第123話 思い出の中のあの人
ともかく、サクラの神降ろしの紋様の【修復】は完了した。
一体どの程度の効果があるのかは分からないが、サクラ本人は神降ろしの精度と戦闘能力の向上を期待しているし、俺もそういう結果になれば喜ばしいと思っている。
少なくとも、垣間見てしまったサクラの記憶のような悲劇だけは、何があっても起こってもらいたくないものだ。
「さてと……ひとまずガーネットの様子でも見に行くか。そろそろ服も乾いてるといいんだが」
独り言なのか、それともサクラに対する報告だったのか、自分でもよく分からない発言だった。
廊下を引き返そうとしたところで、ガーネットがいる部屋の扉が、いつの間にか少しだけ開かれていたのが目に入る。
その僅かな隙間から、ガーネットの碧い瞳がじっとこちらを見つめてきていた。
「……いや、別に変なことはしてないぞ」
「おい、まだ何も言ってねぇだろ。何となく見てただけだっての。それともひょっとして、オレには知られたくねぇことでもしてたのか?」
「まさか。そんなことするわけないだろ」
からかうようにそう言われ、思わず閉口してしまう。
サクラも困り顔で頬を掻いている。
ここには俺達しかいないからまだいいが、他の奴らがいたらあらぬ誤解を受けてしまうところだ。
まぁ、ガーネットもそれを把握した上でからかってきているのだろうが。
「サクラに頼まれた【修復】をしただけだ。それ以外のことは何も」
「神降ろしの紋様のことは、確かガーネットにも教えていただろう? その紋様を本来の形状に戻してもらったんだ」
「前に断ってた奴だな。普通にできるんなら、直しても直さなくても同じじゃねぇかって気はするけど」
「やらずに後悔するのは御免蒙るからな」
ついさっき俺に言ったのと同じ理由を、サクラはガーネットにも伝えた。
できることをやらずに後で後悔したくない――俺もそのサクラの思いには大いに共感できる。
そもそも、迷宮から脱出しグリーンホロウ・タウンに移住して以降に、様々な形で厄介事に首を突っ込んできたのもこれが原因なのだから。
「サクラ。俺はまだもう少しここにいるから、先に向こうに戻ってヘイゼル隊長によろしく言っといてくれ」
「分かりました。それではガーネット、ルーク殿のことは頼んだぞ」
「おう、頼まれたぜ」
とりあえずサクラを皆のところへ送り返してから、俺はもう一度ガーネットと同じ部屋に入った。
ガーネットは既にシャツを乾かし終えており、今は上着と靴をヒーティングのスペルスクロールで乾燥させているところだった。
「後もうちょいってとこだな。せっかく長めの待機時間があるんだから、コンディションはじっくり整えとかねぇと。靴の湿り気が気になって負けたら死んでも死にきれねぇぞ」
「まったくだ。そんな死に方されたら反応に困る」
そんな冗談を交わしながら、上着を様々な角度からスクロールの熱にかざしているガーネットを見やる。
相変わらず、小さくて細い体だ。
スキルによる身体強化があるとはいえ、凄まじい剛剣を繰り出す肉体だとは思えない。
それほどまでにスキルの恩恵が大きいのだろうが……。
「……何見てんだよ」
ガーネットがじろりとこちらを睨み上げてくる。
「いや、お前の強化スキルって『加算』と『乗算』のどっちなんだろうな、と何となく思っただけだよ」
「あん? そりゃ『乗算』に決まってんだろ。掛け算の方だ。加算式の強化スキルがここまでパワー出せると思うか?」
「まぁ……だよな」
一般的に、スキルによる身体強化の原理は『加算』と『乗算』の二種類がある。
加算式は肉体の鍛え具合に影響を受けず、強化の幅がスキルの練度だけで決定される。
それだけ聞くと身体能力を鍛えなくても済む便利スキルに感じるが、実は上昇幅が大きくないという短所も抱えている。
代わりに消費魔力も少ないので、常時発動を前提とした身体能力の底上げに向いたスキルだといえる。
恐らく、サクラはこちらのスキルの一種を持っていて、常時発動させながら【縮地】を交えて高速戦闘を繰り広げているのだろう。
一方、乗算式はその逆だ。
元々の身体能力を数割増にするため、元々の身体能力が高ければ高いほど効果も高くなるが、消費魔力は加算式よりも増えている。
つまりこちらは、ガーネットが普段からそうしているように、瞬間的かつ爆発的なブーストに向いたスキルである。
――しかしながら、見てのとおりガーネットの肉体は年齢相応に華奢だ。
それなのにあんな凄まじい戦いぶりができるということは、強化スキルを鍛え込んで練度を上げているということを意味する。
「(この歳で、そこまで強化系スキルを鍛え上げるなんて。よほどの気合と根気を入れて修行しないと、たかが数年であの水準にするのは不可能だ……よほどの、理由がないとな……)」
思い浮かぶのは、かつて垣間見たガーネットの記憶の片鱗と、彼女の実の兄であるカーマイン卿から聞かされた話だ。
ガーネットは幼い頃に、ミスリルの密売に関わっていた組織の手で母親を殺されている。
彼女はアガート・ラムと呼ばれるその組織を自らの手で捕らえたいと願い、そのために父親が団長を務め、なおかつ国内の治安維持を担う銀翼騎士団に属することを選んだのだ。
当然、来るべきときのために、己を鍛えることも怠らなかったに違いない――スキルの練度も含めて。
「……おい、白狼の。やっぱりじろじろ見てるだろ。無言はやめろよな、無言は」
「そうだな……黙っているわけにはいかないか」
覚悟は決めた。
どうせサクラにはバレているのだし、いつまでも隠し通せるとは思えない。
それなら自分から話した方がいいに決まっている。
「隠していて悪かったと思ってる。実は俺の【修復】スキルは……いや、これは【解析】かな……とにかく、俺のスキルは極稀に対象の記憶も読み取れてしまうみたいなんだ」
「……はぁ?」
ガーネットは驚きと困惑と、一体こいつは何を言っているんだ、という感情が入り混じった反応をした。
「自分の意志でやれることじゃなくて、発動したのはたったの二回だけだ。さっきサクラの紋様を【修復】したときと……お前の古傷を【修復】したときだな」
何てことをしやがるんだ、と罵られたとしても当然だと思っていた。
しかし、ガーネットは驚きこそしているが、そんな反応は欠片も見せなかった。
「……どんな記憶を見たんだ?」
「お前が騎士になろうと決めた理由……その事件の記憶だ。言い訳するわけじゃないけど、後でカーマイン卿から聞かされた話と同じだったから、記憶が見えなかったとしても結局は……」
「じゃ、じゃあ! 母上の顔も見たのか!?」
ガーネットは目を丸く見開いて詰め寄ってきた。
こんな必死になった姿を見たのは、出会ってから初めてのことだったので、俺の方が驚かされてしまった。
「母上はオレと似てたか? どうだったんだ、白狼の!」
「そ、そうだな……よく、似てたと思う。お前をもっと大人にして、髪を伸ばして、そうしたらきっと……」
「……へへっ、そっか。やっぱり似てるのか」
笑顔でありながら、滲んでくる涙をぐっと堪えるような――ガーネットはそんな顔で笑っていた。
そして突然のことに戸惑う俺の前で、ぽつりぽつりと語り始める。
「オレさ、実は母上の顔、あんまりよく覚えてねぇんだ。まだまだガキだったからさ。周りの奴らは、なんかあるたびに奥方の生き写しだなんて言ってたけど、適当言ってんじゃねぇかってずっと疑ってたんだ……」
「……ガーネット……」
「けど、お前が言うなら間違いねぇんだろうな。そうに決まってる」
ガーネットは乾きかけの上着でぐしゃりと顔を拭うと、口の端を上げて溢れんばかりの笑顔をみせた。
それは、思わず目を奪われずにはいられない、心からの喜びの表れであった。
「ありがとな、白狼の。ほんと、お前と会えてよかったって思えることばっかりだぜ」
皆様、いつも拙作を読んでいただいてありがとうございます。
突然ですが、一つご報告があります。
本作「【修復】スキルが万能チート化したので、武器屋でも開こうかと思います」(タイトル変更して短くなりました)のコミカライズが決定いたしました。
いつどの媒体で連載が始まるのかはまだ発表できませんが、ひとまずご報告ということで。
書籍化同様、続報は随時あとがきや割烹で発表させていただきます。




