第127話 脱出経路の途上にて
――その後、俺達は無人の地下居住区を後にして、魔王城内部の移動を再開した。
先頭は案内役のナギと、本人の希望で行動を共にするメリッサ。
列の中央には黄金牙の五人と捕縛されたファルコンがいて、後ろを俺達ホワイトウルフ商店の関係者が歩いている。
相変わらず魔王城の廊下には人気がない。
以前から偵察をしていたナギによると、ここは平時のための設備が多いらしく、城壁をめぐる攻防戦の間はほとんど出払ってしまうのだという。
無論、不意に遭遇する危険性もゼロではないので、常に注意を払っておく必要はあるのだが。
「にしてもよ、本当にアレでよかったのか?」
隣を歩くガーネットが声を潜めて話しかけてくる。
「お前が勇者に復讐したって、誰も文句はつけられなかったと思うぜ」
「そうかもしれないな。だけど、復讐は自己満足のためにするものなんだから、自分が納得できればそれでいいんだよ」
「……違いねぇ。お前らしいぜ」
ガーネットは呆れ混じりに笑った。
俺からファルコンへの対応を復讐と表現するなら、やはりガーネットにとっては無視できない話題になるのだろう。
母親を殺したミスリル密売組織、アガート・ラム――ガーネットはこの組織を壊滅させることを目的として騎士となった。
だが、それがどこまでの対応を意味しているのかまでは、俺もまだ把握してはいない。
組織を壊滅させられたらそれでいいのか。
構成員を全員捕まえるまで追い詰めるつもりなのか。
あるいは、命を奪うところまでいかなければ終わらないのか。
ガーネットが満足し、納得できるボーダーラインは一体どこにあるのだろう。
言葉にして直接聞けば手っ取り早いのかもしれないし、意外と普通に答えてくれそうな気もするが、どうにも踏ん切りがつかなかった。
そんなことを考えていると、アレクシアが小走りに駆け寄ってきて、ガーネットとは反対側の隣で歩調を合わせてきた。
「あのー、ルーク君……さっきはありがとうございました」
「礼なんか言われることしたっけか?」
「ジュリアのことですよ。できるなら捕獲も試してみるって。最初は『お前には協力しない』なんて言ってたのに……」
「……そういえば、そんなことも言ったな」
俺はお前には協力しない――アレクシアがグリーンホロウにやってきて、ジュリアとの関係を語った直後に、俺が投げつけた返答である。
ジュリアが死んでも心が痛む気は全くしない。助ける義理も道理もない。黄金牙から討伐への協力を依頼されたら請けるつもりだ――確かこんなことも言っていた。
記憶力には自信があるので間違いはないはずだ。
「ジュリアがどうなってもいいっていう考えは今も変わっちゃいないさ。あのときは手伝う気が起こらなかったのも本当だ。けど、何が何でも絶対に協力したくないってわけでもなかった……それだけのことさ」
物凄く簡潔に表現するなら『気が向いた』という奴である。
ジュリアを助ける手助けをする義理もなければ道理もないが、人間は義理や道理だけで動くものでもない。
結果がどうなっても別に興味はないが、気が向いたので無理をしない範囲で手伝おう――その程度の動機で動いたりするのも人間という奴だ。
「気が向いたついでに、さっきの質問、今度は俺からファルコンにしてみようか。ジュリアが変わっちまった理由について、って奴だ。今ならまともな答えも引き出せるかもな」
「はっ、はい。お願いしますっ」
アレクシアは思わず大声を出しそうになったのを抑え、囁く程度の声量で同意を口にした。
二人で……いや、ガーネットもついてきたので三人で歩調を速め、少し前を行く黄金牙の五人とファルコンに追いつく。
「なぁ、ファルコン。さっきこいつからされた質問なんだが、もっと詳しい答えは聞けないか?」
「……ふん。弱みに付け込もうって腹か。言っておくが俺には『同情すべき理由』なんてモノはないぞ」
ファルコンはこちらを一瞥し、歩調を緩めずに歩きながら喋り始めた。
「俺は勇者として期待され、その期待に応えて成果を上げてきた。お前は今回の失敗しか知らないんだろうがな。俺は特別な存在として扱われ、相応の振る舞いをしてきただけだ」
「要するに持ち上げられて増長したと。分かりやすいな」
「黙れ」
苦々しく顔を歪めつつ、ファルコンは俺の反応を遮るように言葉を重ねた。
「だが、ジュリアは……本当に馬鹿らしい話なんだが、俺に引け目なんてものを感じてたらしい」
「ジュリアが? どういうことですか?」
「聞いたら笑うぞ? 地上に巣食った魔獣を討伐する任務のときに、あいつのミスで俺が死にかけたことがあってな。それ以来、俺の言うことに逆らわなくなったんだ」
そう言って、ファルコンは小さく肩を震わせた。
「女遊びに目くじら立てるのは変わらなかったけどよ。何でもかんでも俺に合わせて、俺のやることに反対しないどころか、積極的に片棒担ぐようになったんだぜ。馬鹿な女だろ?」
一見すると笑いを堪えて震えているように見えるものの、違う感情を抑え込もうとしていることは明白だった。
間違ってもその感情だけは見せはしまい――傲慢で横暴で思い上がりも甚だしいファルコンの、せめてもの意地を感じた気がした。
「しかもあいつ、今回の件にすら罪悪感なんざ覚えてるらしいぜ。魔王に負けたのは自分が足を引っ張ったからだとさ。どんだけ都合のいい女なんだか。そう思わねぇか?」
「……だとさ、アレクシア」
アレクシアは俯き気味にファルコンの話を聞いていたが、ふぅっと短く息を吐いてから、強気な表情を作った顔を上げた。
「まったく、ジュリアがダメ男に引っかかる素質持ちだったなんて。この戦いが終わったら、こんなダメ男なんか捨てちまえって怒らなきゃ駄目ですね。幼馴染として見過ごせません」
この戦いが終わったら――つまりはジュリアの命を奪うことなく幕を引くという前提の話だ。
無論、アレクシアは楽観的な考えでこんなことを言ったのではないだろう。
いわばこれは決意表明。
ジュリアを生き残らせてみせるという自分自身への願掛けだ。
そんな会話を交わしているうちに、俺達は開けた場所へとたどり着いた。
「皆さん、気をつけてください。ここから先は無人とは程遠い状況になります」
先頭のナギが不意に足を止めて振り返る。
部屋というよりも、廊下が交わるホールのような場所だ。
全体的な形状は縦長の円筒形で、何階分かの吹き抜けになっていて、頂点が飾りガラス張りの天井になっている。
そして一階部分には十字に交差する四本の廊下が接続しており、俺達はその一本から出てきたところだった。
「直進すれば最寄りの城壁まで……」
「待ちな」
ナギの説明をファルコンが遮る。
「俺の【気配察知】に誰か引っかかってやがるぜ。二階部分に一人……人間の女か?」
ファルコンの視線の先にあったのは、ちょうど二階の高さに相当する位置に設けられた、劇場のバルコニー型の観客席のように突き出した箇所だった。
直後、俺達にとっては幾度となく耳にしたことのある声と共に、白ずくめの白髪の女が姿を現した。
「嫌ですよぉ、勇者様ったら。せっかくの待ち伏せが台無しじゃないですかぁ」




