたようですね」
「ここからが正真正銘の正念場ってわけだな。いいじゃねぇか、やってやろうぜ」
ガーネットは好戦的な素振りを見せつつ、出入り口を塞ぐ氷壁にさりげなく視線を向けている。
戦闘で撃破すると思っているかのように振る舞いつつ、隙あらば二人の魔将を無視して脱出することを考えているのだ。
相手は魔将が二人。真っ向勝負で勝てると思う方が甘い。
最悪でも、粘りながら氷壁と城壁を【分解】して穴を穿ち、壁の向こうの仲間と合流できれば俺達の勝利と言えるのだから。
「正念場はこちらも同じだ。かつての敗北の雪辱、この場で果たさせてもらう」
「雪辱ね……俺を生け捕りにして、魔王にでも引き渡すつもりか?」
「貴様、何故それを……いや、大方アウストリが口を滑らせたのだろう。あの男は振る舞いが軽薄過ぎる」
ノルズリはここにいない仲間に悪態を吐き、腰に下げた剣を抜き放った。
「行くぞ。覚悟を決めるがいい!」
二人の魔将が同時に高速の踏み込みで肉薄する。
ガーネットのミスリルの剣がノルズリの剣を、サクラのヒヒイロカネの刀がスズリの刀を受け止める。
そして壮絶な剣撃の応酬が始まった。
俺には到底ついていけない速度で繰り出される斬撃。
四人の体捌きを目で追うだけでも精一杯で、横槍や援護などを考える余裕など微塵もなかった。
特に高速なのはサクラとスズリの剣撃だ。
間合いを取り、再度肉薄する足運びすらも凄まじく、少し目を離しただけで見失いそうになってしまう。
十秒程度の打ち合いの末、不意に両者が間合いを離して足を止めた。
「貴様、さては手を抜いているな」
サクラが険しい表情でスズリを睨みつける。
「無論だとも。標的もろとも消し炭にするわけにはいくまい」
本気を出せば瞬殺できると言わんばかりの――いや、実際にそう宣言しているのだ。
これまでに戦った三体の魔将の強さを考えれば、サクラとガーネットの二人がかりでも圧倒的に不利なはずである。
「見たところ、何やらそちらも奥の手を隠しているようだが、理由は同じだろう?」
「……さぁ、どうだろうな!」
目にも留まらぬ打ち合いが再開される。
一方、ガーネットとノルズリが繰り広げている戦いは、意外なほどに対等な戦況となっていた。
「ずいぶんと戦いにくそうだな、ノルズリさんよ!」
「ふん、見てのとおりだ。筋力寸法反応速度……どれを取っても使いづらくてたまらぬわ!」
ノルズリが吐いた悪態は間違いなく真実だ。
傍から見ていても戦いぶりがぎこちないのがよく分かる。
単純な肉体的性能差よりも、むしろ使い慣れていない肉体であることが足を引っ張っているようだ。
サクラが高速戦闘でスズリを引きつけ、ガーネットが真っ向勝負でノルズリを足止めしている間に、俺は出入り口を封鎖している氷壁へ向かった。
あれを破壊すれば城の外への道が開ける。
その上で、城壁まで接近できた時点で俺達の目的は達成だ。
しかし後もう少しというところで――
「だが! それでも貴様ごときには負けぬ!」
「ぐうっ……!」
ノルズリが極寒の突風を帯びた斬撃を繰り出し、ガーネットを俺の方に吹き飛ばす。
俺が突風のあまりの強烈さに足を止め、ガーネットが着地の瞬間に体勢を崩した隙を突き、ノルズリは天井すれすれまで跳躍して膨大な魔力を開放した。
「白狼の森のルーク! 貴様だけは何に代えても捕らえさせてもらう!」




