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第120話 未だ脱出は成らず

 ――その後、俺達は大急ぎで戦闘の事後処理に追われることになった。


 まず何より優先すべきは負傷の治療だった。


 唐突に現れて、事情を語ることもなく気を失ったファルコンにも対応しなければならないが、物事には優先順位というものがある。


 主な負傷者は、ガーネットと黄金牙騎士団の四人の騎士。

 アウストリが無数に降り注がせた水の刃を浴び、散々に重傷を負わされた面々だ。


 肉体の損傷も装備の破損も、俺の【修復】ですぐに直すことができるが、広場を浸水させた地下水に拡散してしまった流血はどうしようもない。


 出血多量による戦力低下を防ぐためにも、迅速な【修復】は必要不可欠だった。


「……よし、これで全員だな」


 治療の次は、安全な……少なくともすぐには見つからない場所に移動する必要があった。


 アウストリと交戦した広場に居座っていたら、状況を確認するためにやってくるであろう魔王軍の兵士に発見されてしまう。


 万が一にもそうなってしまえば、アウストリとの死闘の疲労が抜けきる前に、過酷な連戦を強いられてしまうに違いない。


 そこで、一時的な潜伏場所として選ばれたのは、地下居住区に大量に存在する無人の家屋の一つだった。


 地下水路を利用した脱出の望みが絶たれた以上、すぐにでもこの場を離れるはずだ――という自然な発想の裏をかく選択である。


 発案者は黄金牙側の指揮官の女騎士で、どうやら彼女は魔王城に潜入したナギとの合流を第一に考えているようだった。


 ともかく、俺達は意識のないファルコンを運んで家屋の一つに逃げ込み、当面はそこで状況を窺うことになったのであった。











「ファルコンの拘束、終わらせてきました。ガッチガチに固めてやりましたよ」

「……呪術的、にも……万全……」

「悪いな、助かる」


 アレクシアとノワールが作業の完了を報告してくる。


 二人には気絶したファルコンを拘束しておくように頼んであった。


 機巧技師であるアレクシアが物理的な側面から、黒魔法使いのノワールが魔力的な側面から施した束縛であれば、さしものファルコンも簡単には逃れられないだろう。


 奴と俺の間の個人的な遺恨は消えたわけではないが、魔王軍に関する貴重な情報源であることは間違いない。


 勇者パーティ未帰還に始まる一連の出来事――その真相解明を任務とする銀翼騎士団の手前、ファルコンは可能な限り生きたまま連れ帰りたいところだ。


 しかしながら、無防備に同行を許せるほど信用できないのもまた事実。


 そこで、まずは拘束したうえで意識を取り戻すのを待ち、一人の人間として同行させるか、あるいは抵抗が不可能になるほどのダメージを与えて『運搬』するかを判断することになったのだ。


「……実際に目の当たりにすると、流石にちょっと気が滅入りますね。それに何と言いますか、さっきのジュリアを思い出してしまって……」


 アレクシアは何度も言葉を濁しながら、竜人に作り変えられた勇者ファルコンについての感想を述べた。


 彼女にとって、ファルコンは同郷出身者であり、幼馴染のジュリアの恋人でもある。


 そんな相手が人外に成り果てた現実を前に、改めて衝撃を受けずにはいられなかったのだろう。


「…………本当に、あんなことに、なって……」


 しかしアレクシア以上にショックを受けていたのは、むしろノワールの方だった。


 元から色白だが更に顔色が悪くなり、見ていて不安になってしまうくらいである。


 ノワールはかつて勇者ファルコンのパーティの一員だった。


 あまり私的な付き合いはなかったようだが、友人の友人程度の関係でしかないアレクシアと比べれば、格段に近い間柄だと言えるだろう。


 そして何よりも、ノワールは竜人に作り変えられたファルコンやジュリアと同様に魔王軍の虜囚となり、危ういところで脱走に成功したという経緯がある。


 彼女にしてみれば、今のファルコンは自分がなっていたかもしれない姿なのだ。


「とりあえず、二人とも休んできてくれ。何かあったらまた声を掛けるから」


 憔悴したノワールにはこれ以上用件を押し付けられない。


 そうして二人を見送ったところで、このタイミングを見計らっていたかのように、黄金牙側の指揮官の女騎士が話しかけてきた。


「お久しぶりです、ルーク殿。とは言ったものの、直接お話したことはありませんでしたね」

「黄金牙から依頼された仕事をこなすときに、何度か顔を合わせたことがありましたね。ええと、お名前は確か……」

「ヘイゼルと申します。名前をお教えするのは初めてかと」


 年齢的にはノワールと大差ない、立派に成人した女性である。


 ガーネットのような少女騎士ではない……というか、あいつが色々な意味で特殊な事例なのだろう。


「我々の任務はルーク殿の脱出補助でしたが、このとおり魔族にしてやられました。私の隊とホワイトウルフ商店の方々が無事だったことだけが不幸中の幸いです」


 ヘイゼル隊長の口振りからすると、地下水路に送り込まれたのはあの八人で全員だったらしい。


 アウストリが引き起こした大増水で死者が出ていなかったと分かり、内心で安堵する。


「さっそくですが、まずは今後の方針についてお話をさせていただきたい」

「代わりの脱出経路について、ですね。やはり冒険者のナギとの合流を目指すんですか?」

「ええ。我々が地上に帰還しなかった場合、地上部隊からナギへ再度の救援要請が出ることになっています」


 なるほど。当然といえば当然だが、黄金牙騎士団とナギは緻密な連携を取っているらしい。


「そうですね、俺達もむやみに魔王城を歩き回りたくありませんから。魔王城の構造に詳しい奴と合流するのは賛成です。でもどうやって?」

「事前に魔道具を用意しています」


 ヘイゼル隊長は鎧の腰部につけたお守り(チャーム)を指した。


「仕組みは単純です。これと対になるものをナギが持っていまして、両者が接近すると微弱な反応を示すようになっているのです」

「それを頼りに探してもらう手筈なんですか。だとしたら、下手に動かない方がいいかもしれませんね」


 ナギは俺達が居住区の地下水路から脱出を試みることを知っているし、ヘイゼル隊長達が迎えに来ることも知っている。


 この作戦が失敗したと分かれば、まず間違いなく居住区の状況を確認しに来るだろう。


 ヘイゼル隊長は俺が同意を示したのを確かめてから、簡潔に今後の方針を取りまとめた。


「では、当面はここに潜伏して合流を図ることを第一とし、万が一の場合には迅速に離脱するということでいきましょう。ところで……護衛の少年の姿が見当たりませんが……」

「ガーネットなら、この辺に暖を取れるものがないか探してますよ。完全にずぶ濡れでしたからね」

「なんと。ではこちらをお使いください」


 ヘイゼル隊長は荷物の中から防水布で包まれたものを取り出した。


「ヒーティングのスペルスクロールです。着衣を乾かす役にも立つかと思います」

「ありがとうございます。それじゃ、あいつに渡してきます。風邪なんか引かれたら困りますからね」

気付けば総合ポイントが8万の大台に達していました。

皆様から頂いた、感想やポイントといった様々な形での応援のお陰です。

これからも応援していただけたら、より一層の励みになります。

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