第125話 勇者、あるいは反逆者
「ククク……クハハ……ハハハ……」
反射的に広間の隅へ振り返る。
拘束されたままそこに横たわっていたはずの勇者ファルコンが、いつの間にか起き上がり、部屋の隅に有翼の背中を預けて座り込んでいた。
黒魔法使いの魔法的な拘束と、機巧技師の物理的な拘束によってがんじがらめにされながらも、いつものふてぶてしい態度を崩していない。
大胆不敵というか自信過剰というか、一周回って感心しそうになってしまう。
「俺ノ話カ? ダッタラ俺モ混ゼロヨ。ナァ、ド三流」
「動くんじゃない!」
ヘイゼル隊長の一喝と共に、四人の騎士が各々の武器を一斉にファルコンへ振り向ける。
大剣、刺突剣、騎乗槍、斧槍――多種多様な切っ先を突きつけられながらも、その半ば鱗に覆われた顔に焦りが浮かぶことはなかった。
「勇者ファルコン……いや、複層都市のファルコン。貴様の勇者認定は今も撤回されていないが、それはあくまで一連の真相が判明していないからに過ぎん」
魔王軍と対峙するときと何ら変わりのない態度で、ヘイゼル隊長はファルコンへの宣告を続けた。
「我ら黄金牙は、貴様を魔王軍の戦力と認識している。自らの意志で裏切ったにせよ、既に人格が崩壊しているにせよ、そんなものは知ったことではない」
「ナラ、ドウシテ殺サナイ」
「生け捕りにすれば後の調査で得られる物も多い。それだけだ。他に意味などない。抵抗するようなら速やかに死体にして持ち帰るとも」
ヘイゼル隊長のファルコンに対する態度は、もはや騎士団員が勇者に向けるものではなかった。
理由は今しがた本人が言ったとおりだ。
ファルコンの勇者の肩書は、改造に至る経緯と改造後の状態が解明されきっていないという理由で、まだ正式には剥奪されていない。
勇者認定の撤回は政治的になかなか面倒な案件らしく、証拠が俺とノワールの証言しかない現状では、性急に推し進めるのは難しいのだそうだ。
ただし、それは剥奪するか否かを最終決定する手続きが一時停止しているというだけの話。
実際のところ、結論は既に決まったようなものらしい。
ヘイゼル隊長の対応を見て分かるとおり、現場レベルでは既に敵戦力として扱われているのである。
「黄金牙を代表して簡易尋問を執り行う。まずは王国に敵対した経緯の釈明をしてみろ。法的な証言として採用されるゆえ、せいぜい慎重に答えることだ」
「フン……ドウセ信ジル気ナド無サソウダガ……マァ、イイ」
雑音が多く聞き取りづらい喋り方で、ファルコンが自身の証言を語り始める。
曰く、ファルコンは生きた呪印によって――ノワールにも施されていた呪印に擬態したミミックだろう――自由な行動を抑制されていたらしい。
意のままに操られるというほどではなかったが、命令違反や呪印の除去の試みを封じられ、魔王軍の兵器となることを余儀なくされていたという。
状況が変わったのは、俺と戦ったときのことだった。
胸部を貫かれ、傷口から灼熱の火炎が溢れ出たことで、意図せずして呪印ミミックが焼死。
地底湖へ叩き落とされた後には、既に自由を取り戻しており、魔王への報復のために這い上がってきたばかりとのことだった。
「都合のいい弁明だな。黄金牙にそれを信じろと?」
「マサカ。ダガ、コレ以外ノ説明ハシナイゼ?」
「……あくまで本人の主張として記録する。信憑性の検証は魔王城を脱出してからだ」
なるほどそんな事情があったのか、などと無邪気に信じ込んでいる奴は、この場にただの一人もいなかった。
あくまでこれはファルコン本人の主張。
それ以上でもなければ、それ以下でもない。
その後もヘイゼル隊長はいくつかの質問をしたが、どの返答も彼女を満足させるには足りなかったようだった。
「ノワール嬢、アレクシア嬢。追加拘束をお願いします。最低限の歩行が可能な程度で構いません」
「……分かりました」
「はっ、はい!」
「それとルーク殿。脱出経路は二番目のプランを推奨します。第一のプランは、この男が妨害に走った場合の危険度が高いかと」
ヘイゼル隊長は尋問を切り上げ、魔王城からの脱出へと議題を戻した。
一番目のプランとは、魔王城の城壁と断崖絶壁の間の狭い足場を通る脱出経路であり、発見はされにくいが些細なことで転落死してしまう恐れがある。
そんな作戦にファルコンを連れて行くわけにはいかない……ヘイゼル隊長はそう考えたのだろう。
もう一つの『防衛部隊が少ないところを突いて城壁に【分解】で穴を開けて突破する』という作戦も大概だが、相対的にこちらの方がマシだと判断したようだ。
「ナンダ、モウ質問ハ終ワリカ?」
「それなら、私からいいですか」
アレクシアが感情を押し殺した顔で一歩前に進み出る。
「ファルコン。私のことは覚えてますか?」
「誰ダ? 知ランナ」
「……複層都市のアレクシア。ジュリアの友達だったんですよ」
「アア……ソウイエバ、ジュリアニ引ッ付イテタ泣キ虫ガイタナ。ソンナ名前ダッタノカ」
お前には興味がなかったと断言されつつも、アレクシアは至って冷静な振る舞いを続けた。
「ジュリアはあんなことを……ルーク君を切り捨てるような真似をする子じゃありませんでした。一体何があったんですか」
しかし、ファルコンからの返答は極めて簡素なものでしかなかった。
「答エル義理ハ無イナ。黄金牙、コレモ尋問ノウチカ?」
「……分かりました。もうあなたには期待しません」
アレクシアはファルコンから証言を得ることを諦め、いつも持ち歩いている大型ケースから取り出した金属部品を組み立てて、追加の枷を取り付けた。
更にノワールが視線を合わせないようにしながら魔法を掛け、ファルコンの拘束をより強固なものとする。
重罪人ですらこれほどの拘束は受けないだろう、という程の厳重さだ。
まるで――いや、実際に黄金牙としては、反逆者を捕らえるつもりで拘束に及んでいるに違いない。
「ヨォ、ノワール。マサカ、ルークニ鞍替エシテタトハナ」
「…………」
無言で魔法をかけ終えて、ノワールはその場を離れた。
四人の騎士が半分ドラゴンと化したファルコンの体を支え、強引に立ち上がらせる。
「そろそろ出発いたしましょう。無人の居住区とはいえ、あまり長居するわけにはいきません」
「……ちょっといいですか?」
「何ですか、ルーク殿」
「いまのうちに、ファルコンの喉の【修復】くらいはしておくのはどうでしょう。さっきから問答にも支障をきたしてるようですから」
俺がそう提案すると、ヘイゼル隊長は少し悩んでから了承した。
もちろん、こんな提案をした理由は哀れみや同情といったものではない。
そうした方が色々と円滑に進めやすくなると思ったからだ。
「ほら、喉を出せ。俺の【修復】が昔と違うのはよく分かってるだろ」
「……フン」
ファルコンは不快そうにしながらも、顔を上げて喉笛を晒した。
そこに手を当てて【修復】の魔力を注ぎ込む。
どうやら、改造によって言語機能が低下したわけではないらしい。
喉の状態は人間のそれに近く、本来なら普通に声を出せるはずだったが、それ故に度重なる火炎に耐えきれず焼け爛れてしまったようだ。
これなら【修復】も簡単だ。
魔力を更に注ぎ込み、迅速に【修復】を済ませようとした矢先――
「(……くそっ、またこの感覚だ……!)」
――【修復】対象の記憶が頭の中に流れ込んできて、視界が全く別の光景に塗り潰されてしまった。




