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第114話 忍びの者、霧隠梛

 ――ナギの説明によると、彼は黄金牙騎士団からの依頼を受け、魔王城の潜入偵察任務に従事しているのだという。


 元々、ナギが習得しているスキルは戦闘よりも隠密行動に向いているらしく、こういう仕事の方が得意分野なのだそうだ。


 サクラ曰く、いわゆる忍者というものです、とのことだった。


 俺も名前だけは聞いたことがある。

 侍に並ぶ大陸東方独自の職業で、間諜(スパイ)と暗殺者と破壊工作員を兼任する隠密のエキスパートだという話だ。


 もしもその噂が本当なら、魔王城に忍び込ませるには最適の人選だろう。


 とはいえ、魔王城の全域を自由に動けるはずもなく、今のところは重要度の低いエリアを調査するのが限界らしい。


「重要な階層には、厳重な警戒と結界が敷かれています。気付かれずに忍び込むのは骨が折れますね」


 不可能だとは言わないあたり、自身のスキルに対するナギの自信の程が伺える気がした。


「それで現在は騎士団からの定期連絡を待っているところです。そこにいきなり人間が降ってきたわけですが、理由をお聞かせ願えますか」

「ああ。少し長くなるかもしれないけど……」


 俺は現状に至るまでの経緯を順番に説明することにした。


 城下町の廃墟を囲むドラゴン除けの結界石が、四ヶ所とも同時に攻撃を受けて破壊されたこと。


 実行犯は魔王軍の四魔将と推定され、そのうちの一人である土のヴェストリを撃破したこと。


 直後、魔王軍に改造された女剣士のジュリアが出現し、俺を連れ去ろうとしたものの、ガーネットとサクラの追撃で失敗に終わったこと。


「で、ジュリアの手から逃れたのが裏庭の上空だったんだが、ガーネットのおかげでどうにか無事に着地して今に至るわけだ」

「……なるほど。外がとんでもないことになっているのはよく分かりました」


 ナギの言うとおり、本当にとんでもない状況に陥ってしまっている。


 俺が連れ去られた後も混乱は続いているだろうし、下手をすれば一気に戦況が動き出してしまったかもしれない。


 それだけに、魔王城の只中に放り出されてしまったことが、もどかしくてしょうがない。


「ところで、そのジュリアというのはどういう人物なのですか?」

「そうだな……お前は勇者ファルコンのパーティについてどこまで知ってるんだ?」


 無駄な説明を避けるため、ナギが持っている情報の程度を確かめておくことにする。


「あなたが迷宮に置き去りにされた件と、勇者ファルコンの改造の件……それと黒魔法使いがこちら側に付いて、白魔法使いが魔王軍に寝返ったこと……これくらいは騎士団経由で把握しています」

「じゃあ、知らないのはジュリアについてだけだな」


 と言っても、あまり役に立ちそうな情報は持ち合わせていない。


 勇者の幼馴染で一応の恋人、そして勇者パーティで前衛を務める剣士である――たったこれだけで、俺がジュリアについて知っていることのほぼ全てを伝え終わってしまう。


 一通りの情報交換を終えたところで、ガーネットがおもむろに口を開く。


「お前、自力で魔王城に忍び込んだんだろ? だったら脱出経路くらい知ってるんじゃないのか」

「焦るな。もうじき騎士団からの定時連絡が到着する。脱出の手筈を整えるのはその後でも遅くないだろう」


 年齢が同じくらいだからか、ガーネットに対するナギの態度は、俺よりもサクラに対するそれに近い。


 本人達にはとても言えないことだが、こうした言動の明確な使い分け方はサクラとよく似ている気がした。


 もしかして、東方人の文化的気質だったりするのだろうか。


「そりゃあ、外部と連携を取るに越したことはねぇけどよ……白狼のを敵陣のど真ん中に置いとくなんて、不安だらけでしょうがねぇんだよ。何とかならねぇのか?」

「保護者か何かか、お前は」


 ナギが呆れ気味にそう返す。

 実際、ガーネットは俺の護衛として銀翼騎士団から派遣された立場なので、保護者というのはあながち間違いではないのだが。


 ちょうどそのとき、地下倉庫の採光窓の前に一羽の鳥が舞い降りた。


 『魔王城領域』でたまに目にする、赤茶けた荒野に擬態した羽色を持つ鳥だ。


 その鳥はぎこちない動きで鉄格子の間をすり抜けると、突然硬直してぽとりと床に落ちた。


「なんだぁ?」

「定時連絡だ。剥製を使い魔の代わりに魔法で動かしている。腹の部分が空洞になっていて、小さな物品や手紙を入れられる仕組みだ」


 ナギは淡々と説明をしながら、鳥の剥製の腹部のポケットから折り畳まれた手紙を抜き取った。


 原理としては、ノワールが鳥の人形を使い魔の要領で遠隔操作するのと同じだろう。


 人形を操れて剥製を操れない道理はない。

 そもそも、人形の素材に使われている羽毛や革も、動物の死体を加工したものであることに変わりはないのだから。


「趣味悪ぃな。普通に生きてる鳥を使い魔にするんじゃ駄目なのかよ」

「駄目だ。それだと手紙を足に縛り付けるしかなくなるだろう。伝令だというのが一目で分かってしまうから、妨害を受けるリスクが格段に高くなる」

「……黄金牙らしいぜ」


 ガーネットの口振りからすると、銀翼騎士団ではこういう連絡手段は採用されていないらしい。


 対外戦争を担う黄金牙と国内の治安維持を担う銀翼の違いだろうか。


 ナギは無言で手紙に目を通してから、改めて俺の方に顔を向けた。


「先ほどのあなたの説明を裏付ける内容ですね。襲撃者三名はあなたが連れ去られた直後に離脱して、魔王城に撤退したそうです」

「撤退? たった三人で包囲網を突破したというのか?」


 サクラが疑問を差し挟むと、ナギは視線をそちらに向けることなく返答した。


「戦闘ではなく突破に全力を注いでいたのと、城壁の防衛部隊からも激しい援護があったのが要因らしい。そこまでして撤退を成功させたかったということは、やはり襲撃者は幹部級で間違いないだろうな」


 四人の魔将は魔王軍の最高戦力。


 作戦が終わったら無理をしてでも引き返させて、魔王の守りに当てたいと考えるはずだ。


「もちろん、騎士団も一方的にしてやられたわけではないようです。魔将と防衛部隊にそれなりの損害を与えており、素早く攻勢に打って出る構えだと記されています」

「……なんだか急に、決戦までもつれ込みそうな気配がしてきたな」

「それと、あなたが連れ去られたことにも言及があります。可能なら救出して脱出させてくれとのことですが……これはもう半分達成済みですね」


 ナギは手紙の内容を読み上げ終えると、鳥の剥製に入れられていた白紙の手紙とペンを手に取った。


「返信を送ったら脱出を試みましょう。脱出経路はいくつか見繕ってあります」

「ちょっといいか? 騎士団と連絡を取るなら、ついでにひとつ書いておいて欲しいことがあるんだ」


 今のところ俺だけが把握している新たな情報。

 これだけは一刻も早く黄金牙騎士団に伝えて置かなければならない。


「ジュリアに攫われる直前に土のヴェストリの【解析】が成功した。それで、倒された魔将が蘇る理由がようやく分かったんだ」

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